人鏡論(完)
其夜四人の人々不思議の夢をみ侍る。たとへは大内裏の様成所に榊の小枝しけりあひけるうちに。榊の枝に皆ゆふつけ、いみいみ敷林也けるか。其外殿門いらか ならへたりけるか。紫宸殿のやう成殿有ける。玉のすたれかりける内に、貴き御聲にて めつらしき参詣のもの四人有。よくもてなせと仰せけれは。ひんつらゆふたる童子二人出て。中將殿を初め皆々こなたへ通り給へとて請しけるほとに皆入ける。うちの體いみしく 何方も皆八足のつくえに祓ぐしならへて有。其時二人の童子此四人の人々に向て語りけるは。御此所をは如何なる所と思ひ給ひけるぞ。爰は日の神のおはしける所也。各々儒釋道の三教をさとし。神明の内證をうかゝひしり。長く雑法の心を失ひ。一心のまことにもとつけるにより。かゝるみあらかにはまいりけるそ。今日よりしては万〔よろつ〕のくたくたしき事をすて。一心のさたまれるのりをあけて。神のいきをなめしり給へ。衆生の心は物にうつり誠にもとつく事くらし。あめの神のみことのりは誠の外なしとかたり給しを。各なみたをなかし聞ける内に。名残おしくも神夢さめぬ。道無中將殿をおとろかし夢想の品々かたれは。一如上人も性子も皆々夢想也。人々ありかたく覺て。これひとへに神明の御つけとふかく泪をなかし。中条殿を先に立て。人々又雨宮にまいり。數の神咒をとなへて名残盡せぬみもすそ川のなかれをくみて。下向の旅におもむく。中將宣ひしはおのおのありかたきつけをうけなから。空しくあらんはなけかしき事也。都にて人々の儒釋道のあらそひ。道すから道無か物かたりをしるし。都のつとにせむと有しかは。すなはち性子筆をとりて此物語を始め終をしるす。をのをの都にかへり 先ひかし山の中將の山庄に入けるか。一如上人の云 かゝるめてたきみことのりをうけ。此まゝあらんはなさけなし。日の本のもろ人にすゝめ聞せん。いさや性子は東國のかたへ下りて。一切の人にすゝめしらし給へ。我は西こくの方をめくり。諸人の根本をしらて末に かゝはる心を直し。一心の誠のすゝめんとて。二人の人々は東國と西國へ下りて。國々にて神明の誠をすゝめける。道無は北國に下りて誠の心を示しけるか。國々にて誠の一におもむきて 人の人たる 人あまた出来ぬ。此事東山殿聞し召て萩原殿へ尋給ひけれは。去事候とて 則此一巻を捧給ぬ。東山殿よくみ給て。これは天下の人のかゝみなり。世を治め人をおさむるの かなめなりとて。みつから御筆を染られて。人鏡論と題號し給ひ。覺しめす御心のおもむきを奥書にくはしへ給ひしかは。其世の大名高家下はしつかふせ屋のうちまても。此物語を手にして利欲のまよひをふりすて一心の誠にて入てふるきおしへのふみよますして。をのつかか道にかなひけるなり。ひとへに大樹の御代久しくおはしまさむしるしなりとそ人々よろこひけり。 東山殿奥書に云古き世のことわさに。いやしきかちまたの言葉に。世のすみにこりをしるという事誠なる哉。爰に長亭の初の年。東山の隠羽林中郎將吾神道の達人なりけるか。物は同しき友とする習にや。是佛の門徒に一如上人といひしものと。性子といふ儒門のものと。羽林の許に尋行て。儒佛二教をもて吾神道に對し終夜論して。終に根元なれは神明のいきをなめて。誠の道のきよめのはしめに。三人宗廟にまいりけれるか。道のほとはやなるものには なしにうき世のにこり聞て。いよいよおのおの誠一の心いやましける。神風やみもすそ川の清きなかれ。あらたなる御つけをうけ。人のよこしまなるをすくなる道にせよとて。國々にをしへをなす。誠にひのもとの大なるたからなり。ひとつの心ののりをあけてあまたの人の人たるもの。西にいて東にいつ。是ひとへに羽林の心よりおこりぬ。呼此物語をみむもの たゝに是を見は。なんのたすけかあらんや。いやしき道無か たとへを引きもとし。おもてよりうらにかへしみれは。をのつから身を治るの道にちかからん。吾武にくるしみて文にくらし。よろつわか意の業いと口おしきのみ。たゝ心のまことにむかうはかりに。此物語の終に言葉をかきつくるのみ。 干時長亭元年冬十一月如意珠日 武林源義政右之一冊者以佐々貴管領氏郷朝臣自筆之本轉寫之畢 寛文十庚戌年季春下旬終功藤原 (花押) 寛永十二年山本良三父か傳山本頼母於伏見寫之 右一冊以屋代弘賢蔵本校合畢 文化十四年三月十一日