3.サンドリアティー 3
事の顛末を聞き終えた依頼主のコウジは、ばつが悪そうに頭の後ろを掻いていた。「いや、そりゃあ・・・・・・面倒なことを頼んじまったなあ」 結局、何も変えることはできなかったのかもしれない。ただ静かに、穏やかな余生を過ごす。その方が幸せな人生という事もある。 結局は、それがナギサにとって気に食わなかっただけなのかもしれない。 だが、気づいたこともある。「ま、依頼を頑張ってこなしてくれた事はたしかだ。報酬は何がいい?」 懐から財布を取り出しながら、コウジは付け加える。「と言っても、嫁に貰える少ない小遣いじゃ、大したものはやれないが」 そう苦笑する彼に、ナギサは少し思案した後、答えた。「両手一杯の、ウィンダス茶葉を」 その言葉に、コウジは目を丸くする。いくらなんでももっとまともなもんを、そう彼は言ったが、ナギサは小さく首を横に振った。 思い起こすのは、いつかの老婦の顔。 ただ微笑んでいるだけに見えたその表情に、様々な色が見え隠れしていたようにナギサには思えた。少し困ったような色、それから、悲しみ、強い意志、諦め、優しさ。相反する幾つもの感情が、そこには同居していた。 それは長い年月のようでもあり、思春期の少女のようでもあった。「さて、と」 両手を伸ばし、空を見上げる。そこにあるのは、相変わらずの青。 サイドポーチには、コウジにもらったウィンダス茶葉が詰まっていた。冒険の合間に飲むことにしよう、そう思えば、これからの道のりにも楽しみが増える。 誰にだって、先のことは分からない。冒険者として、女として、これからどう生きるかなんて、想像もつかない。 だから、夢想する。とりあえず今日の冒険のことを。その先で、あんな老婦のように生きるのだって、まぁ、ひょっとすると悪くはないのかもしれない。たくさん悩んで、そして、生きていけばいい。 そしてたまには、ユウイチとウィンダスティーを飲んでやってもいいだろう。 断絶した今はない。たとえ香りが薄らごうとも、想い出が風化しようとも。 生きていれば、悩み、苦しむ。でも、それだけが生きるというわけじゃないのだから。「行くと、しますかね」 そう、誰に言うでもなく、サンドリアの門をくぐる。ロンフォールの森を抜けると、ラテーヌ高原へとたどり着く。その後の目的地は、そこで決めればいい。「虹が見えたら、紅茶を飲もうかな」 とりあえず、そんな事を呟きながら。 ナギサはゆっくりと、歩き出した。完。