緑と清流

[江戸・東京の話] カテゴリの記事

全55件 (55件中 1-50件目)

1 2 >

• 

  日野宿

  日野宿は、甲州街道の５番目の宿場町だった。小さな宿場町だったが、多摩川の渡しを任される重要な宿場だった。日野宿本陣は１４７年前に建造された都内唯一の本陣。本陣とは、大名や旗本の宿泊所なので、建物は豪華。大黒柱は樹齢３５０年のケヤキで、襖は紙ではなく木で作られている。東京都の歴史的建造物に指定されている。渡邊家店蔵店蔵とは江戸時代のコンビニで、塩・醤油から炭や下駄、旅人に必要なものは何でも揃うよろず屋だった。　　

  2010.06.03

• 

  川は流れる

  　　今年初めて咲いた紫陽花東京の地図を眺めていると、市や区の境界線が曲がりくねっているのが気になる。東京の下町には、荒川、隅田川、江戸川、新中川などといった大きな川の他に、小さな川がたくさん流れている。大きな川は、水害対策のために河川工事が行われ、比較的直線に流れているが、古い川は蛇行したままになっている。その曲がりくねった川を区の境界線にしているので、境界線も蛇行しているわけだ。葛飾区と荒川区、江戸川区と江東区の区境は、最近になって生まれた荒川（荒川放水路）を境にしたので、直線に近くなっているが、その間の江戸川区が荒川の西岸に張り出して、墨田区と接している部分はクネクネしている。文京区と台東区の区境は、不忍池に注いでいた藍染川に沿っている。現在では川は無くなってしまったが、川筋そのままに曲がっていて、「へび道」と呼ばれている。葛飾区と足立区、葛飾区と江戸川区の区境も、複雑に曲がりくねっている。かつては、ここにも川が流れていた。葛飾区と足立区の間には古隅田川という大河が流れていた。現在は地図にさえ描かれていない細い川しかないが、蛇行した区境が大河の名残りだ。

  2010.05.23

• 

  清洲橋

  　　花水木清洲橋（きよすばし）は、隅田川にかかる橋で、東京都道474号浜町北砂町線（清洲橋通り）を通す。西岸は中央区日本橋中洲、東岸は江東区清澄一丁目。「清洲」という名称は公募により、建設当時の両岸である深川区清住町と日本橋区中洲町から採られた。関東大震災の震災復興事業として、永代橋と共に計画された橋。「帝都東京の門」と呼称された永代橋と対になるような設計で、「震災復興の華」とも呼ばれた優美なデザインである。当時世界最美の橋と呼ばれたドイツのケルン市にあった大吊り橋をモデルにしている（この橋は第二次世界大戦で破壊された後、別の橋が再建された為、現在は吊り橋ではない）。海軍で研究中であった低マンガン鋼を使用して、鋼材の断面を小さくする努力がなされた。もともと「中州の渡し」という渡船場があった場所でもある。2000年（平成12年）に永代橋と共に土木学会の「第一回土木学会選奨土木遺産」に選定された。2007年（平成19年）6月18日に、都道府県の道路橋として初めて勝鬨橋・永代橋と共に国の重要文化財（建造物）に指定された。橋の近くには、平賀源内がエレキテルの実験をした場所がある。

  2010.04.17

• 

  江戸の医療

  　　水仙現在でも神社に残されている江戸時代の絵馬で、一番多いのは病気快癒の祈願でしょう。江戸時代の町民に対する医師の数は、10万人に86人で、かなり充実していた。しかし中には偽医者や悪徳医者も居て、正当な医者でも診察代は高額だったので、一部の金持ち以外は病気になっても医者にはかかれず、多くの貧しい庶民は、神仏に頼り、絵馬に祈願するよりなかったのだ。日本人の薬好きは江戸時代からで、外国からの医薬品の輸入が急増したのも江戸時代だった。しかし現在同様、当時も薬用人参の国産化など素早く成功させたのも、日本人特有の賢さで、薬草研究も隆盛し、薬の普及は目覚ましかった。家康の孫である家光が病気になった折、家康自ら調合した薬で治療に成功したほど、家康は健康オタクだった。薬用人参は、人参飲んで首くくると言われるほど高価であり、その他の薬も高額で、一般庶民には手が出なかった。それに比べて、ドクダミをはじめとする民間薬は誰でも入手可能であり、危険も少なかったので、人々はそれに頼った。センブリなどは現在でも愛用する人が多いが、当時はハコベやシソ、カヤノミ、シャクヤクなどにも効果を見出していた。江戸の庶民の平均的死亡年齢は50歳で、人生五十年という決まり文句があった。身分制度を打破して出世する方法は、医者や学者（友人の外科医は医者、学者、芸者と言うが）になるしかなく、人気のある医者になれば大名並の収入が得られたため、医者の志願者は多かった。医学は、学問とは無縁の技術者とされ、学者よりは身分は低かったが、将軍や側室でも患者であれば、その身体に触れ、脈を取ったので、待遇は良かった。

  2010.04.04

• 

  桜田門外の変２

  　　花海棠今から150年前の１８６０年３月３日（旧暦なので現在の３月２８日頃）江戸城桜田門外で、時の大老井伊直弼が、水戸藩士ら１８名によって暗殺された。現場指揮者の関鉄之介以下１７名の水戸浪士と、薩摩浪士有村次左衛門は、襲撃の日を桃の節句と決めた。桃の花が満開の時期だというのに、その日は朝から大雪が降っていた。早朝、愛宕山に集結した１８名は桜田門へ向かった。節句には大名達が正装して登城するので、町民達が見物に来ていた。彼ら田舎武士たちは、その人々に混じって井伊の行列を待った。井伊家は、桜田門からでも見えるほど近かった。井伊の行列は御前９時に出発した。行列の総勢は約６０人ほど、雪のために供回りの人々は雨合羽を着て、刀には柄袋を被せていた。行列が桜田門に差し掛かると、浪士の一人が、訴状を持って直訴でもするような振りをして行列に近づき、いきなり先頭の槍持ちに斬りつけた。騒ぎに驚いた供侍が先頭へ向かった瞬間、一発の銃声が響き渡り、それを合図に左右から浪士たちが、大老の駕籠に向かって突進した。供侍たちはふいをつかれた上、雨合羽に柄袋で動きが悪く、とっさの応戦に立ち遅れてしまった。銃はコルト銃で、銃声は襲撃の合図であったが、弾は大老の太股から腰へ貫通し、致命傷となった。地上に投げ出された駕籠に浪士たちが駆け寄り、白刃を突き刺した。そして大老を駕籠から引きずり出し、有村次左衛門の振り下ろした一刀が首を切り落とした。短時間の戦闘で、彦根藩士の死者は８名、重軽傷者１０余名を出し、襲撃した浪士は５名が死んだ。白昼堂々と大老の暗殺が行われた事は、当時の江戸っ子たちに大きな衝撃を与えた。井伊直弼享年４６歳、大老就任後２年足らずだった。幕府最高権力者の死によって、歴史は幕末維新の激動期へと急激に転回していったのである。

  2010.03.30

• 

  桜田門外の変　１

  　　桜井伊氏は、藤原冬嗣を祖とし、遠江の伊井谷に城を築き、井伊氏を名乗るようになった。保元の乱では、後白河天皇につき、南北朝の動乱期には宋良親王を擁して南朝のために活躍した。応仁の乱以後は、駿河の今川氏に属していたが、当主が今川氏に殺され、残されたのは２歳の万千代だけだった。この幼児が15歳になって、徳川家康に仕えることになり、それが後に家康の四天王の一人として世に知られる、井伊直政である。こうして井伊家は徳川の屈指の有力大名となり、名誉ある家柄となった。井伊家からは多数の大老が輩出された。大老というのは、将軍が幼かったり、病弱であったり、または何か大事が起こった場合、あるいは将軍の命がある場合に置かれる職で、幕府の最高機関であった。桜田門外で襲撃され、暗殺された井伊直弼は、正室の子ではなく、庶子であった。幼名を鉄之助といい、その後鉄三郎と改めた。井伊家の家法では、長男以外は全て養子となって他家を継ぐか、しかるべき家臣に養われるか、それとも一生部屋住みで過さなければならなかった。分家は作らない方針だったのである。直弼は庶子である上、14男であったため、このような家法の家では、先行きは真っ暗だった。31歳まで養子の先もなく、侘びしく部屋住みを続けていたが、彼はそんな日陰者に似合わず、剛毅果敢で直情径行の精紳家であった。よく細事に気がつき、口やかましくはなく、思いやりのある温和な人柄で、下情に通じた苦労人だった。そして、藩主である長男直亮の後継者、一人息子の直元が江戸で急死し、他の兄達は全て他家へ養子に行っていたため、部屋住みだったのは直弼だけであり、直弼を世子にする以外はなかった。つづく

