有害物質、地球規模で汚染
日本では20年以上前に製造禁止になった殺虫剤のDDT。この成分が「日本近海や北洋でとれるカツオに無視できないくらい含まれている」と警告するのは、愛媛大学の田辺信介教授だ マラリア対策などで使用を続ける途上国から、大気や海流ではるか離れた北極や日本の近くまで運ばれるためだ。この現象は「バッタ効果」と呼ばれる。 赤道付近で使われたDDTが蒸発して大気中に拡散する。大気循環によって北極上空に移動する。気温の低下で降水とともに海水に溶け込む。化学物質が蒸発と凝結を繰り返して大気と海水を行き来する様子がバッタが跳ねる様子に似ているため、この名がある。 田辺教授らは、アジア地域や北極海に生息する魚や貝、哺乳類の体内に蓄積する化学物質量を測定することでバッタ効果の調査を進めている。最近、日本近海や北極海でとれたカツオを調べたところ、北極海では、カツオ1グラム当たり20ナノ(ナノは10億分の1)グラムのDDTが検出された。日本近海では同400ナノグラムにも達していた。田辺教授によると、DDTの摂取許容量はないという。農薬が魚から検出されることはまったく想定されていないためだ 途上国から移動してきたものによるのか現段階でははっきりしないが、「百年くらいたてば途上国で発生した化学物質は北極付近の海に集積するだろう」(田辺教授) 有害な化学物質による地球規模での汚染を防止するためストックホルム条約が2004年に発効した。DDTのほかポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシンといった分解しにくく毒性の12種類の化学物質の規制が世界規模で始まったが、一筋縄ではいきそうにない。 国立環境研究所化学環境研究領域の柴田康行領域長は「途上国がマラリアに絶大な効果を持つDDTをすぐに手放せない。」とみる。 柴田氏によると1990年代、南アフリカで使用を取りやめ、代替の農薬を使ったことがある。しかしマラリアによる死亡者数が増加、代替農薬の使用は3年ほどで打ち切られた。その後、DDTの使用再開で死亡者数が減ったという。 「DDTに匹敵する代替農薬の開発は簡単ではないが、実現しない限り問題は解決しない」と柴田氏は語る。「先進国による強力な技術支援は欠かせない」と田辺教授は強調する。地球規模の汚染にはグローバルな取り組みが欠かせない。