実感の沸かない話
遠雷が聞こえる。今にも降りだしそうな天気の中、それでも彼女は俯き加減に言った。あいに出会ったのはいつの頃だったか。確か2ヶ月程前になるだろう。最初に出会った時に印象は兎に角不思議な感覚の子だった。私とほぼ同じくらいの年齢であるのに、私よりも遥かに落ち着いている雰囲気。私もよく年齢よりも落ち着いて見えるというようなことを言われるが、恐らくはあいの方がそう言われる可能性は高いだろう。連絡を取るようになったのも…やはり同じ頃だったように思う。きっかけは私からだった。どうしてもあいのその雰囲気と謎を残すような感覚がどうにも気になったのだろう。最初の玉を投げたのは間違いなく私だった。辺投は、実に朗らかな社交辞令が含まれた所謂一般的なものだった。まぁこういう感覚は私は慣れたものだ。恐ろしいまでのドライさも、私にかかればいつものこととして片付けられることになる。こういうのを一般に年の功と言うのかもしれない(笑)最初は面倒くさがっていたあいだったが、いつしかしっかりとメールが返って来るようになったのはそれから暫くしてのことだった。心境の変化なのか何なのかはわからない。でも少なからず友好的な印象を受けるには十分な内容だったように思う。それから私とあいの積極的なメールのやりとりが始まったのだった。話している内容は本当にどうでもいいような内容だった。今メールの内容について問われたとしても、半分くらいしか答えられない自信がある。何気ない会話をそのまま文章に起こしたようなものだと感じる。しかし今になって思えば、それが大切だったのかもしれない。気負うこともなく、自然にメールが続く関係、そんな雰囲気だった。一緒に御飯でも行こう!どちらからともなくそんな話が出た。以前に会った時から2ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。お互いに仕事が忙しいのでなかなかスケジュールが合わなかったが、なんとか1日だけ時間を作ることが出来た。それが丁度昨日のこと。久し振りに会うということで、私も結構気合が入っていた。まぁ2ヶ月ぶりの食事くらいに相手は考えていることだろう。しかしながら私はそうではない。少なくとも2ヶ月の間で、あいは私の中でかなり気になる存在に変わっていた。話をしているといつも刺激的で面白い。今まで何度となく失敗してきた舵を私は再び取ろうとしていた。さて、当日。待ち合わせをして所謂ベタな散歩コースのようなところを歩いた。結構内面的なところについては話しているところが多かったので、あまり面と向って何か話すということはなかった。それでも私は別に気まずいと思うこともなかった。急いて話す必要のない人であることはもう十分に知っていたからだ。散歩コースを歩いてそのまま夜景が見える場所に辿り着いた。時間は夕方ということで、まだ夜景が見えるような頃合ではない。夜景が綺麗だという話は知っていたので、見えるようになる時間までは話をして過ごすことにした。実は話したいことがある。暫くしてふとあいがそんなことを言い出した。そういう文句で始まる言葉の場合、私にとっては都合のいい話だったことなんて一度もない。私の性格や見た目についての駄目出しでも来るのだろうと構えていたが、一向にあいは話し出そうとしない。しかも何やら俯いて言いにくそうにしている。こういう態度をとられる場合、事の重要度が非常に高いことを示している。なにを言われてもちゃんと受け止めて反省しようと私も心の準備をした。遠雷が聞こえる。今にも降りだしそうな天気の中、それでも彼女は俯き加減に言った。心の準備をしていた私はその言葉の意味を理解するまでにかなりの時間がかかった。きっとかなり馬鹿な顔をしていたのだろうと思う。なんという情けない話だろう。言われた内容がショックのあまり、私は男としての大切な何かをなくしたような気持ちになってしまった。頭が空っぽになるというのはきっとあの時の私のことを言うのだろう。今思い出してもここ数年で一番カッコ悪かったと自負出来る。まぁ自負しても仕方ないのだが(苦笑)その後は一緒に御飯を食べに行って喫茶店でコーヒーでも飲みながら話をしていた。実にまったりとしたような空気だった。あいも言いたいことをしっかり伝えた後とあってかなり晴れやかな顔をしていたが、私はと言えば浮き足だったような不思議な感覚だった。今となってもまだ実感が沸かない。夢であってもおかしくないような状況だったと感じる。勿論今も。別れ際、あいは何事もなく電車に乗り帰って行った。特に別れが寂しいという感じはなかった。だが、それが彼女の本質的なところであることを私は知っている。だから私もそうあって欲しいと思うままに彼女を見送ることが出来た。少し不思議で喋ればずばずばものを言う一緒にいて退屈しない子今では私の大切な彼女