  2010.03.29

• 

  白虎隊

  　　カリン会津藩の男子は、１０歳になると日新館という藩の学校に入学した。入学するために、６歳から立派な生徒になるための勉強をし、会津藩士の子供としての約束事を決め、各家庭を順番に会場として、熱心に反省会を開き、約束事に背かないように努力していた。約束事はいくつかあり、その終わりに「ならぬことは、ならぬのです」という言葉があり、将来立派な指導者となる武士としての自覚と責任が子供の時から躾けられていた。遊びの時間には、のびのびと鬼ごっこやかくれんぼをして楽しんだ。日新館は１７９９年４月から工事を始め、５年の月日を費やして１８０４年に完成した。天文台や印刷出版所、図書館、プールまで備えていた。特に優秀な生徒は、卒業すると藩の費用で江戸や長崎へ留学でき、自分の努力次第で、学問や技術を習得することが出来た。会津藩は真剣に藩の青年達の教育を整え、熱心に将来を考え、青少年のことを大切に思っていた。１８６８年、鳥羽・伏見の戦いにより戊辰戦争が勃発した。会津藩は旧幕府勢力の中心と見なされ、新政府軍の仇敵となった。白虎隊（１５歳から１７歳の少年兵）は本来は予備兵力であった。隊は士中隊、寄合隊、足軽隊から成り、充足数は300名程度だった。会津藩では若松城を死守すべく若松へと至る街道口に主力部隊を展開させて防備に努めたが、圧倒的な物量で迫る新政府軍に対しては劣勢は否めず、本来城下防衛の任に当たるべく組織された白虎隊もこれを支援する形で前線へと進軍した。白虎隊の投入が焼け石に水なのは誰もが承知のことであったが、老若男女が玉砕覚悟で臨む戦局にあっては是非もなく、白虎隊は各防衛拠点へと投入された。しかし会津軍の劣勢は如何ともし難く、白虎隊も各所で苦戦を強いられた。なかでも最精鋭とされた士中隊も奮戦空しく撤退を余儀なくされた。このうち一番隊は藩主・松平容保護衛の任に当たったが、二番隊は戸の口原で決定的打撃を受けて潰走し、戦死者も少なからずあり、負傷者を抱えながら郊外の飯盛山へと落ち延びた。この間庄田保鉄ら隊員数人が、農家で草鞋を貰い受けている間にはぐれてしまった。だが、ここから眺めた戦闘による市中火災の模様を若松城が落城したものと誤認し、総勢20名が自刃。一命を取り留めた飯沼貞吉（のち貞雄と改名）を除き全員死亡した。他の隊も市街戦や籠城等の末、戦力としては壊滅した。途中はぐれた庄田保鉄らはその後、鶴ヶ城に入城し、士中一番隊の生存者とともに白虎士合同隊となって、西本丸を守った。飯沼貞吉が生還し記録を残したことで、皮肉にも白虎隊の最期の様子が現在に伝わっている。１９３１年に79歳で没した飯沼の遺骨の一部は、遺言により飯盛山に眠る同志と同じ場所に埋葬された。但し、飯沼が生き残った事に対し「武士としての最期を遂げず生き恥をさらした」として非難する向きもあり、飯盛山の墓は他の隊士の墓から距離を置いて建てられている。

  2010.03.28

• 

  江戸の人事異動２

  　　ザイフリボク丹波の国亀山藩は、京、大阪と西国を結ぶ山陰道の入口にあり、西国の押さえのため藩主は幕府の要職には就かない決まりになっていました。１７４８年、青山忠朝が寺社奉行になって転出したので、隣国の丹波笹山藩松平信岑が入れ替わることになりました。家臣たちの住居は、家財道具から庭木まで一切残して行くという協定になっていました。ところが後日、亀山藩へ入った家臣たちは、その住居が空っぽであることに驚きました。畳も襖も何もかも無くなっていたのです。協定は破られたのですが、一軒だけ手入れの行き届いた家が残されていました。現代の転勤族も、立つ鳥後を濁さずという日本人の美しい心得を忘れないでほしいですね。三方領地替えという言葉がありました。武蔵の国川越藩主松平斉省は、将軍家斉の実子でわがまま放題だったので、藩の収入が少ないことが気に入らず、もっといい所へ移せと駄々を捏ねていました。候補地は、出羽の国庄内１３万８千石の酒井忠器の所領でした。そこは１８３３年の東北大飢饉にも死者が一人も出なかったことで知られていました。そのためには、藩主以下並々ならぬ努力をしていたのですが、余所目にはそんな努力は見えないので、豊かな国だと思われていました。松平斉省は大喜びでしたが、庄内を追い出された酒井忠器は、越後の国長岡藩へ移り、長岡藩主牧野忠邦は、川越へ移らされ、三方領地替えとなったのですが、酒井は面白くないのが当然。川越藩では、７人の視察団を庄内へ送ったところ、酒井の長岡転封に反対していた農民によって軟禁されてしまいました。１８４１年将軍家斉が死ぬと、諸大名は待っていたかのように三方領地替えの批判を始めました。人事異動が地元の意向を無視できなかったという、現代にもありそうなお話しでした。

  2010.03.28

• 

  江戸の人事移動

  　　日野のソメイヨシノも開花江戸時代は、徳川幕府の人事異動を転封（てんぽう）と言い、出世街道を駆け上る論功行賞もあれば、左遷もあった。家康が秀吉によって愛知５カ国から江戸へ転封を受けたのが始まりだった。徳川時代の転封はめまぐるしく、常に大名の誰彼が国替えになっていた。家康の次男結城松平秀康の四男、直基の松平家は播磨の国姫路を皮切りに、１００年の間に９箇所も転封した。これでは任地に愛着も湧かず、整備もできなかった。移動先が良い国なら良いが、財政が苦しく自然災害の多い国へ行かされたのではたまったもんじゃない。そうなるともちろん、家来も悲惨な目に遭う。越後の国糸魚川藩の本多助芳は、父の代に５万石から１万石に落とされて転封になったが、多くの藩士を泣きの涙でクビにしなければならなかった。２０年後、助芳は１万石の加増を受けて、信濃の国飯山へ移った。助芳は天にも昇る気持ちで、昔クビにした家臣を呼び戻そうと書簡を送った。「長く勤めてくれた者は、よく苦しさに耐えてくれた。辞めていった者はさぞ辛かったであろう。また、この度の歓びを待たずに死んでいった者もあった。もし、望むなら、かつて扶持を受けていた者を喜んで迎えたい」という、泣かせる内容だったとか。

  2010.03.27

• 

  江戸の出張

  　　棒桃尾張藩の御畳奉行、朝日文左衛門は、畳を仕入れるために出張することになった。行く先は、京大阪方面で、槍持ちと草履取りを従え、名古屋城下を出発したのが四月二十三日だった。現代でも県会議員などが空出張したとかしないとか問題になっているが、当時も悪知恵の働くお侍さんがいたもので。旅費などは事前に概算で支給されるので、文左衛門の懐は豊かだった。途中の人足代や馬代もその旅費から支払うのだが、文左衛門は人も馬も雇わず、雇ったことにして請求することにした。二十五日に京へ到着すると、藩の御用達とあって、業者は下へも置かないもてなしで、用意されている宿舎へ案内された。京の業者達と祇園へくりだし、ドンチャン騒ぎの翌日は相撲見物、南禅寺で湯豆腐、芝居見物と、連日連夜の接待三昧を受けた。嫉妬深い奥方から解放されて、毎晩京女の白い肌にも溺れこんだ。宴会も上げ代も業者持ちだからこたえられない。そうこうして散々遊んだ五月十五日、船で伏見から大阪へ向かった。またもや大阪の業者たちが手ぐすね引いて待ち構えていて、接待攻勢を繰り広げた。業者達は、文左衛門の好物は酒と女と芝居だと見抜いていて、卒なく接待を続けた。遊び過ぎて体調を崩してしまったが、六月七日には京へ戻った。京の灯りを見ると元気を快復し、また七日間遊んだ。最終日の六月十三日、京の畳商人大紋屋へ出向いた文左衛門は、名古屋城下を出立してから初めての仕事をした。

  2010.03.26

• 

  江戸の男色

  　　三代将軍家光の側近に、酒井重澄という男がいた。家光は若かりしころは男色で、特に重澄をたいへん気に入っていた。この重澄が、日光社参の随行途中で倒れ、その後病気療養という理由で出仕しなくなってしまった。その頃、重澄の妻妾に合計四人の子供が生まれたので、これを聞いた家光は、「おのれ、この私を差し置いて！」と怒りまくって、傍から見れば滑稽だが、家光は本心から怒っていた。切腹を申しつけようとも思ったが、それはあまりに気の毒だと、勤務怠慢の理由で備後国の福山水野家へお預けになった。

  2010.03.25

• 

  江戸の奥方 ２

  　　パンジー越前国小浜藩の藩士、梅田雲浜の妻信子は、父親の眼鏡に適った雲浜と結婚したものの、夫は無能でまったく経済力のない人だった。二児を儲けて、大津で塾を開いたが、弟子が寄り付かない。その原因は、雲浜がすぐに腹を立てるのが原因だった。京都に出て来ても家計は信子の細腕に頼りきりで、信子は近所のお邸の洗濯、縫い物、子供達の手習いなど、できる事は何でもやった。しかし信子はそんな夫でも、いつか必ず大望を遂げる人だと信じて疑わなかった。雲浜は尊皇攘夷論者で、大勢の仲間を集めて飲んだり食ったりで、挙句の果ては信子に琴を弾けなどと言い出す始末。琴なんかとっくに質屋へ行ってしまっていた。なんとその琴の音がするので、雲浜が覗いてみると、信子が長襦袢姿で琴を弾いているではないか。「ど、ど、どうした？」「お見苦しいところをお目に掛けて申し訳ございませぬ」信子は、着ていた着物と琴を交換して来たのだった。雲浜が妻に済まないと思ったのかどうか定かではないが、己の目的しか見えない男だったようで…。生活はますます窮するようになり、信子は栄養失調と結核に侵されてしまった。そして、息子までが同じ病で隣に臥せっていた。そして信子は、夫に看取られることもなく死んでしまった。死の間際まで夫を信じ、妻としてそれを全うさせることも出来ずに死んでしまうことを悔しく思っていた。それから４年後、雲浜は捕らえられ幽閉されて病死した。信子のこのような母親的生き方は、武士の妻としては普通だったのかもしれないが、現代の我々から見ると、馬鹿馬鹿しい生き方だ。

  2010.03.24

• 

  江戸の奥方

  　　金剛桜江戸の奥方江戸時代の武家屋敷では、表向きも勝手向きも家老や用人が取り仕切っていたので、奥方が内助の功を発揮する機会は少なかった。また、内助の功が外部に知られると、その家の恥になり、奥方自身も慎みがないとされた。家禄が低い家では、上司や同僚との付き合いなど、内助の功は当たり前のことだったので、話題にのぼる事はなかった。その中でも、信じられないほどの内助の功の話しがある。中間頭といえば一応武士である筈なのに、奥方を遊女屋へ売り飛ばしてしまった。ある時その罰が当たって病気になった。すると、売り飛ばされた奥方が手厚く看病し、死に水までとってくれた。また、ある旗本の次男坊は家の女中と良い仲になり、彼女は部屋住みの彼を養っていた。その男も罰当たりな奴で、今度は内藤新宿の飯盛り女（売春婦）と懇ろになり、家へ帰らなくなった。先の彼女は大金を工面して、飯盛り女の足を抜いてやり、自分は身を引いた。これらは下世話な話で、武家の内助の功とはちと異うか…。

