最終章（了）「二代目無頼控え誕生」
野村組の連中が全員武器を呑んでいたし、高原絡みでは警察も動けなかった。つまり、英雄、菅原、川中の三人の殴り込みは何もなしだった。川中は英雄経由の徳田組の計らいで、川中組を作り直した。野村の親兄弟達が弔い合戦に来れなくなる様にするのは徳田には簡単な事だった。鹿蝶会の直参徳田組の二次団体になったのだ。熊組も徳田組には一目置いていた。野村とジョージは菅原に足腰の立たなくなるようにぶちのめされて、徳田組に売られた。重要な縄張りであったI市が無くなった事で熊組もいきり立ったが、徳田が野村とジョージを上手く使って熊組の面子を保たせた。そして、熊組の組をＩ市に作らせた。どちらにしても、そう大きくはなれない。菅原が高原興業を抑えたのだ。菅原が川中組を後押ししている限り、熊組は大きくなれない。「貴様。これからは俺がお前の親父だ」菅原は殴り込みの後、高原にそういったのだ。高原は応じた。高原は自分の全てを支配してくれる強大な力を必要としていたのだ。菅原はそこをついて、そして当たったのだ。菅原は高原興業の社外取締役になった。「社長、実は喧嘩をしまして。つきましては、その」「何だ」菅原の会社、五十元建設の社長の五十元は、これまたでかい体を動かさず、目だけで菅原を威嚇した。黒くてでかい（こんな人ばっかり）。「馬鹿者。喧嘩くらい建設屋には当たり前だ。勝ったのか負けたのか。今ここに居るということは勝ったのだな」雷がゆっくり鳴っているような声だ。菅原にとって、どんな敵より怖い。「はあ。勝ったには勝ったのですが。それで・・・」たどたどしくなる。緊張しているのだ。「何だ」低音の声が響く。「このまま、ここに置かせて欲しいのですが」「何だあ」五十元は菅原の突拍子の無さが好きなのだが、またこいつ、何をしたのだ。「喧嘩に勝ったのですが、そこの会社の役員にならなければ収まりがつかない状態です」「ヤクザか」「ヤクザの上です」「ふふっ」五十元の口元が緩んだ。暫く大人しく仕事をしていたと思ったら、こいつ。「その、頑張れば五十元建設への仕事も沢山受注できると思いますし、地域対策も簡単です。場合によってはJVで幹事会社になることも可能です。面白くないですか。す、水道屋がJVの幹事企業なんて・・・」菅原に対し五十元は、甘い顔はできないと思いつつ、つい口元が緩む。出てきた会社の名前。高原興業。大きな会社ではないか。東北中に影響のある会社だ。各地に土地を持って、子会社の高原建設などはディベロッパーとしても力を持っている。裏社会にも当然通じているだろう。この馬鹿、無茶な真似をして。「ふふっ、馬鹿者が。お前はうちではＩ市の営業所長止まりだ。良いんだな」「社長のところに居れればいいです」「分かった。居ろ。ずっとだ。お前に定年はないぞ」「分かりました」そういったやりとりがあった。菅原にとって五十元は、最初で最後の親分なのだ。川中組復活のために遅れた英雄の手術は成功した。そして今は随分、ふくよかになった。胃をほとんどとってもまた太れるのだから人体は凄い。英雄が凄いのか。落ち着いてからは、崔の焼肉屋で必ず毎月一度、英雄、千晶、晶と菅原、籍を入れた川中、和代の夫妻、そして崔とみどりの夫妻が揃って夕食をとることにした。ある日の崔の焼肉屋で・・・「後は菅原だけだなあ。だが菅原に合う女が居るのかね」英雄が言った。こいつ、誰のお陰で家族ができたんだ、とは菅原は口にしなかった。「振り返ればこいつが一番滅茶苦茶だよ。居ないって。居ない。こいつに合う女なんて居ない」そう言った川中は、すっかり顔の険が取れている。男に戻ったのだった。ヤクザをやったお陰で顔の険が取れるのは珍しい。「ヤクザに言われちゃったよ」菅原はここにきてまた太った。１１５ｋｇはあるだろう。お陰でこの頃は千晶の店に食事に行っても、野菜しか出てこない。千晶が店の子に野菜料理のレシピを毎日渡して作らせているのだ。焼肉は月に一回、この日だけだ。（怒）「私が菅原さんの奥さんになる」晶が言った。「10年しても菅原さんは51歳でしょう。小野寺のおじさん（だから誰なんだ）と同じじゃない。私は23才だから待っててね。健康で待っててね」子供の戯言と片付ければ良いが、「晶ちゃ～ん」と言った菅原はの目には本当に涙が滲んだ。この子は何でも丸く治めることができるのだ。立場の悪くなった自分を思って言ってくれたのだ。振り返ればこの無頼控え最終章の事件も、晶の一言で丸く収まったようなものだ。“知ってるよ”全てを知っている子かもしれない。神さま 英雄も自分も、単独ではこの事件をこういった形にする事はできなかっただろう。彼女が一番の無頼控えだ。二代目無頼控えだ。天然無頼控えだ。菅原がこう思っていると、「私、本気だから」コン。台詞の終わりにジンジャーエールの入ったコップを置くタイミングは、交渉に臨む英雄そのものだった。子供の戯言と思っていた皆は、「えっ」っとその仕草に怯んだ。英雄と千晶の子だ。菅原に惚れるのも、そして言ったことを実行する可能性も高かった。英雄のパンチが菅原に飛んだ。ふいをつかれた菅原は椅子から転げ落ちた。「手前。病み上がりで勝てると思っているのか」瞬間沸騰湯沸かし器の菅原は、座席に戻り際英雄に頭突きをくれた。実は菅原の頭突きは優しさなのだ。なぜなら、菅原はとても頭突きが弱い。自分のほうがダメージがある。二人とも立って睨み合った。二大怪獣大決戦だ。「ああ、もう止めて。カワさん、止めてくださいよ」崔だった。「これは店が無くなるな」川中はニヤニヤしていた。「晶、悪戯はやめなさい。この二人、馬鹿なんだから本当に喧嘩するわよ」二人は連れだって店の外に出た。「広いところで思いっ切りやろうじゃないか。お前を息子になどしない、決して。世の中の連中に見せてやるぜ。加藤英雄の娘に手を出した男の末路を」英雄がそう言えば、「望むところだ。加藤英雄の伝説を終わらせるのは俺だ。きっちり上下関係作ろうじゃないか。いいか、この野郎。ちょこまか動くような真似してみろ（太って動けないから）。笑い続けてやるからな」と菅原が妙な牽制をする。「何で悪戯？どうして喧嘩するの」晶も気が気でなくなった。「馬鹿だからよ」千晶は慌てていた・・・ので本音が出た。「分からない」ここのところは本当に子供だ。「良かったな、崔。外に出てもらって」「カワさん、何落ち着いているんだ」川中と崔も店の外に出た。爆笑が聞こえた。女達も外に出た。ダブルノックダウン。二人とも同じ形をして倒れていた。「水かける？」崔の女房のみどりが言った。（了）
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