剣とは・・・夢
「西村殿。花などいじって何をしておいでじゃ」剣術指南役に今度なるという3代目鏑流龍之介殿だった。その剣気ともども荒い男であった。「なに、先日殿と一緒に株を植え変えましてね。皆に分けようと思いまして」「花などとそのような軟弱なもの、我が父と剣術を二分すると言われたそなたが」我が父・・自分と言いたいのだろう。しかしなぜこう怒鳴っているのだ。「おお、西村殿。随分増えましたの」鏑流のご意見番、杉下剣竜殿だった。龍之介の父上とは同年になるらしい。「若、何を大きな声を出してなさる」「じい。そこな西村殿はこのところ花花と、かつての剣声が泣く様なことばかりしておる」「良いではないですか。ほほう」「これは下手なのです。殿はさすがに上手い」「皆に分けていただけると」「はい」「この一番下手くそなのを手前にいただけませんか」「あはは。それがしの手のもので良ければ」「じい、西村殿」龍之介の声に「だまらっしゃい、若。先から聞いておればそちの言っていることは言いがかりですぞ。しかも殿のなさることに文句を言っているのも同然じゃ」西村もそこが引っかかっていた。なぜわざわざ花に文句を付けているのか。これは殿との共通の趣味であるのに、なぜこの若い剣術指南役は怒鳴るのか。「そも花を育て愛でその株を皆に分け与える。これは剣にも通じるところ」「どこが。花など一刀のもとであろうに」「心根の問題じゃ。そちの技は歳で廃れる。しかしこの花の育て方は歳を取らぬ。取らぬどころか若返るのじゃ。我らが剣術、その法を知らずして人を作らなかったわ」「ご老体。それは手前にも難しいお話。ぜひ真意をお聞かせ願いたい」西村が声をかけた。「おおう、じい。場合によっては斬るぞ」「物騒なお人である」西村は笑った。「うむ、西村殿には不要な言ではありますがお話しいたす。ここにいる龍之介の剣は我執の剣でしてな。我らのように流派を立てたれば本来必要の無い剣。一人立ちて一人死すれば良い。しかるにこの花の株分け。これこそ自らの流派を世に広め盛り立てるという我らが真髄」「ううむ」龍之介は鼻息荒く唸った。「しかしご老体。一人たち一人死すとはそれがしの方だと思います。それがしには流派も何もございませぬので」「では西村殿。なぜに殿はあなたと一緒にいらっしゃる。殿だけではござらん。我が派のものも、他の若党どもも、なぜあなたのもとへお話しに参る。剣を習いに参る」ああそれか。龍之介殿はそこが気に入らないのだ。「そなたの技はそなた一代限りであろうが、そなたに会った者誰でもがそなたの株を分けて貰っているのでしょうぞ」「どちらかと言えば分けてもらっている方が多いのでは」「それが団円というもの。剣は意地を通すのみにあらず。そも武士とは民を治める者。治める民全ての円満は団円によるものではないでしょうか」「いやあご老体。それはそれがしにも難しゅうござる」「ええい抜け。武士は剣にて語るのみ」「どうしてそうなるのじゃ。殿の花場を血で荒らすか」これが同門なのか・・・と。「では西村殿の剣を受けられい。若もそれで少しは分かろうもの」「杉下様、なぜこのような展開に」「お願いし申す」「はあ」と言うが早いか西村はその長刀を抜いた。西村の剣は通常より長く太いが、俊速の抜刀だった。「やっ」そうして抜きかけた龍之介の刀身を両断した。「邪剣でござる。同じ刀なれば龍之介殿には敵い申さん」呆然としてほぼ柄だけを握っている龍之介に語りながら西村は納刀した。西村の刀は鉄を削る鑢、刀を打つ鉄槌のような邪剣であった。「武士は戦場以外で抜く刀を持ってはいかんとそれがし最近感じております」「も、もう一度じゃ。じい、刀を貸せ」「我が邪剣、邪法は一度きりのもの。一度見られれば容易に破られます。だからこそ必殺でありました。それをたしなめ救ってくださったのがそなたのお父上でござった」「そうでしたの」杉下は微笑んだ。「そうでしたか。では私が今生きているのは・・・」龍之介が呆然と言った。「それがしが死んだも同じ事でござる」西村が笑顔で答えた。「いや、それがしが西村殿に生かされたのじゃ」龍之介は何かを悟ったかのようであった。その時西村が笑って「ご老体。ご老体の狙いはそこでしたか」と言った。「あははは。西村殿ならばうまくまとめてくださるであろうと存じておりました」「いえ、先師のご恩のいくばくかをお返しできれば」・・・こんな長い夢、よく見たぞ。