  2010.03.23

• 

  江戸の機密費

  　　元禄時代の中ごろから、諸藩の江戸留守居役は連絡を取り合って、組合のようなものを作った。互いに他藩の動きを気にして、腹の探りあいをするよりも、情報を交換し合った方が得策であろうと気が付いたのだった。そうなると人数も増え経費もかさむようになるもので、その経費は留守居役の裁量で賄われていた。会合とはいえ、諸藩の重役達数十名で吉原の遊女や芸者を総揚げしてドンチャン騒ぎなんてこともあった。もちろん、その後幕府の大目付から大目玉を食らうが。名君として名高い米沢藩の上杉鷹山は、江戸藩邸の諸費用を節約するように命じた。留守居役の機密費も大幅に削減するようにとお達しがあったが、遊べなくなっては大変だと、重役達は大反対で、一騒動起こった。薩摩藩では、そうした不行き届きな留守居役たちを罷免しようとしたが、組合員達が庇って、新任の留守居役は組合に入れないと突っ張り、そうなっては情報が入らなくなってしまうので、藩としては不正をしていると判っていても、留任させざるを得なかった。吉原や向島は益々繁盛したものの、ある時幕府から財政緊縮案が出されて、会合が開かれなくなってしまうと、歓楽街はたちまち寂れて店じまいする料亭などが続出した。

  2010.03.22

• 

  左遷された藩主

  　　ベニシデコブシ　暴れん坊将軍でお馴染みの吉宗は、世の立て直しを図って享保の改革に取り組んでいた。１７４１年１１月、吉宗は姫路１５万石の藩主、榊原政岑に隠居を命じた。政岑はその時まだ２９歳だった。どうして２９歳の政岑が隠居を命じられたのか、政岑は藩の財政難を尻目に遊興の毎日を送り、吉原の遊女を身請けするなど、はなはだしい不行跡が原因だった。吉宗としては、そんな政岑の所業を見過ごすことは出来なかった。政岑は、旗本の四男として生まれたが、兄が死んだので家督を継いだ。ところが本家である姫路の榊原家に嫡男が生まれなかったので、政岑が１８歳の時に養子に迎えられたのだった。それまで気ままに遊び暮らしていた政岑は、いきなり大名になり、舞い上がってしまった。養子として初めのうちこそ大人しくしていたが、生来の遊び好きがうずうずし始めると、もう歯止めが利かなくなってしまった。その挙句が、吉宗に睨まれての隠居となってしまったのだった。政岑が隠居してからまだ半月も経たないうち、榊原家は越後高田へ国替えになってしまった。幕府にしてみれば、榊原家は幕府草創期の四天王と呼ばれた家柄であり、本来なら領地召上げにするところを、国替えで済ましたのであった。政岑は罪人のように網代駕籠に乗せられて越後まで護送された。そんな藩主のとばっちりを受けた家臣たちは、姫路から高田までの路銀の捻出にまで苦労し、しかも温暖な姫路から移って来たのは寒冷地、同じ１５万石でも作物の出来は雲泥の差、実質は５万石くらいにしかならなかった。そして家臣らに恨まれた政岑自身、越後の豪雪に耐えられず、その冬が越せずに２９歳の若さであの世逝きになってしまった。

  2010.03.22

• 

  江戸の左遷

  　　イチリンソウ　大名は徳川幕府から言いがかりをつけられると、転封させられるので、つまり左遷させられるので、どの大名も落ち度がないように気を使っていた。それが幕府の大名統制策の一環であった。　その頃遠州（静岡）では、白波五人男のモデルとなった大泥棒が居て、小笠原長恭はそれを取り締まらなかったという理由で、温暖な遠州から北国の棚倉へ転封されてしまった。棚倉はその頃から、懲罰的転封地になった。　１８１７年、井上正甫が棚倉へ追われた。正甫は人妻に手を出して大騒動になったのだった。しかし正甫は、棚倉などへは行かぬと病気を理由にして家督を息子に譲って隠居してしまった。　１８３６年には、松平康爵が棚倉行きを命じられた。康爵は財政難のため、朝鮮と密貿易をしたのがバレて、康爵は転封、その父は蟄居処分になった。　天保の改革の立役者水野忠邦は、備前唐津６万石の藩主だったが、老中に昇進したいがために、出世城といわれた遠州浜松へ転封を願い出て許された。首尾良く老中に出世できたが、天保の改革は失敗して罷免され、息子の忠精は山形の出羽へ転封された。

  2010.03.21

• 

  妙海尼

  今朝の東京はすごかったですね。台風並みの大嵐でしたね。大きくなり過ぎたゴールドクレストの鉢は強風が吹くたびに倒れるのですが、ゼラニウムの鉢まで転がってしまいました。　　カタクリ泉岳寺の義士墓地の側に、妙海尼のお墓がある。いつもお線香の煙が絶えない義士のお墓に目を奪われて、墓参に来た人は気がつかない。尼のお墓は古びて、少し傾いている。一体この尼は何者だったのか。元禄１６年２月４日に切腹した義士達は、直ちに泉岳寺へ埋葬された。妙海尼は泉岳寺の墓地の側で、墓参に訪れた人々に討ち入りの模様を詳しく語って聞かせていた。彼女が詳しく知っていた訳は、義士の一人堀部弥兵衛の娘で、安兵衛の妻だったからだ。しかし、それは彼女自身がそう名乗っていただけで、実は弥兵衛の妻の使用人で、名前はお順といい、当時１６歳だった。彼女は月に二度、泉岳寺に詣でていたが、やがて年老いて足が不自由になると、墓所の近くに庵を結んで、訪れる人々に義士達の物語を聞かせていた。彼女の活動のせいで赤穂浪士は有名になり、それとともに泉岳寺も有名になったので、９３歳で没した折には、義士達の近くに葬られた。

  2010.03.21

• 

  江戸の貧乏人

  　　ハクモクレン江戸時代の価値観は、質素倹約、近隣互いに助け合うのを美徳としていた。金持ちを見ると、裏で何か悪いことでもしてるんじゃないかと思った。昭和には『名もなく　貧しく　美しく』という憧れの言葉があったが、銭儲けというと卑しい根性みたいに感じる。武士は食わねど高楊枝などと、本当は腹ペコなのに今美味しい物を腹一杯食べたかのように楊枝をくわえてふんぞり返って歩く、それが武士の美徳だった。そんな貧乏武士は浪人だけかと思えば、そうではなく、将軍に仕えていた旗本も、大名に仕えていた家来も皆貧乏だった。どうしてそんなことになってしまったのだろう。旗本や御家人は幕府から給料（禄）をもらい、藩士は藩から給料をもらっていた。江戸幕府が成立した時に、諸大名の給料（禄高）が決められた。大名はその収入の中から、藩士の給料を払っていた。その給料は世襲制で、子から孫へ受け継がれていったが、昇給などは一部の例外を除くと全くなかった。大名の給料が上らないのに、部下の給料が上るわけはなく、約２５０年間も変わらなかった。しかし、生活は贅沢になるし、物価はどんどん上るし、武士の生活は苦しくなる一方だった。戦国時代なら、敵の領地を奪って収入を増やせたが、平和な世の中で固定給になってしまい、一見子々孫々まで生活が保障されているかのように思えるが、貧乏も世襲していった。その上大名は、藩士の給料を「借り上げ」と称して支給を減らし始めた。借りとはいえ、返すことなどなかったので、実質的賃金カットと同じことで、それが何度も繰り返されたのだから、たまったもんじゃない。その日暮らしの下級武士や足軽などは暮らしが立たなくなってしまい、松代藩などでは足軽が職場放棄、つまりストライキをした。仕方なく管理職である上級武士が、門番や便所掃除までしなければならなくなった。そんな状況下では、主君に対する忠誠心なんかどうだって良くなってしまい、藩主よりも藩そのものを守るようになって、藩主なんか死んだって、どうせ親類筋から次の藩主が来るだろうし、藩さえ存続していれば給料はたとえ僅かでも保証されると考えていた。現代でも、社長が逮捕されても株式会社が潰れなければ、とりあえず給料は支払われるので、社長なんかどうだって良いと思ってる社員が居るのでは？

  2010.03.20

• 

  江戸の社用族

  　　アネモネ川柳で、「相談に三味線の入る留守居衆」と歌われるほど、諸藩の江戸留守居役は幕府の高官を接待していた。また、吉原の遊郭や向島の料亭などで、留守居役同士が密談などして情報交換に励んでいた。藩の重役である江戸留守居役は、遊郭や料亭の上得意だったので、使う金も半端ではなく、江戸の料理屋、待合、芸者屋の三業が許可されていた三業地は大繁盛だった。現在では所構わず如何わしい店が出来てしまうが、当時はそういう店は決まった土地でしか営業できなかった。参勤交代で大名が国元にいる間、江戸藩邸を取り仕切っていた留守居役は、ただ留守番していただけではなく、幕府の動きをつかむ情報収集や、情報交換も重要な職責で、国の外交官の役目があった。江戸の初期には、諸藩の留守居役たちの会合は、それぞれの藩の持ち回りで藩邸で開いていたが、それは手が掛かるというわけで、遊郭、料亭に席を設けるようになった。そうした待合政治は、現在まで脈々と受け継がれているようだ。

  2010.03.19

• 

  江戸の窓際族　３

  　　ハクモクレン大久保彦左衛門徳川政権の主導権は文官派が握っていて、戦国時代に活躍した武闘派は窓際へ追いやられてしまった。窓際族の旗本の中に、大久保彦左衛門がいた。彦左衛門は16歳で初陣以来、多くの戦場で武功を挙げた。そんな旗本が冷遇され、命がけの戦などしたこともない連中が優遇されるような世の中を、彼らが面白く思う訳がなく、許せないことだった。彦左衛門は、そんな胸中をぶちまけるかのように、三河物語を執筆したのである。彼は自分の息子達に読ませるために書き始めたが、門外不出がいつの間にか、同じように鬱憤が溜まっていた旗本たちに回し読みされるようになり、もてはやされるようになった。彼らは、自分が言いたいことを代弁してくれる彦左衛門の勇気に、惜しみない喝采を送ったのだった。三河物語の冒頭は、「子供、よく聞けよ」から始まり「家康公は我が大久保家をねんごろに遇してくだされた、しかし家光公の時代になって、どんな咎があったのか知らぬが、大久保一族は肩をすぼめて歩いている」と言い、これまで大久保家がいかに徳川家に忠勤を励んだか切々と訴えた。さらに今の世の中で出世する５カ条を、皮肉たっぷりに書いている。１　主君に弓を引き、裏切った者が沢山の給料をもらって、子々孫々まで栄えるのだ。２　卑怯な振る舞いをして、人に笑われる者。３　殿中で上手く立ち回る者。４　そろばん勘定が上手く、計算が得意な者。５　何処の馬の骨か判らぬ者。　これは本田正信への当てこすりだった。　次に立身出世が出来ない者5か条を書いている。１　謀反の気持ちなど一切なく、忠義一途な者。２　武功を挙げた者。３　おべっかを使えぬ不調法者。４　そろばん勘定が出来ぬ年寄り。５　代々譜代だった者。　これは痛烈な反語であり、不器用な生き方しかできない彦左衛門の自嘲が込められていた。

