昔傍定食
お腹が空いたので食堂で御飯を食べることにした。久しぶりに来た食堂は昔から知ってるはずの食堂とはルールが変わっていた。今までは食券を買って調理場の前にいる人に渡せば良かったのだが、今は混雑緩和の為に小さな掲示板のようなものが「丼物」「麺類」などと細分化され、食券をそこに貼り付けておけば料理が出来上がるという仕立てになったようだ。出来上がった料理も拾いスペースにおいておかれる為、各々頼んだものを持っていって食べるシステムになったようだ。私はそこで昔そば定食を頼んだ。値段は幾らだったのか覚えていない。以前から感じていたことだが、大人になると物の値段をそんなに凝視しなくなるものだ。それは昔に比べて豊かになったという証拠なのかもしれない。覚えてはいないが、まぁ順当な値段だったと思われる。私も前例に倣って麺類のコーナーに食券をおいて席を確保することにした。しばらく待っても私の頼んだ昔そば定食はやってこない。不思議に思って調理場の人に聞いてみると、もう随分前に作っておいておいたということらしかった。出来上がった料理を置いておくコーナーを見てみると、確かに1つだけ料理が置いてあった。私以外は皆回収したということだろう。今まで知らなかったルールだけに知らないのは恥ずかしいと思い知ったかぶりをしていたのだが、その襤褸が出たようだ。恥ずかしかったが、私は昔そば定食を回収して席に戻ることにした。席についていざ食べようとすると、目の前に小学校の頃気になっていた女の子が座っているのに気づいた。向こうは勿論私のことなんて覚えていない。どうやら友達連れだったらしく、熱心に何かについて話しているようだった。だから私は敢えて声をかけるようなことはせず昔そば定食を食べることに専念することにした。しかし会話というのはそこはかとなく聞こえてくるものだ。私は食べながらもどうやらその女の子の話を聞こうとしているようだった。盗み聞きのようであまり気分のいいものではないがこればかりは仕方ないといったところか(笑)どうやら彼女は彼氏との不仲の話をしているようだった。しかも不仲にしてもそこらによくある話ではなく、離婚調停中の話だった。親権についての話はなかった為、単純に慰謝料云々の話なのだろう。彼女の口からよく出てきた言葉は「私は信じていてそれを裏切られたのに、旦那はもう次の幸せを見つけようとしている。それが許せない」というものだった。まぁ確かにそれは酷い話だと思いながら、私は赤身の刺身を食べていた。友達も彼女の親友のような存在で、わかるわかると相槌を打ちながら話を聞いていた。その友達の顔に見覚えはなかったのだが、どこかで見た顔だと思いながらも私は海老の刺身を食べていた。話しているうちにだんだんヒートアップしてきたのだろう、彼女の方はもう怒り心頭といった感じで友達の子に食って掛かるようになってきた。私だけが不幸なのが納得出来ないというような内容だった。怒りとは自分自身で言葉にすることでより増幅することがある。話す前はあまり怒っていないようなことでも、言葉にして整理すること、それを自分の耳で聞くことで更に怒りが増幅することもある。その時の彼女はまさにそんな状態だった。これは早めに引いた方がいいぞと思いながらも私は御飯と食べ味噌汁を飲んで食べ終わった。よく知った顔でもそれは一方的なもので、向こうは私のことは知らない。そんなバックボーンだからこそ、私は思ったことがあっても彼女にかけてあげる言葉はなかった。向こうからしたら私は他人だ。そんな他人から自分自身が直面している問題についてあれこれ言われるのは気分が悪いものだ。ましてや彼女は怒り心頭の中だ、今は冷静になる時間が必要だろう。友達の意見にしても間違っているようなものではない。あの友達なら正論を彼女にぶつけるだろう。それを期待して私は席を立つことにした。食器を返しにいかないといけないからだ。とここで目が覚めた。それにしてもなかなか懐かしい顔に出会ったものだった。考えてみれば、本当のその彼女も昔から異性関係でよく話題に上がることの多い子だった。まぁその辺りは現実的だと思えるのだが、それにしても横にいた友達の子は誰だったのだろう?恐らくどこかで見た顔なのだろう。そんなことを私は2秒で考え、そしてすぐに現実に目を向けた。昨日クリーニングに持っていったワイシャツが出来上がっている頃だ。取りに行くとしよう。現実を生きる脳の処理能力は最高に早い。人間と同じ処理速度のPCを作るには、まだ技術力が足りないといったところか。目的のものを受け取って帰る途中に、私は先ほど見た寸劇関連の重要なことを思い出した。そうだ…私が食べていたものは昔そば定食だったが、そばなんてなかったじゃん。。。