『光と闇の姉妹』―歴史学者?の考察入りファンタジー
ジェイン・ヨーレンの『光と闇の姉妹』『白い女神』は、女性ばかりの集落で育った女戦士ジェンナが主人公です。物語の舞台は母系的な先住民族と、父兄的な征服民族とが共存する世界で、女性だけの集落は母系的な古いしきたりを守り続けてきましたが、その時代が終わろうとしていました。 ジェンナは、時代の変わり目に現れると予言された女王・女神で、王位をめぐる戦いの中で王の末子カルムと出会い、最後に二人は結ばれて、二つの民族・社会を統合した新しい世界をつくることになります。 いちばん印象的なのは、タイトルにあるように、女性集落の少女たちが娘になると、鏡の中から自分の影の分身を召還し、光と闇の「姉妹」(Sister Light, Sister Dark)として一緒に生きてゆくという秘儀。白い髪のジェンナも、鏡に呼びかけて、黒髪のスカーダを呼びだします(原書の表紙参照。先日載せた邦訳版の表紙に比べてリアルですね~)。 でも、私がもっと面白いと思ったのは、このファンタジーがジェンナの物語だけを語るのではなく、二つの民族それぞれの持つ神話や予言、後代にできたジェンナにまつわる伝説や歌、そして、もっと後代に歴史家がこのジェンナの時代のことを考察する文章が、物語の節目節目に挿入されているところです。 もちろん、架空世界の架空の物語なので、神話・伝説・歴史的考察すべてが、架空の創作です。 ・・・戦士/狩人の女に選ばれた子供は、養母がどこへ行くときも、特別の袋に入って背負われてゆく。レーヴェントラウトはあの有名な〈バリアード・タペストリー〉の中で、その証拠を発見した(『自然と歴史』三十九巻のエッセイ・・・は特に興味深い)。アルン谷の名高い墳墓跡からは、革袋が発掘されており・・・ ――ジェイン・ヨーレン『光と闇の姉妹』井辻朱美訳 こんな調子で、架空の学者、架空の論文、架空の発掘などがまことしやかに紹介され、最初はウソくさいなあと思いながら読むのですが、それが、ストーリーの腰を折るほど何度も何度も出てくるうちに、なんだかだんだんだまされて、本当の歴史研究書を読んでいる気分になってきます。 そして、物語では、神秘的な場面や予言の成就の奇蹟などが語られるのに、しつこく挿入される歴史研究考察を書いた歴史家は、神秘な分身の存在やジェンナの活躍を評価するライバル歴史家を攻撃し、それらをまったく評価しない立場を取っているらしいのです。 この歴史家はしまいに、神秘や伝説を評価する歴史学会を退会する!と宣言し、その辞表らしき文が最後に掲載されています(笑)。 リアルでなまなましいジェンナの半生と、それを「愚かしい伝説」「誤謬」と決めつける学者先生の考察と。二つがかわりばんこに出てくるこのファンタジーは、全体で、歴史と神話伝説との関係を一種のさめた視点でとらえて見せます。 読者は、中心を成す物語のハラハラドキドキを楽しむのと同時に、ファンタジーというものを広く多面的にとらえることもできるのです。 いわば、平面的な「枠物語」が進化した、立体的な重層構造のファンタジーなのでした。