  2010.03.18

• 

  江戸の出世話

  　　クリスマスローズ江戸時代になってからは、戦国時代の秀吉のように痛快な出世をするのは難しかった。お侍さん達は、徳川政権の枠組みの中にがっちりと組み入れられ、官僚世界という小さな池の中で泳ぐ鯉のようになっていた。そんな中、ものすごく出世した男が二人居た。一人は５２０石の小姓から、１５万石の大名になり、将軍の側近にまでのし上がった柳沢吉保である。もう一人の出世頭は、猿楽師の弟子から徳川家宣に召しだされ、５万石の大名となり、家宣、家綱の二代に渡って将軍の側近として政治に携わった間部詮房である。しかし二人とも、将軍が死んだとたんに落ち目になり、職を失った上、柳沢は奈良の郡山、間部は新潟の村上へ飛ばされた。

  2010.03.17

• 

  江戸のガードマン

  　　花桃お城勤めのお侍さんが出勤(登城)するのは、だいたい午前10時ころだった。現在は閣僚が三人も議会に遅刻するが、江戸時代にも遅刻する人が居た。福島の守山藩では、遅刻した不心得者には罰金を科していた。さらに無断欠勤などしたら、罰金ぐらいでは済まず、江戸城などではクビになった。そのかわり皆勤賞ものならご褒美がもらえて、守山藩では病気の場合の欠勤は１００日まで許されて、皆勤賞扱いになった。他にも服務規程があって、殿中での口論禁止、談合して悪事を企むこと禁止、無用の私語禁止、上司の命令に背くこと禁止、殿中で落書きすること禁止など、現在とあまり変わらない。しかしこれに違反しただけで死罪になることもあった。江戸城勤務は、現在の霞ヶ関官庁勤めと同じだから、国許のお城に勤めていた人々は、地方公務員というわけか。御本丸御番(ガードマン)という役職に就いていた文左衛門というお侍さんは、１ヶ月に一度だけの勤務という楽なお仕事だった。その代わりお勤めの日は宿直で、自宅から弁当が届けられた。勤務は４人１組なので、部下の皆に弁当を振舞っていた。大きな重箱にご馳走を詰め込んで届けてもらい、酒を飲みながらそれを食べていた。勤務中に酒を飲んだら、現在なら大変だ。当時も「勤務中に酒や菓子など持ち込むべからず」というお達しがあって、見つかったら処罰された。しかし、戦国時代ではあるまいし、お城の警備などは形だけであり、寝ていても差し支えないようなお仕事だから、見張っている者も居なかったらしい。

  2010.03.16

• 

  江戸のリストラ

  　　ミツマタ世襲制の武士には、就職試験も定年もなかった。親の役職や給料をそのまま引き継ぎ、よほどの落ち度がない限りは、一生が保証されていた。４０歳か５０歳になると、息子に家督を譲り、隠居生活に入った。家督を引き継いだ息子は、財政などを扱う部署以外は、大体が城の警備や雑用係で、仕事は楽なものだった。尾張藩のある武士は、御畳奉行という役職にあったが、奉行とはいえ、仕事は城の畳替えを管理するだけだった。江戸城にお勤めしていた旗本は、１日勤めると１日お休みで、現代のサラリーマンのように、毎日あくせく働く必要はなかった。戦国時代は戦に勝つために、兵力である武士をどんどん雇い入れたが、平和な江戸時代になると、兵力など要らなくなってしまった。だからといって先祖代々勤めていた家臣を、簡単にリストラする訳にもいかず、武士の数に比べて、仕事が少なかった訳で、お勤めも１日おきになった。　一方、家督を継いだ新人家臣は、上司や先輩と上手く付き合わなければならなかった。城中では食事が支給される訳ではないので、それぞれ弁当を持参していたが、新人は汁番、弁当番などといって、先輩諸氏の弁当を整えなければならなかった。夜勤の場合は、酒まで差し入れなければならず、面倒なので仕出屋に頼んだりしたが、それは出費がかさむし、貧乏武士にとっては悩みの種だった。そうした先輩武士の中には、軍隊の古参兵みたいなのも居て、ろくに仕事もなく暇を持て余しているので、新人いじめをして楽しんでいた。新人が弁当をケチったりすると、満座の中で土下座をさせられた新人もいた。新人いじめは、書類を隠してしまったり、伝達事項をわざと伝えなかったり、幼稚なやりかたで足を引っ張った。頭にきた新人武士が、江戸城内で刃傷沙汰を起こしたこともあった。

  2010.03.15

• 

  江戸の大店

  　　家康によって着々と開拓された巨大都市江戸は、江戸前の海で獲れた魚介類と、周辺の農家で生産している僅かな野菜を除いて、他の多くの物資は諸国からの輸入に頼っていた。次第に周辺農家の生産力は高まったが、初期は米その他の穀物、醤油などの調味料、衣類や綿など日用品の全てが不足状態だった。それ以前の政治経済の中心地であった京、大坂で稼いでいた上方商人は、江戸の町が整備され、船で物資を搬入できるようになると、それまでの実績を活かして活躍した。時代劇などで、「伊勢屋（あるいは近江屋・越後屋）、お主も、悪よのう」などと、悪侍と一緒に高笑いしていた連中は、家康の招致で、江戸の将来性に目を付けた上方商人、特に伊勢商人、近江商人たちで、日本橋に巨大な店をオープンした大店の旦那衆である。その中には、三越の前身、三井越後屋、呉服の白木屋などがあり、現在でも海苔の山本山、化粧品の柳屋などが老舗として残っている。

  2010.03.13

• 

  江戸の奇人　２

  　　ギョリュウバイ会津藩の鶴ヶ城で家老を勤めていた堀主水は、退職後一族郎党三百人を引連れて城を後にした。門を出ると間もなく、三百人の人々を横に並ばせ、なんと城に向かって鉄砲の一斉射撃を浴びせたのであった。「お別れの祝砲だ！」と言って、美しい城郭を万感の思いを込めて見上げた。主水が先年指揮して修復した天守閣であった。しかし急がなければと、城下の川を渡り、橋を焼き払い、山伝いに逃げ延びた。主水は、山中を逃げながら、「こんなことをしたくはなかった！」と何度も言った。主君の加藤兵部明成に対して、どうにも我慢がならなかったのだった。先君と比べてあまりにも暗愚な主君、金銀財宝の全てを一分金に換えてしまった主君、そのため蔭で「加藤一分殿」とあだ名されている主君、領民への課税を厳しくし、多くの恨みを買っている主君、何度諫言しても分かってくれない主君、ああもう嫌じゃ、我慢がならない。明成と主水の対立は限界へ達していて、とうとう家老職を首にされてしまった。江戸に居て、それを知った明成は激怒し、「おのれ、主水め、会津４０万石にかけても探し出し、八つ裂きにしてくれようぞ！」主水は鎌倉へ逃れて、駆け込み寺の東慶寺へ妻子を預け、弟二人と共に高野山に隠れた。明成は四方八方へ探索の手を広げ、高野山に匿われていることが判ると、明成は兄弟の引渡しを申し入れた。しかし断られたので、今度は幕府へ談じ込んで、高野山へ圧力を掛けようとした。主水たちは高野山に迷惑が掛かるのを怖れて、密かに江戸へ潜入し、明成弾劾七か条を幕府大目付へ提出した。大目付は、その訴状をどう扱って良いやら迷っていた。すると今度は明成が、主水引渡しを要求してきた。その騒ぎは、将軍家光の耳にまで達し、「いかなる理由があっても、家臣が主君を訴えるとは僭越至極、言語道断」と、家光は直ちに主水兄弟を会津へ引き渡すように命じた。逃亡生活二年、主水は極刑、弟たちは切腹、東慶寺にいた妻子まで殺されてしまった。無念！しかし家光は、『会津４０万石にかけて』と言った明成の言葉尻を捉え、「４０万石は、そんなに軽いのか？」と怒って、所領返上に追い込んだ。幕府にとっては、豊臣の武将であった会津藩を潰す絶好の口実になったのだった。明成は４０万石を返還し、出家を願い出た。草葉の陰で主水達はさぞ胸の透く思いであったろう。明成の息子明友は、石見国吉永に一万石で就職が決まり、ようやく加藤家の命脈が保たれた。

  2010.03.12

• 

  江戸の奇人　１

  　　ハクモクレン身分制度があった江戸時代の武士が、一度退職すると次の職を見つけるのは至難の業だった。それにもかかわらず、無断退職してしまった人がいた。京都の淀藩の家臣、坂和田喜六という人で、彼は茶道、歌道の道に通じ、その上武勇にも優れていたので、主君の永井尚政からも信頼されていた。ある時、将軍家光が、「どの藩にも文武に秀でた家臣が、一人や二人は居るであろうが、その中でも一人だけ選ぶとなると、誰を挙げる？」と言った。「それは永井家の家臣、坂和田喜六でありましょう」家光は永井尚政を招き、「そちの家臣で、坂和田喜六と申す者は、文武両道に秀でた英才と聞いた、目を掛けてやれよ」というお言葉を与えたので、永井尚政は大喜びで坂和田喜六を呼び、上様の御意を伝え、「そちのお陰で大いに面目を施し、光栄に浴した」と満面の笑顔。喜六は、「このような未熟者に、勿体無いお言葉、お褒めをいただいで有り難き所存にございます」と言って、感涙にむせんだ。翌日のこと、喜六は家族も家財もそのままで、ふっと居なくなってしまった。永井をはじめ家中は、訳が分からずただ唖然とするばかりだった。

