百二十五年物語 祖父清吉・1
第1章 第2部 祖父清吉無題 posted by (C)コックン祖父清吉は1885年頃生まれた。はっきりしない。親父が生きてたときに清吉の生年月日を聞いたのだが、「知らん」と言われた。ただ祖父清吉の命日ははっきりしてるからこの「百二十五年物語」を書くにあたって計算したわけである。清吉は昭和37年、1962年6月13日永眠。ぼくは小学校1年生だったし、その場面を今でも覚えているんだ。77才だった。そこで、1962-77=1885となって祖父清吉を1885年生まれとしたわけである。この物語は話がそれてもいいというのがぼくの決めたルールなので早速だが寄り道してみるぜ。1885年ってどんな時代でどんな人が生まれたかを調べたんだ。wikipediaでね。1885年というのは明治18年なんだね。中国は清の時代で朝鮮は李王国?なのかな?できごとがまたすごい!1月 - ハワイ王国への官約移民第一号となる944名が渡航。以後9年間で約29,000人がハワイへ移民した。 4月 - 日本(伊藤博文)と清国(李鴻章)との間で天津条約が結ばれる。 5月30日 - 福岡県令より福岡県立修猷館(現福岡県立修猷館高等学校)の設置が告示される。 7月6日 - ルイ・パスツールによって開発された狂犬病ワクチンが初めて人体に接種される。 7月以後 - 全国的に風水害と旱魃に見舞われて米が凶作となり、「明治18年の飢饉」と称される食糧問題が生じた。 7月16日 - 日本鉄道、宇都宮駅を開業。日本初の駅弁(おにぎり2個にたくあんが添えてあるもの)が販売される。 7月 - 咸宜(Hàm Nghi)帝の呼びかけによる勤皇運動始まる。試生軍(青年勤王隊)を組織して戦う。 10月25日 - ヨハネス・ブラームスの交響曲第4番がブラームス自身の指揮、マイニンゲン宮廷管弦楽団によって初演された。 12月22日 - 伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任。もっとびっくりしたのが1885年生まれの顔ぶれ・・・・ぼくが知ってるだけをここには記すね。 1月17日 - 大杉栄、思想家・アナキスト(+ 1923年) 1月20日 - 尾崎放哉、俳人(+ 1926年) 1月25日 - 北原白秋、詩人(+ 1942年) 4月4日 - 本居長世、童謡作曲家(+ 1945年) 4月11日 - 正力松太郎、読売新聞社社主(+ 1969年) 4月26日 - 飯田蛇笏、俳人(+ 1962年) 5月12日 - 武者小路実篤、小説家(+ 1976年) 8月24日 - 若山牧水、歌人(+ 1924年) 9月11日 - D・H・ローレンス、小説家(+ 1930年) これ読むだけでも1885年がひとつのドラマじゃないか。ロマンだな・・・壮大な物語が秘められてるような気がしない?で、清吉が1886年の早生まれだった可能性もあるわけで1886年も見てみたらこの年もびっくりさ!興味があったら1886年もウィキペディアで見てくれるかな?あれ?物語がウィキペディアを頼っていいのかな?ま、いいや!なんでもありなんだ。明日1886年について書けばいいじゃないか。いや~それにしても大杉栄、尾崎放哉、北原白秋、飯田蛇笏、武者小路実篤、若山牧水らと清吉じいちゃんが同じ年生まれだったとは発見だったよ。つづく。(注)予定では祖父の名前は「多仲友吉」の予定でしたが故人についてはそのままの名前を使うことにしたんだ。また、いつか登場人物一覧表を書くよ。視聴はここで百二十五年物語 序 その1百二十五年物語 序 その2百二十五年物語 序 その3百二十五年物語 序 その4百二十五年物語 序 その5百二十五年物語 祖父清吉・1