待ち遠しい新そば。(後)
(昨日より続く) この店の女主の故郷の出雲産の蕎麦粉を使用、だから例年新そばは11月の中旬、入り口の看板に見落としてしまいそうな小さな張り紙、「新そば始めました、新そばの醍醐味をどうぞ」、遠くからでもこの時期に小さな張り紙、新そばの張り紙だという見当がつく、ところが11月は得意先の春夏物の展示会のサンプルつくりに終われる月で、大阪の得意先へ行く時間が夕方か、朝一番に直行が多くなる、だからこの蕎麦屋さんで昼食をとる機会がなくなってしまう、新そばの張り紙が出てから、1ケ月目くらいに漸くという年もある、この張り紙が出てから数日後くらいに店に良くと、「今年は良いタイミングにこられましたね」、普段よりも一層の笑顔で、抜けたままの歯が良く目立つ、新そばの時期は蕎麦粉の弾力があって、蕎麦粉をこねている時が実に気持ちがよく、蕎麦打ちが楽しくてたまらないそうである、それが自然と顔の表情に表れるそうである、ここの蕎麦は色の濃い、茶色い蕎麦であり、元々香りが強いのだが、新そばともなるとより一層、蕎麦の香りが強く、風味が濃くなる、新そばの時期にはおろし割ごの大盛りを注文、赤い塗りの小さな器の5段重ね、1段目と5段目は蕎麦だけ、そのほかは蕎麦と大根おろしと葱とかつお節と海苔が乗っている、1段目と5段目は蕎麦だけにして、新そばの風味を楽しむためのオレの別注、新そばの張り紙を見て、早く新そばを食べたいと思うようになったのが、この店が切っ掛けであった。 昼食は1年間で360食くらいが麺類で、土・日・祝日出勤の時には、仕事場の近くに、京都でチェーン展開している蕎麦屋さんの蕎麦打ち道場、蕎麦好きが高じて、自分で蕎麦打って、それを食べたい、そのために蕎麦打ち道場へ、そこは同好の士の集まり、気の合うグループも出来て、すぐの蕎麦屋を始めたい人、将来定年退職後に蕎麦屋を始めたい、こういう人が数人集まり、蕎麦道場を主催の蕎麦屋の店主が、「店を始めるなら、全面的にバックアップ」、この力強い応援によって、蕎麦屋を開店、この店のことはフリーペーパーで読んだ事があって、しかも仕事場の近くにその店があった、カウンターに5席、店の奥に4人かけのテーブルが1つ、オレと同年代の男性が2人、少し若い女性が1人、恐らくこういうサービス業は始めての人ばかり、どこかぎこちないところもあって、1人がホール係り、1人が注文を聞いてから蕎麦をゆがく、その釜の前で蕎麦のゆがき係り、もう1人がてんぷらの揚げ係り、蕎麦は1日に10色限定の10割蕎麦と二八蕎麦の2種類、ここの蕎麦はソーメンよりも少し太い目くらいの極細の手打ち蕎麦で、蕎麦粉10割で薄く延ばさなければならない、その日の朝一番に10食分を打つのが限界らしい、極細蕎麦の為にゆがき時間はものすごく短い、約20秒弱である、ゆがきあがるや大量の氷を入れた氷水で、さっとゆすぐ、蕎麦汁は甘味のかった味で、極細の蕎麦に汁をたっぷり目に付ける、極細の蕎麦に甘い汁が合い、甘い汁に極細の蕎麦が合う、ごつごつした手打ち独特のコシは無理だが、喉越しの時に手打ち独特のコシが感じられて、オレ好みの蕎麦であった。 ここは二八蕎麦は福井産の蕎麦粉で、10割蕎麦は北海道産の蕎麦粉を使用、そのためのこの店では新そばが早く10月初めには店に新そばの張り紙である、北海道さんの早稲の蕎麦粉でためし打ちはしてみたが、香りと風味がもう一つで、もう暫く先になる様子、この店の楽しみは新そばと同時に辛味大根が入る、唐辛子系の辛さには弱いが、ワサビや大根の辛味は好きである、大根の辛味が舌をさし、鼻にツーンと抜ける、新そばの香りと風味、そして新そば独特の弾力性が喉越しに感じる、一口食べるごとに、プハァー、フハァ~、大盛りを食べるスピードがいつもよりも2割ほど早くなる、蕎麦湯を飲みながら、死ぬ時はその年の新そばを食ってからにしたい、そんな気持ちで店を出る、この店は午前11時から午後2時までは禁煙タイム、この店のオレの滞在時間は約15分、超ヘビースモーカーのオレでも、この店の禁煙タイムは大いに賛成である、この店の蕎麦の香りと、風味には、タバコの匂いは敵である。 だからいつもは店を出た途端にタバコに火をつける、ところがその年の最初に新そばを食べた日は、残っている新そばの香りと風味をもう少し楽しもうと、仕事場に戻って少ししてからタバコに火をつける事にしている、お彼岸近くなると、この店に行くたびに、新そばの張り紙が気にかかる。■「今日の言葉」■ 「 困難も苦労もない生活からは 人生を学ぶことはできない 」 (自然社・平成22年・新生活標語より)