  2010.03.11

• 

  江戸の社宅

  　　鬼平の社宅現在、東京にある武家屋敷跡は公園などになっている場合が多いが、地方の城下町にはそのまま残されている一画があり、そうした風景を見ると心が癒される。江戸は、狭い土地に日本中から大名達が一族郎党、全ての眷属を引き連れて集まって来たので、幕府は大名や旗本にその身分や家柄に応じた家屋敷を与えることにした。それが拝領屋敷であり、借金の担保や又貸しなどできなかった。現在の社宅も、身分に応じて場所や建物が高級になるらしいが、拝領屋敷もそうだった。ＴＶドラマでお馴染みの火付け盗賊改め鬼平こと、長谷川平蔵は、本所の大邸宅に住んでいた。平蔵が生まれた長谷川家は、四百石の中級旗本で、築地港町に拝領屋敷を持っていた。平蔵の父親も平蔵という名で、この平蔵が屋敷替えで本所へ移った。普通の四百石の中級旗本より、３倍ぐらい大きな屋敷だったので、きっと才覚があったものと思われる。町奉行と異って奉行所のない火盗改めは、取調べを自宅で行わなければならなかった。棟は異なるものの、放火殺人犯や強盗が出入りするのだから、家族は恐ろしくて気が安まらなかったことと思う。与力や同心も、邸宅内に寝泊りする場合もあり、幕府からの給料だけでは、そうした人々を養えるわけもなかった。そんなわけで、火盗改めは普通は２年ぐらいで交替していたが、平蔵だけは８年も勤めた。

  2010.03.10

• 

  天下祭り

  　　江戸三大祭りの一つ、日枝神社の山王祭は、隔年６月１５日前後の４日間行われる。神田明神の祭りが庶民的なのに対し、山王祭は格式高く、由緒ある行事が行われる。山王祭と神田祭は、数多い祭りの中でも天下祭りと称される大祭礼である。しかしこれは規模が大きく、賑わい振りが比類ないものだからばかりではなく、江戸っ子が楽しみに待ち焦がれていた祭りを、将軍様が『俺にも見せろやい』と言ったので、城内へ入るようになり、将軍に見せるための祭りであり、天下人がご覧になる祭りという意味で、天下祭りと称されようになった。現在の祭りの多くは山車やお神輿などの趣向が凝らされているが、当時は奴凧などで、毎年同じ趣向で飽きもせず、それがかえって安心感と懐かしさとを感じさせていたという。山王祭の日枝神社は、元は近江の日吉神社の祭礼で、比叡に鎮座ましますことに発し、日枝神社の称号が起こった。山王とは山神、山祗（やまつみ）という意味で、山を支配する神様で、比叡山延暦寺の鎮守であった。明治になって、それまで仲良く助け合っていた神様と仏様が、無知な田舎者によって神仏分離が強制されてしまった。山王祭りのはじめに出てくる山車は“さるとり”といって、猿と鶏であるが、家康は鶏を先にした。猿（豊臣秀吉のあだ名）を最初にすることは、家康には許せなかった。秀吉（幼名日吉丸）は、尾張中村の貧農の出身というのは嘘で、近江比叡の日吉神社の神官の隠し子だったらしい。猿の山車は南伝馬町、鶏は大伝馬町の山車である。江戸で始まったのは１６０３年からで、日吉神社の琵琶湖渡御を模して、江戸城の竜の口から、神輿を船に乗せていたが、１６１５年からは半蔵門から入るようになった。山王祭と神田明神祭礼が隔年に行われるようになったのは、１６８１年からで、山王は、子寅辰午申戌年の６月１０日と１５日が本祭り、その翌年は陰祭りとされた。本祭りの日は、日枝神社→国立劇場（元山王）→皇居坂下門→東京駅丸の内側→京橋→銀座→新橋→日枝神社と巡幸する。神田祭は、大手門前の大手橋で奉幣を受け、さらに将門公の首塚へ行き、将門公の胴を祀る神田神社の神輿と、首塚が二年に一度出会うということになる。江戸時代、祭礼の費用は、町火消しが商家の有力者から集めていたが、気前良く出しておかないと、火事になっても火消しが来てくれなかった。旦那衆にとっては、祭りは金が掛かる災難だったのかもしれない。

  2010.03.09

• 

  江戸の賄賂

  　　べにふで（梅）　地獄の沙汰も金次第という風潮になったのは、元禄時代に商業主義が武士の世界をも支配するようになり、賄賂取りの名人柳沢吉保の頃らしい。　柳沢吉保は、五代将軍綱吉のお側用人として諸大名の人事を一手に握っていたので、その権勢は並ぶ者もいなかった。　六義園のような素晴らしい庭園だって作れる筈。　大名といえば、幕府という親会社の傘下にある子会社の社長のようなものなので、社長としてのステータスを得るためには、親会社の経営陣に加わりたい、幕閣入りが無理でも、より良い立場に置かれたいと思うのが当然で、長崎奉行などに就任できれば、任期二年の間には一財産築けよう、つまり多大な賄賂が手に入ったのである。　大名や旗本は、競って柳沢吉保へ付け届け、賄賂を持参した。　ある大名の使者が柳沢邸を訪れると、今夜は江戸城の宿直で留守だと言われた。直ちに結構な食事を調えて、今夜のお夜食にと届けた。　贅沢三昧の吉保ではあったが、宿直の夜食が届けられたのは初めてだったので、さすがに喜んだ。　翌日吉保は、登城してきたその大名に、「昨晩は、たいへんなお心遣いをいただいて、かたじけない」と、親しく声を掛けた。　それを伝え聞いた大名達は、吉保が宿直の時を調べて、我も我もと夜食を届けるようになった。　世間でもその噂が広まって、吉保はその頃少将の身分だったので、あだ名を夜食の少将とした。　どれも贅を尽くした夜食ではあったが、そんなに食べられるものじゃなし、吉保としてはありがた迷惑になってしまった。　それを知ったある大名は、「お好きなものを召し上がってください」と言って、小判を届けた。小判ならいくら有っても困らない。　すると大名達はそれを聞いて、『なんだ、その方が手間が掛からなくて良いや』と、今度は誰も彼もが小判を届けるようになった。　柳沢邸では、贈答品が山となっていたので、門番を置いて断るようになった。しかし、勝手に進物を受け取る家来が居て、その者は追放になった。　家来としては、『おこぼれぐらい受け取っても、良いじゃん』と思ったことだろう。

  2010.03.08

• 

  家康の遺言 ２

  　　水仙家康の遺言２自分が神になると遺言した家康は、その１５日後、７５歳の波瀾に満ちた生涯を終えた。家康は、古来から朝廷の神儀を務めていた吉田神社の梵舜から、唯一神道を学んでいた。唯一神道は、神道の家元を自認する存在で、家康は神道伝授という博士号に相当するものを受けるところまで学んでいた。しかし、それを受ける事はなぜか拒否した。家康は１６１６年に、天海から山王一実神道という比叡山天台宗の守護神・日吉大社の神道を伝授され、天台血脈伝授という仏教の博士号の伝授もあった。このように宗教の研究を極めた末、自分を神にするという壮大な構想を持ったのであった。遺言通り、遺骸を久能山に祀ろうとしたところ、天海と崇伝が家康の神号を権現にするか、明神にするかで激しく対立した。天海は天台宗を代表する僧であり、比叡山の守護神日吉大社の山王一実神道、権現で祀るべきと主張した。山王一実神道は、神も仏も同一であるという考え方で、権現は仏が仮の姿で現れたという意味である。しかし生前の家康の口から、直接権現という神号は聞いたことがないと、崇伝は最も一般的な明神を用いるべきと主張した。崇伝と、跡継ぎの秀忠は天海の主張に疑いを持ち、秀忠は天海に、「どうして明神がだめで、権現が良いのか」と説明を求めた。天海は一言、「明神がなぜ悪いか、豊国大明神を見れば判る」と言った。それを聞いた幕府首脳陣の脳裏には、１年前の豊臣氏の滅亡と、秀吉を明神として祀った豊国廟の破壊の有様がまざまざと甦った。そして一周忌には、久能山から棺が運び出され、日光に改葬された。

  2010.03.07

• 

  家康の遺言１

  　　緋梅家康の遺言１１６１６年正月２１日、７５歳の家康は突然腹痛を患い、その４ヵ月後には息を引き取ってしまった。病名は現代なら、恐らく胃癌ではないかと考えられる。４月の２日に、家康は死を悟って遺言をした。「私の命が終わったなら、遺骸は久能山に納め、葬礼は増上寺に申し付け、位牌は三河の大樹寺に立て、一周忌が過ぎたら日光に堂を建て勧請しなさい。私は死後、関東八州の鎮守になるであろう」普通の遺言は、跡目相続のこととか、財産分与のこととか、家訓であるとかなのに、この遺言は奇妙であった。日光には家康を神として祀った東照宮があるが、何故日光なのか、不思議だ。家康自身が望んで、日光に神として祀られたが、家康は何故、自分が神になることを望んだのであろう。元々日本は、天照大神を先祖に持つ天皇家中心の国だった。しかし家康は、徳川幕府を中心とした武家政権を目指し、都を朝廷のある京から、江戸へ移したのもそのためだった。さらに、天皇と公家を政治から分離させ、学芸に専念させるように、天皇や公家は、なよなよとした女に育てさせることに決めた。こうして天皇家対策が終了すると、次は権威への対抗であった。天皇の権威に匹敵する王権を、徳川家も身に着ける必要があった。そこで家康は神道を深く研究し、自ら神になって子孫が神の末裔となるようにしたかったのである。東照大権現という家康の神号は、東の天照大神の意味である。天照大神を祀る伊勢神宮が、二十年ごとに式年遷宮を行うのに対抗して、日光東照宮も二十年目に大改築を行った。天皇家の守護神である三輪山の神を移した日吉神社や、宇宙の中心である天帝へもこだわりがあり、さらに三種の神器まで取り入れた。つづく

  2010.03.07

• 

  江戸の恋

  　　沈丁花主君に結婚を命じられたため、長く情を交わしていた身分の低い女に暇を出さなければならなくなったお侍さん。彼は、紀州藩家老三浦家に仕えていた石橋何某といった。身分の低い女の名前は垂花（すいか）といい、契りを結んでから７年経っていたが、彼女は一度として石橋を裏切ったことなどなかった。石橋の婚約が決まってからは、毎晩別れを惜しんで愛し合った。もう会えないかもしれないと思うと、過ぎ去った日々がいとおしく、夢のように感じられた。別れの日が近づくと、悲しみに堪えきれず涙ながらに愛し合い、人生の儚さをしみじみと語り合い、お互いに一生涯忘れまいと誓い合った。その頃は、主君から命じられれば、好きな女が居ても拒むことなどできなかった。もしも背いたりすれば、上司や親族にまで塁が及ぶ。となれば、諦めるしかない。あるいは逃げるか、心中するか。石橋はその時３０歳だったが、純情であった。いずれにしろ、昔は身分違いの恋は悲劇でしかなかった。

