冬は苦手な季節。
元々冬場は苦手、若い頃から寒がりである、冬場のゴルフ、プレーの後での風呂、脱衣篭に脱いだ服が山盛り、「凄いな、何枚着てるの?」、と言われるほどであった、そのゴルフも手足の末端の血行障害で、しなくなって久しい、その頃に比べて最近の防寒衣料品は凄いというか、当時よりも薄着で、しかも温かい、ニットの2重構造で、中綿入りで、キルテイングのような組織の肌着の長袖シャツにパッチ、アンゴラ入りのアンダーベスト、この3枚で随分とカサがあった、窮屈で肩がこるほど、ところが最近では特殊加工を施した糸で編みたてたニットの薄手の長袖シャツ、これを2枚重ね、ズボン下、以前に比べるとうす手で随分とカサが低く、それでいて温かい、帽子とマフラーと手袋は必需品、その上に携帯カイロ、これは種類が増えて便利、両足の靴下の先に貼り付けるタイプ、これがないと、くるぶしまであるタイプのスニーカー、靴の中で足の指先が感覚がなくなるほど冷たくなるのだが、薄手の貼り付けるタイプの携帯カイロに助けられている、それと手の指先用に両方のポケットの2つ入れている、朝に新しいのを袋から取り出し、翌日の朝まで暖かさが持続、足の指先が冷たくなって、ダンダン感覚がなくなり、歩きにくくなっていた、それがこの携帯カイロのおかげで、それがなくなった、今日のような寒い日でも靴の中で足の指はほかほかしている。 1階でPCの前に座る時、火の用心と電気代の節約のために暖房器具は使わない、キルトのパンツに、内側がフリースのスリッパ、ブランケットを足に捲き、下半身はこれでOK、手袋をはめてマウスを握り、キーボードをたたく、結婚した頃のヨメ、冷え性で冬にはアンカーを入れていたが、オレの足がアンカー代わりになって、アンカーを使わなくなった、以来約40年弱、今ではヨメの手足のほうが遥かに暖かい、若い頃、足が冷たいと寝れないというヨメの足を、オレの足でこすって温めてもらった事を忘れて、今では、「冷たい足を足をどけて、足がつめたいんやったら、湯たんぽでも入れたら」、靴下を履いて寝る事にしている、当然肌を着た上からパジャマを着ている、終戦後理不尽にも当時のソ連に抑留されて、強制収用所で乏しい食事、劣悪な環境で、極寒の地、シベリアで強制労働に従事させられ、多くの死者がでた、捕虜の虐待、捕虜の大量殺人事件を思い出す、今のオレではあの環境では一日も持たないであろう、冬場、手足が冷たくなって、手足の指の感覚がなくなってくると、ソ連が終戦後に行った理不尽な行為の事を考える。 ズボンは普段はカラージーンズをはいているが、冬場はやはり寒い、フラノのサキソニーフラノのズボンを引っ張り出してきて、はいてみるが残念ながらウエストが窮屈、何とか窮屈だが我慢ができるズボンが2本ほどある、去年の冬はそれをはいていた、やはり暖かい、今年も冬物のズボンを引っ張り出してきた、去年は窮屈だったウエストが随分と楽、久し振りにウエストの寸法が細くなった、お陰で冬物のズボンが殆んどはけるようになった、急に替えズボンが増えたようで、なんだか得をした気分、毎日違う替えズボン、ここ数日、今年一番の冷え込み、その割に朝の通勤が楽しい、来週あたりは久し振りにジャケットを着て、オーバーコートも着てみよう。■「今日の言葉」■ 「 生活にけじめをつけることは 明るい心と健康の元である 」 (自然社・平成21年・新生活標語より)