夢と現
京都の植物園の隣に府立総合資料館というのがあって、以前はしばしば通っていろいろな本を読んだり図録を見たりして長い時間をすごした。ここは開架の棚に工藝関係の資料もなかなか充実していて1日いても飽きなかった。浪人の頃から大学の頃、また師の元から帰った独立当初などはかなりよく行っていたように思う。 ここにはほんとうの民藝の決定版とも言える『柳宗悦蒐集 民藝大鑑』という全5巻の立派な図録があり、後に古書として求めて今は手元にあるのだがそのころはとても手の出るものではなく、資料館でこれを見るのを楽しみにしていた。大抵はこの本を見ている人などなかったように記憶しているが、たまに棚に無いなと思って閲覧席を見回すと工藝家の某氏が先に御覧になっていることがあった。この話はあんまり失礼なので名前は伏せておくが、氏の顔と名前は新聞か何かで見て良く知っていたのである。氏の仕事も少しは見ていたのでこういうものがお好きなんだなとちょっと意外な気もした。またまだすまないのかな、などと様子を時々窺いながら他の本を見て待っていたことを思い出す。 資料館に通っているといつも同じ席に座って何か調べ事をしているひとや、しばしば見かける人などが沢山いた。工藝家の氏もまたここにはよく来られているようであった。それ以後氏の作品をどこかで見るたびに柳蒐集の民藝館の蔵品との関わりなどを想った。 自分は子供の頃から新聞をテレビ欄のある後ろ側から見る癖があるのだが、ある朝最初にめくった左下のあたりに顔写真や経歴を添えて氏の訃報の記事を見付けた。 あっ、と思った。 年齢もずっと上でまた仕事の上では特に繋がりもなかったし、声を掛けたこともなく先方は『民藝大鑑』を見ている青年を意識していたかどうかは知らないが同じ時期に同じところで同じ本を見ていたというそういうちょっとした縁ではあったけれども、それでもその記事は自分に哀悼の気持ちを呼び起こした。まだ亡くなるには少し早過ぎるという気がした。 その後何度か氏の名前を聞くたびに「亡くなったね」と言ったことはあるように思うが、またしばらく前にある人にこのように言った時に「亡くなってないでしょ」と言われた。「そんなはずは無い、もう10年程も前に新聞で見ましたよ」「元気でおられると思うよ」この時はこれですんだのだが、彼女はきっと何か勘違いしているのだと思った。 それが先日ある講演会の案内を見れば講師に某氏の名前があるではないか。元気そうな顔写真に略歴まで紹介してある。これには驚いた。どうやら勘違いしていたのは自分の方だと言うのは確かなようだが、自分はもう10年程もの間まったく疑いなく氏は亡くなってしまったものだと思い込んでいたのである。あれほどはっきり記事を見たような気になっていたのはいったいどういうことだろうか。氏が元気でおられることを知ってこれは正直よかったと思うのだが、自分のことを思えば夢と現実の境がなくなってしまってはなかなかこの先厄介なことだと心配になる。それこそまだまだ早過ぎるのである。