  2010.03.04

• 

  江戸の火事

  　　火事と喧嘩は江戸の華などと言われているが、最大の火事、明暦の大火（振袖火事）ほどではなかったが、1682年12月28日にも大火事があった。本郷あたりから出火した火の手は物凄く、下谷、浅草、神田、日本橋、深川まで焼き尽くした。その折、松尾芭蕉が隅田川沿いを逃げ惑ったという記録が残っている。本郷追分で八百屋を営んでいた太郎兵衛の家も全焼し、一家は大円寺に非難した。一人娘のお七は16歳で、八百屋お七と呼ばれる飛び切りの器量良しだった。大円寺には、お七と同い年の左兵衛という学僧がいた。美男美女の二人が出会って、お互いに恋焦がれる仲になった。夜な夜な忍び会っては熱い肌を寄せ合っていたが、やがて家の新築が完成し、別れる日がきた。住まいは近くても、同じ寺に居た時とは違い、お互いに会えない辛さに悶々としていた。お七の幼馴染みで吉三郎という男は、お七に恋をしていたが、左兵衛に横取りされて口惜しくてならなかった。恋文を届けてやると嘘をついてお七に近づき、届けるどころか、左兵衛は心変わりしたと嘘を重ねた。どうしても左兵衛に会いたいというお七に、「会いたければ、また火事が起きるのを待てば良かろう」と、悪魔のように囁いた。お七は男恋しさに理性を失っていたので、自分の家に火をつけてしまった。幸いにも小火で済んだが、いつの時代も放火は大罪である。伝馬町の牢に繋がれ、裁判の結果、火炙りの刑が言い渡された。お七は江戸市中を引き回され、鈴が森（大森海岸近く）で柱に括り付けられ、萱の束が燃える焦熱地獄の中で昇天した。この話は江戸っ子たちの同情と関心を集め、井原西鶴などが小説や芝居にして脚色され、父親の名前さえ諸説ある。西鶴は大阪の人で、かわら版の記事を参孝にして書いたので、寺の名前やその他間違いだらけだったらしい。また、お七はちょっと頭が弱かったという説もある。

  2010.03.01

• 

  江戸の不倫

  　　お殿様が家臣の夫人と通じることを、不倫とは言わなかったが、現代から見れば不倫に違いなかろう。お殿様に限らず、下々にも不倫は多かったらしく、１００件以上の不義密通事件を記録した本もあるという。諸事に華やかだった元禄時代は、あちらにもこちらにも、許されざる恋の花が咲き乱れていたものと思われる。それらを面白可笑しい芝居に仕立てたのが近松門左衛門で、「堀川波鼓」「大経師昔暦」など不倫ものが大当たりした。堀川波鼓のモデルは、因幡国鳥取藩士大蔵彦八郎の妻お種で、彼女は夫が江戸詰めで不在の折、寂しくて深酒を重ねていた。その内、藩のお抱え鼓師であった宮井伝右衛門と深い仲になってしまった。１年後、戻ってきた夫はそれを知り、江戸のお勤めで苦労していた自分を、何故思いやってはくれなかったのかと、情けなく辛かった。江戸詰めは気楽な家業のように思われるが、大蔵彦八郎の場合は御膳料理人であったため、一日も気を抜ける時はなく、望郷の念に駆られ、妻を恋しく思っていた。なのに、やっと辛いお勤めを果たして帰ってきたら、この有様だ。お種と宮井伝右衛門の不倫の噂は、藩内はもちろん城下町の隅々まで広がっていた。彦八郎は恥ずかしいやら情けないやら、無念で胸が潰れそうだった。「おのれ、不義者！」と、一刀の元に妻を斬り捨ててしまった。当時の鳥取藩では、不義密通の掟は厳しく、不倫した妻を夫が成敗しなければ、家名剥奪、あるいは追放されてしまった。妻を成敗した後、直ちに藩にお暇をいただいて、養子の分七と自分の妹と妻の妹を連れて女敵討ちに出た。彦八郎一家は、京都の宮井の屋敷を襲い、仇討ちは見事に成就した。話は違うが、新興都市江戸は、地方から単身赴任して来る男、職を求めて上京して来る男、男、男ばかりが集まる町だった。そこで、一般の婦女子が性の捌け口の犠牲にならないように、遊郭というものが出来た。だから、売春禁止法などは禁酒法と同じ悪法で、酒にしろ売春にしろ法律で禁止すれば無くなると思ったら大間違いで、そのために闇の世界の資金源になり、一般の女性や子供が犠牲になり、性病が蔓延し、助平な男どもが遥々外国まで出掛けて行って、日本人の恥を曝してくるようになった。

  2010.02.28

• 

  田沼意次

  　　ロウバイ　田沼意次徳川九代将軍家重と、十代将軍家治の御側用人・老中であった田沼意次は、幕府経済は従来の農本主義では成り立たないと思い、経済を抜本的に改革し、重商主義政策を断行した。すると甘い汁が吸えると、蜜に群がるように御用商人たちが寄り集まってきて、幕府の要人と商人はたちまち癒着し、賄賂贈答が始まった。田村は幕府の人事権も持っていたので、諸大名や旗本までが進物を携えて、田中邸、いや田村邸詣でをするようになった。賄賂を貰うのが当然のようになり、もはや悪事を犯しているという意識などまるで無くなってしまい、「金は命より大事なものだ、その金をくれてまでご奉公がしたいと望むのは忠誠心の表れである、金高はそのまま忠誠心の多少を表している」などと言って憚らなくなった。田村邸は贈答品の山で、足の踏み場もないほどの有様だった。ある朝、田村は庭の池を眺めながら、「この池に、鯉がいれば良いのになあ…」と呟いたという。その日のお勤めを終えて帰宅すると、池には立派な鯉が無数に泳ぎまわっていた。また、大きな京人形が届けられたので、開けてみると、なんと生きた京美人が出て来たとか。そんな風潮に反発する者が居ないわけはなく、清廉な大名の松平定信は、田村を失墜させようと、世直しに乗り出すことにした。先ずは定信自身が幕閣入りしなければならないが、人事権は田村が握っている。定信は、田村邸に贈答品を持って幕閣入りを願い出た。それは信条に反することではあったが、そういう仕組みが出来上がっている以上は、そうしなければ幕閣入りは出来なかった。やがて老中となった定信は、寛政の改革に手をつけた。ところが緊縮財政策は行き詰まってしまった。田村時代華やかなバブルに踊っていた庶民は、あの時代を懐かしみ、「白河の水の清きに堪えかねて　もとの田沼の濁り恋しき」などといった狂歌まで歌われた。国会議員や官僚が贈収賄していようが何をしていようが、「ふるさとそうせい」などと言って、各市町村に１億円ずつばら撒いてしまう御馬鹿な将軍様が居ても、その１億円でドでかいオブジェをオッ建ててしまうお馬鹿なお代官様が居ても、庶民にとっては景気が良いのが何よりよろしいようで。まことに昔も今も、庶民というものは改悪に踊らされ、改正に不平を漏らすもののようでございますねえ。

  2010.02.28

• 

  勝海舟　５

  　　アマリリス５　晩年の勝海舟事実上の最後の幕臣として、江戸城の無血開城を実現させた勝海舟は、維新後も明治政府の要職を歴任し、晩年は赤坂の氷川屋敷で、「氷川清話」「氷川の音ずれ」などの著作に励んだ。安房（海舟）が赤坂の氷川屋敷に移って来たのは、明治５年、５０歳の時だった。新政府からのオファーが度重なり、仕方なく応じることにして、静岡の徳川慶喜邸から戻ってきたのだった。維新直後の赤坂は多くの武家屋敷が空き家になり、寂れた状態になっていたが、やがて新政府の高官や、天皇とともに新都へやってきた公家などが住むようになっていた。安房が戻ったのもその頃だった。安房は小柄ではあったが、眼光鋭く引き締まった顎と精悍な感じの男だった。自由闊達で、言い難いこともハッキリ言い、殺生嫌いで草木を愛していた。困っている人を見れば知らん顔などできない人柄で、少年時代のあだ名は牛若丸だった。氷川屋敷は、元大旗本柴田七九郎から買い受けたもので、敷地面積２５００坪、建物は古かったが部屋数は多く、黒門に見越しの松がたなびいていて、敷石を辿れば左右に高張り提灯を掲げた玄関があった。裏庭に茶畑があり、新緑の時期には一家総出で茶摘をしていた。小さな製茶場もあって、芳しい香りが漂ってきたという。欧米人の友人が多かったので、洋食を好み、特にコーヒーやケーキ、アンパンもお気に入りだった。『氷川屋敷へ行けば、コーヒーが飲めるぞ』と評判になり、お客が絶えなかったとか。やがて氷川屋敷の広い庭に、６人の青い目をした安房の孫達が走り回るようになった。安房の三男の梶梅太郎が、アメリカ人のクララと結婚し、一男五女を儲けたからだった。クララの父、ウィリアム・ホイットニーは、アメリカの商業学校を東京に開設するため日本に招かれたが、家族で来日したものの、予定されていた商業学校の開設が流れてしまい、ホイットニー一家は異国で路頭に迷うことになってしまった。困っている人を見過ごせない安房は、物心両面にわたって救いの手を差し伸べた。氷川屋敷の一角にホイットニー一家のための家を新築し、タミ夫人とともになにくれとなく面倒をみていた。やがて長女のクララ・ホイットニーと、安房の三男が恋仲になり、結婚したのだった。その後氷川屋敷は、港区立氷川小学校になったが、平成５年に廃校となった。勝海舟は本所の生まれだったが、赤坂とは縁が深く、新婚時代も赤坂で暮らし、その後赤坂６丁目にも住み、氷川屋敷には５０歳から、７７歳で没するまで住んでいた。

