「これのナンボ使った?」、「まあ、マンションの1軒分くらいかなァ」。
恐ろしくシンプルなデザインのCDラック、50枚ほどを倒れないように少し斜めに積み上げているように見えるデザイン、CDの幅よりも少し狭い、黒の太い針金の2本柱、黒い針金でCD枚分の仕切り、そこにCDを差し込むだけの構造、比較的好きな、良く聴くCDをそのラックに入れている、場所をとらずに、少しの隙間にも置けて、室内のおしゃれなインテリアにもなる、2階のドアの横の電話台との隙間においている、オレの4人の男の孫達、2歳ぐらいになるとそこに置いているCDに興味、別段、そこにおいているカントリー・ミュージックを聴きたいわけではない、引っ張り出しておもちゃの代わりに遊びたいだけなのである、息子や娘達は子供の頃に、当時はもっぱらLPレコードであったが、オレがそれを大事にしていて、いたずらでもしようものならカミナリ、時には平手やゲンコツが、だから大慌ててで、「ジィジィ、大事、大事」、と止めようとするが孫達は面白がって、CDをラックから全部引き抜いて、床にぶちまける、暫くの間は家へ来ると。どんなオモチャよりも真っ先にこのCDをラックから引き抜いて床にぶちまける、ただ不思議な事にガラスの扉はついているのだがレコードラックの中のLPレコードには興味を示さない、孫達にはLPレコードがなんであるかを知らない様子、今日来ていた一番年上の孫の、5歳半のコウタが初めて、「これはなに」、「レコード」、と答えると、きょとんとしている、「音楽を聴くもの」、「・・・・・・」、意味がつかめない様子で、「見てみたい」、ラックから1枚のLPレコードを出して、ジャケットから盤を出して、見せてやる、「この細い溝に音楽が刻まれていて、このプレーヤーの針をレコード盤の上に乗せて、この溝に刻まれている音楽をこのスピーカーから出すんだよ」、音の出る事よりも、ジャケットを見て、「カッコ良いなぁ」。 もう帰り支度を仕掛けていた時だから、話はこれ以上続く事はなかったのだが、最近はLPレコードを聴くことが殆んどなくなっているのだが、孫にいわれて久し振りにLPレコードを手に取った、孫に言われなくてもCDを手にする時よりも、LPレコードの方がやはりカッコが良い、あの大きさのジャケットから、中袋から盤を取り出し、盤面に指紋をつけないように、縁に親指を添えて、真ん中の穴の開いたところに中指を添えてソット引き出す、実際に聴きたい時には、聞きたい方の面にレコードクリーナーでユックリと、丁寧に、盤面の埃をソッとふき取る、CDに比べると随分と面倒な作業ではあるが、この面倒ともいえる一連の動作が、なんともいえない、レコードプレイヤーのカートリッジを盤面に落とし、ホンの数秒間、音の入っていない溝の擦れる音、やがて音楽が始まり、少し音を調節してから、ジャケットの裏面や別に入っているそのレコードの解説書、ライナーノートに目を通す、このジャケットを見たり、ライナーノートに目を通す楽しみ、残念ながらCDにはこの楽しみがない、昔のLPジャケットの大きさのパッケージに入ったCDも販売されていると聞く、大手のレコード販売店の店員さんで、カントリーミュージックやブルーグラスに詳しい店員さん、顔見知りになり、LPレコードを買う時には彼のアドバイス、アメリカのカントリーミュージックやブルーグラスの最新情報は彼から入手、やがてその彼が独立してカントリーミュージックとブルーグラスの専門店をする事になる。 彼が店をオープンさせてからは、週に一度のペースで買いに行く、1枚だけではない、必ず数枚を購入、そして、小一時間ほど音楽の話、お客さんも顔見知りが多く、情報交換や、教えてもらう事も度々、年間の購入の枚数は数百枚、こうなると、買った盤をじっくりと聴くという事はなくなる、買うペースに、聴くペースが追いつかない、店の常連のお客さんは皆同じ事、自営業の人は仕事中に聴いているという、その頃の悩みは買った盤を聴く事と、どんどんたまっていく盤の収納の場所、数ヶ月に一度のペースで、約200枚収納のレコードラックが増えていく、じっくりと聞くことはなかったのだが、盤の収納の場所は不思議と覚えていたもので、数千枚の中から聴きたい盤を、サッと取り出すことが出来た、これは好きな事、趣味の事だから出来たことだろうと思う、10数年前にマンションから今の1戸建て家に引越し、一番の楽しみは、大きいクローゼットをレコードラックにすることであった、当初はオーデイオ機器を2階のリビングに置く、だから2階のクローゼットをレコードラックにする予定で、大工さんのこの部分に重いものを置く、床を丈夫にと依頼、しかしいくらなんでも数千枚のレコードを2階のクローゼットに置くには危険過ぎる、1階の狭い方のクローゼットに置く事に、設計図を渡して、大工さんが作ってくれたのだが、レコードの重みを考慮して、階段に使う板で製作、頑丈なのは良いのだが、板が厚すぎて、置く事のできる盤の枚数が減少、全てを1ケ所のレコードラックに収納の夢は壊れる事になる。 よく聞かれるのだが、「この趣味に使ったお金はいくらくらい」、「まあ、マンションの1軒分くらい」、大体それぐらいだろう、ところが会社を整理した後で、お金に困窮、レコードを中古やさんへ売ることに、まず、ジャズのレコード、千枚余り、若い店員さんが、ジャケットを見て、査定しながら、電卓を叩いていく、10枚ずつメモに金額を書いていく、その作業が約3時間余り、合計で百万円には満たなかったのだがそこそこの金額で買取、その1年後にカントリーレコードも処分、どうしても手放せない好きなミュージシャンの盤、約500枚ほどだけは残して、中古屋さんが買取に来る日の午前中に、表の間の和室に積み上げる、午後の中古屋さんが到着、前のジャズのレコードの買取に来たお兄さん、「電話をもらった時に、てっきりジャズだと思っていました、カントリーですか、値段がつかないのです、1枚50円で良いですか」、これにはショックであった、ジャズのレコードの時のあの枚数であの金額、この枚数なら、あの7、8倍の金額と勝手な皮算用、1枚が50円なら、ジャズの時と同じ金額にしかならない、しかし目先のお金にも困っている、「お兄ちゃん、それやったら売るのはやめる」、といって中古屋さんを帰らして、この部屋を埋め尽くしているレコードを元の場所へ収納、もうその気力はない、「お兄ちゃん、どうするかタバコを1本吸い終わるまで待ってちょうだい」、タバコを吸っている間に、オレがレコードを買っていた、専門店からも買取の電話がありました、しかし値段をいうと、ことわられましたとの事だった、タバコを1本吸い終わってから、「お兄ちゃん1枚の値段が50円、そしたら、枚数を数えてんか」、お兄ちゃんはひたすら数を数えて、100枚ずつ積み上げていく、最後に積み上げた山を数え終わって、電卓を叩く、皮算用の半値、6掛、3割引、その金額にも満たない、50枚づつ、小さなケースに入れて車に積み込む、バンが大丈夫かと思うほど、物凄く沈みこんで走り去っていった。 孫がLPレコードを見て、「これは何?」、もう少しして、小学校へ行く頃に聴かしてやろう、オレもその頃にオヤジのプレイヤーで、78回転のSPレコードのグレンミラーなどを聴き始めた頃だった。 ■「今日の言葉」■ 「 周りの人の姿の中に容易に 気付けない自分の姿がある 」 (自然社・平成21年・新生活標語より)