  2010.02.27

• 

  勝海舟　４

  　　　４　勝と龍馬　１８６２年８月、一人の青年が勝を訪ねてきた。坂本龍馬である。龍馬は、勝が暴論を吐いていると聞き、場合によっては殺してしまうつもりだった。しかし、海軍を興起させざるをえないゆえんを教えられ、驚いて信服してしまい、その後は勝の片腕となって働くこととなった。翌年、将軍家茂に接近し、幕府、朝廷、そして長州に認知された日本国の海軍を作る構想を実現させようとした。ところが、西南雄藩の子弟にまで門戸を開いたため、幕府からの嫌疑を招いてしまい、わずか半年で、神戸海軍操練所は閉鎖された。このため逆に、龍馬の海援隊や薩摩の海軍が強力になり、討幕に拍車が掛かる事になった。　勝海舟は明治２年（１８６９年）、安芳（あわ）と改名し、外務大丈、兵部大丈に任じられ、三年後には海軍大雄になった。明治３２年１月１５日、脳出血で倒れ、「これでおしまい」と言って、ブランデーで死水をとらせた。徳川幕府を倒して、新しい政権を樹立させたものの、鹿鳴館などに代表される田舎者の成金趣味的な愚劣な近代化の方法と、意味の分からない日清戦争など、勝海舟の目にはひたすら馬鹿げたことに映っていたようで、亡くなるまで新政府を批判していた。

  2010.02.26

• 

  勝海舟　３

  　　フクジュソウ３　公人海舟１８５３年、ペリー提督の艦隊が浦和に現れた。勝海舟は松平美作守に対し、下意上達、人材登用の道を開くことと、海防整備、旗本の窮乏生活救済、兵制改革、そして貿易の利益を海防に充てることなどを上申した。これに目を留めた大久保忠寛が、海舟を異国応接掛かりの手附蘭書翻訳御用として推挙した。つまり外務省の翻訳担当者になったのである。海舟３３歳の公的デビューであった。その後、長崎海軍学校の監督に任ぜられ、オランダ海軍のカッテンディーケのもと、生徒とともに航海、造船、算術、砲術、船具、蒸気機関などを学んだ。そのころ安政の大獄が起こり、海舟の理解者であった大久保忠寛が失脚したが、海舟はその渦中に巻き込まれずに済んだ。この時期の最大の収穫は、海舟が薩摩の島津斉彬を訪ね、知遇を得たことだった。斉彬によって開明的考え方を教えられ、多大な影響を受けた。斉彬の好意によって、薩摩藩の海岸防備システムを見学し、これによって海舟の名は薩摩藩士に知られることとなり、後に西郷隆盛との関係の下地が整えられた。江戸に戻った海舟は、軍艦操練所の教授となった。咸臨丸で初の太平洋横断を行うこととなったある日、「ちょっと品川へ行って来る」と妻に言い残し、そのまま１月の１３日に品川港を出航した。２月２５日にサンフランシスコに到着し、２ヶ月ほど滞在した。福沢諭吉も参加したこの航海で、海舟がアメリカ社会と接触したことは、その後の政治的活動に大きな影響を与えた。つづく

  2010.02.25

• 

  勝海舟　２

  　　２　青年海舟威臨丸は、日本で最初に太平洋を横断したことで有名である。１８６０年遣米使節団に随行し、品川港を出航したのは1月13日のことだった。軍艦奉行は木村喜毅、船長は勝海舟、乗組員はジョン万次郎他69名、木村の従者として福沢諭吉も乗船していた。威臨丸の航海は、幕府海軍の航海術実地訓練も兼ねていた。しかしカリフォルニアまでの３７日間、海は荒れ続けていたので、実際に船を操っていたのは、帰国するために乗り込んでいたアメリカ人の船員11名と、操船の経験がある日本人数名だった。勝海舟は１８２３年江戸で生まれ、通称麟太郎といった。曽祖父は越後の農民で、生まれながらの盲目だったため、江戸へ出て検校になり、名を米山と名乗った。米山は金貸しなどで三万両を蓄え、旗本の婿養子となった。麟太郎の父小吉は、内職に古道具屋を経営し、ヤクザ者との交流もあった。剣の腕はかなりの使い手だったと伝えられている。小吉は子煩悩で、麟太郎が９歳の時、野良犬に睾丸を噛まれ重体におちいった時、夜も昼も抱いて寝て看病に明け暮れた。麟太郎は１６歳で家督を継ぎ、剣の他に禅も学んで、２１歳で免許皆伝を授けられた。１８４４年、海舟は佐久間象山を訪ね教えを乞い、その二年後、象山は海舟の妹と結婚した。海舟自身は、幕臣岡野孫一郎の養女タミと結婚した。また海舟は、蘭学者永井青崖から蘭学も学んでいた。しかし若き海舟は貧しく、祖母は病床にあり、妹達はまだ幼く、生活に窮して縁側の板や柱まで割って炊事をしていた。辞書が欲しくても買うことなど出来ず、蘭医が持っていたオランダ語辞典を借りて、それを筆写して売り、借り賃を払った。そんな困難ここにいたる状態の中で、１８５０年には、蘭学塾を開くまでに力をつけていた。つづく

  2010.02.24

• 

  勝海舟　１

  　　１　江戸の恩人鳥羽伏見の戦いに圧倒的勝利を収めた薩長軍は、その勢いで江戸総攻撃を計画していた。１８６８年３月１３・１４日の両日、勝海舟と西郷隆盛が会談していた。この会談の予備折衝は、山岡鉄舟が済ませていた。勝も西郷も、この会談では刀を抜かない心づもりでいた。　勝は幕府の陸軍総裁から昇格し、オール幕府軍の総指揮者として、全ての実験を持つことになっていた。対する西郷は、東征軍の実質的指揮者、大総監督府参謀であった。勝は西郷に対して、我が国をインドや中国のように、ヨーロッパ列強国の植民地にしてはならないと訴えた。「皇国の首府である江戸を戦火に曝し、一般市民が殺されるような事態はなんとしても招くべきではない」そして将軍徳川慶喜も、物事を私的に考えてはいないので、公平寛大な処置をとっていただきたいと力説した。西郷は、自分の一存では決められないので、総督府の意向を測るが、ついては総攻撃だけは延期しようと答えた。幕府を支援していたフランス公使と、薩長を支持していたイギリス公使は対立していたが、イギリス側は、江戸が戦場になれば、横浜港の貿易に支障が出ることを危惧していた。西郷はイギリス側が、江戸総攻撃に反対していることも考慮し、勝との会談に臨んでいた。勝は、西郷より先にイギリス側の考えを察知していたので、それを逆手に取った。イギリスの薩長に対する発言権の大きさを利用して、江戸総攻撃を止めさせようとしていた。幕府海軍を掌握していた勝は、将軍慶喜の命と、家臣たちを養うための充分な経済力を確保することを主張し、それが叶わぬ場合には、東征軍の後方をたたくと言って、西郷にプレッシャーをかけた。その頃、関東では農民一揆などが頻発していて、もし江戸が戦場になったら、混乱はいっそう激しくなると予想されていたので、勝も西郷もそれを恐れていた。さらに勝は、江戸の博徒たちに、「もし江戸が攻撃された場合には、火を放って焼き尽くせ」と言い含めていた。勝は自ら親分衆を訪ね、「きさまら、金の力やお上の威光で働くような奴等じゃねえから、この俺が直々来てやったんだ」と言って彼らを恐縮させ、協力を取り付けていた。勝の江戸防備作戦は完璧に整っていたのだった。つづく

  2010.02.23

• 

  番町皿屋敷

  　　ご存知の怪談話は、実は皿を割ったのは奥方で、主人がお菊をあまりにも可愛がっていたので、わざと皿を割って、お菊に罪を着せたのだとか、　別の説では、主人の青山主繕が、自分になびかないお菊を恨んで斬ったのだとか、あるいは、旗本の青山ではなく、大名の青山播磨守だとか、いろんな説がある。こうした怪談話は各地にあり、播州姫路城にも、お菊の井戸というのがあって、同じような因縁話がある。彦根藩のお菊伝説も、足軽の娘お菊が、恋仲になった主君の気持ちを試そうとして、家宝の白磁の皿を割ってしまい、主君は怒って、菊を手打ちにしてしまった。その後、足軽屋敷の井戸から、毛虫がうじゃうじゃと這い出して、井戸の周囲を這い回り、やがてアゲハチョウになって、お屋敷の上に舞い上がったが、何千という蝶々がお菊の形になっていたとか。信濃の殿町にあるお菊大明神は、真田藩の家臣に愛された侍女のお菊が、嫉妬した奥方の陰謀で、お菊が給仕する主人のご飯に針を入れられ、蛇責めにされ悶死してした。そんなことをしたら、「末代まで祟ってやる～」と恨まれても当たり前だ。主人の一族は何代にも渡って災いに見舞われたとか。戯れに恋はすまじ。髪の毛が伸び続けているお菊人形というのもあるが、そういえば、同級生の菊ちゃんは元気かなァ…

  2010.02.23

• 

  江戸の火消し

  　　　　江戸の都市政策にとって、防火対策は重要だった。1657年の明暦の大火の後、大名屋敷の移転、類焼を防ぐための土手や火除明地の設置、隅田川対岸の開発など、防火対策は都市型スケールで行われた。町屋の建築も、土蔵造り、塗屋造り、瓦葺の屋根など不燃化が図られた。1718年から、南町奉行大岡越前の主導で、町人による防火、消火体制が組織され、48組の火消し組を編成した。いろは組の誕生であるが、へ、ら、ひは除かれた。屁と火が除かれたのは分かるが、らはどうして除かれたのかというと、それは男性のシンボルを表すからとか。火消し人足は、当初は一般町民が務めたが、当時は破壊消火(建物を壊して消火する)であったため、一般人の手には負えず、徐々に鳶職人などが雇い入れられるようになり、１７８７年にはそれが主となり、町人自身による初期消火組織は、店火消し（たなびけし）といわれた。幕府の広範囲な消防政策は財政難で、八王子の千人隊などに不足分を補わせていた。半鐘とは　火事を知らせる鐘のことで、お寺の梵鐘には丸いイボイボが百八つ付いているが、初期の半鐘には、その半分の５４個だったので、半鐘。組織的な消防制度は、紅葉山霊廟の火消し担当者が命じられたのが最初で、江戸城をはじめ、幕府関係の寺院、隅田川の橋などを対象に順次整備された。これが所所火消しである。火事場装束　赤穂浪士が火事装束で仇討ちに行ったのは、浅野家は火消しが得意だったのと、当時は夜中にあのような徒党を組んで歩く事は禁じられていたが、火消しだけは許されていたから。１６４３年には、六万石以下の大名家16家を四つの隊に編成し、10日交替で消火活動に当たらせた。これが大名火消しである。明暦の大火以後は、桜田、山手、下谷の三隊に分けられた方角火消しが発足した。このような大名による消防組織が、江戸城と幕府関連施設を火から守ることを目的にしていたのに対し、１６５８年に組織された定火消しは、都市防災の本格的な消防組織となった。火消し屋敷と呼ばれた旗本には、銀百両の役屋敷造営費を付けて整備させた。与力、同心を配属し、人足を抱える経費として三百人扶持が与えられた。火消し屋敷は、御茶ノ水、飯田町、半蔵門外、電通院前に設えられ、その翌年には、半蔵口、駿河台、さらに代官町と整備された。それらは江戸城北西側に配され、冬の北西風による延焼から江戸城を守るようになっていた。

  2010.02.22

• 

  江戸の出世読本

  　　クリスマスローズ江戸時代の武士は、戦国時代の武士のように手柄を立てれば出世できるという具合にはいかなかった。しかも身分や役職序列は、藩が成立した時と同じまま世襲されていたので、家老の家に生まれれば、剣の腕など皆無でも家老になれたし、足軽の家に生まれれば、何を言っても足軽にしかなれない、生まれながらに身分の差があった。しかし、それでも人間であるからには出世欲というものがあるのが当たり前で、足軽はなんとか足軽頭になりたいし、平の藩士は上司や主君に才能を認められたい、可愛がられれば出世ができるかもしれないと思っていた。現代でも出世のハードルは高く、頭は良いが敵が多いとか、仕事はできるが女遊びが過ぎるなどといった理由で、昇進が見送らることもある。そんな現代のサラリーマン向けのハウツー本があるように、江戸時代の武士のための出世読本があった。江戸初期には、葉隠というストイックな武士の心得を説いた本だったが、長く続いた太平の世の武士には、お堅い心得などより、現代にも通じるような本が現れた。　世の中は　諸事ご尤も　ありがたい　御前　ご機嫌　さて恐れ入る　手れんとは　さようでござる　ご尤も　御意の通り　おめでたいことという狂歌があったように、これだけの単語を使っていれば無事安泰というわけだ。武道初心集という本もあり、「暮らしに困り盗みを働いても、発覚して捕まってもかまわないという覚悟を決めてやるのなら、罪ではあるが納得できる」などと、刀を振り回して強盗を働くのも武士の習性というような物騒な意見が書いてあったらしい。その後、そうした部分が割愛され、「武士というものは、元旦に雑煮を祝う時から、大晦日の日の入りまで、常に死を念頭に置かねばならない」などと、葉隠と同じような建前論から始まり、「物見遊山の混雑した場所を歩き回り、馬鹿者と出会って喧嘩になっても、死んでも主君の名を出したり、親兄弟に迷惑をかけてはならぬ」と、今なら盛り場で酔っ払って不祥事を起こしても、会社の名を出したり、家族の恥になるようなことをしてはいけないという内容だった。当たり前なら親とか相撲部屋なら親方が我が子や弟子に教えるべき事ではあるが、現代ではどこの親も教えていないらしい、オリンピック選手でさえ礼儀や礼節を教えられていないらしい。　

  2010.02.21

• 

  江戸のアルバイト

  　　ロウバイ　　　江戸中期に、黄表紙という大衆向けの雑誌があった。その元祖である恋川春町は、本名を倉橋格という駿河国小島藩の江戸留守居役だ。黄表紙制作はアルバイトで、彼が書いたものが、老中松平定信が行った寛政の改革を揶揄したものだとされて、幕府に睨まれるようになり、召喚命令を受け、春町はそれを苦にして病気になってしまい、とうとう死んでしまった。自殺だったかもしれないと言われた春町の親友に、秋田藩の江戸留守居役平沢常富という人がいた。ペンネームは朋誠堂喜三二といい、やはりアルバイトで文武二道万石通というものを書いたが、これも寛政の改革を誹謗中傷したとして絶版を命じられた。忠誠を誓っている筈の幕府の批判をしたのだから、造反社員に対する社長の立場では黙認するわけにはいかない。主君である佐竹氏からは、執筆を禁止され、泣く泣くアルバイトは止めなければならなかった。文才や画才のないお侍さんは、傘張りや楊枝作り、提灯や凧の紙張りなどに精を出してした。武芸の稽古などはそっちのけで、植木の栽培や金魚、小鳥の飼育などもやっていた。家族総出の手内職のなかでも、青山の傘とか、巣鴨の植木、大久保のツツジ、下谷の金魚など専門分野が発展した。大久保ではどの屋敷にも３００株以上のツツジが栽培されていて、初夏の花の時期には多くの見物人が訪れ、盛り場のようになった。見聞録にも江戸第一の壮観と記され、江戸名所絵図にも描かれている。江戸以外でも、武士のアルバイトから、地方の名産に発展したものがたくさんある。岐阜の提灯もそのひとつで、加納藩士がアルバイトに作り始めたのがきっかけだった。米沢の縮みも上杉鷹山が藩士たちの妻女に織らせたのが始まりだった米沢ではその他に鯉も名物で、鯉料理も鷹山がお城の壕で養殖させたのが始まりだった。江戸時代も末期になると、無為徒食の武士は生きるのさえ難しくなっていたのだ。　　　

  2010.02.20

• 

  江戸の窓際族

  　　旗本八万騎と呼ばれた家臣団は、徳川幕府の窓際族だったんです。旗本といえば、有事に駆けつけることになっていたのですが、長く続いた太平の世では、駆けつけるような事は起きなかったんですね。現代の企業にも古参社員がいますね、創業者が裸一貫から起こした事業を手伝った功労者、それは彼らの誇りです。そういうご意見番の居ない若者中心の会社が暴走しやすいのは、最近の事例で分かりましたね。徳川家が全国制覇した時には、そうした功労者は重臣として名を連ねました。しかし、その武功派の人々は次第に政権の中枢から遠ざけられていきました。主導権を奪ったのは、文官派の本多父子などで、彼らは経済に強く、時代は幕府の経営手腕に富んだ人を求めていたのでした。家康が戦場を駆け回っていた時代は遠のき、身近だった殿様が将軍という雲の上の人になってしまい、将軍家も三代目になると、ついに武功派ははじき出されてしまいました。そうした窓際族の一人に、旗本大久保彦左衛門がいました。16歳の初陣の時から、命がけで戦場へ出て武功を挙げていましたが、太平の世では戦場へなど一度も行ったことのない文官派が優遇され、辛酸をなめた彦左衛門は冷遇されていました。かつて家康に背いたことがある本多正信などが、今では家康の側近として寵愛されている、面白かろう筈が無い、許せん、と彦左衛門は憤慨していました。大久保彦左衛門は、心の鬱憤を晴らすために、三河物語を書きました。それは息子達に読ませようと思って書いたのですが、いつの間にか彦左衛門と同じように鬱屈していた旗本たちに回し読みされ、もてはやされるようになりました。幕閣にとっては、彦左衛門は苦々しい存在でしたが、処罰はできなかったのです。三河物語の内容は、これほど将軍家に忠誠を尽くしているということになっていたからでした。それに幕閣は、旗本たちが不満を持っている事は承知していました。もし彦左衛門を処罰などしたら、騒ぎが起きるであろう事は容易に想像できました。この本によって、旗本たちの鬱憤が少しでもガス抜きできるなら、それはそれで良いことという思惑もありました。イザという時、将軍家を護衛する親衛隊である旗本、平和な時代に護衛の仕事などあろう筈もなく、一部の旗本を除いて、多くは城の屋根や石垣などを修理する小普請役などに編入されていましたが、実際には無役に等しかったんです。ほとんどの旗本が窓際族だったわけですね。幕府は、それを養っていたのですから、時代が移るにしたがってだんだん財政難になっていったのも仕方がないことだったのです。現代では、大勢の議員さんや代議士さんや官僚さん、公務員さんを国民が養っているのですから、我々も財政難になってしまうんですね。

  2010.02.19

• 

  江戸のサラリーマン

  　　　サラリーとは塩のことだそうですが、江戸の武士のサラリーは米でした。下級武士の御家人などは七十表五人扶持が平均的給与所得だったそうです。　御用商人（札差）がその米を引き取り、現金化していました。しかし多くの御家人は札差から前借していたそうですよ。　その上、幕府や藩が財政難になると、先ず賃金カットが行われていました。家禄は先祖代々上がりもしないのに、物価はどんどん上昇し、賃金カットまでされたのでは、必然的に別途収入を得る手立てを考えなくてはなりません。現在と同じように、江戸の御家人もアルバイトをしていました。　それなりの学問を修め、教養もあり筆も立つので、文筆業を始めた近松門左衛門のような人もいました。脱サラ、つまり武士をやめてしまったわけですね。そういえば、松尾芭蕉も武士だったんですね。平賀源内も独立した一人です。　しかし、誰もがそんなに成功できる筈もなく、才能に恵まれているわけではありませんから、お勤めとアルバイトを両立させていた人も多かったんです。旗本の大田南畝（なんぼ）もその一人でした。正規のお勤めでは、それほど出世はしなかった彼が、アルバイトの方では大活躍で、狂歌の世界では有名になり、蜀山人（しょくさんじん）や四方赤良（よもあから）などと並び称されるほどになりました。　

  2010.02.19

• 

  江戸のラヴストーリー

  　　美女が溢れていた江戸城大奥、勿論男子禁制、美女達は年寄りの用人以外には、外出の折にしか男を見ることもできませんでした。　御三家あたりでは大奥ほど厳しくはなく、表の男子でも奥の殿の御寝所へ入れる人がいました。　内藤頼母（たのも）もその一人で、お床入りまで供ができるほどの数少ない殿のお気に入りでした。　奥には美しい女たちが大勢いて、良い香りが漂い、華やかな笑い声が聞えていました。　内藤は２５歳の男盛り、そのうち一人の女に恋をしてしまいました。　相手の女も殿以外には滅多に男を見ることもないのですから、ちょっとその気があるような素振りを見せれば、難なく靡いてきました。　二人はお互いに夢中になり、睦言を交わし、手を握り合い、口を吸い合って、ついには情を交わしてしまいました。　やがて女は妊娠し、全てが殿に知れてしまい、内藤は切腹を命じられてしまいました。

  2010.02.17

• 

  江戸の派閥争い

  　　江戸のお侍さんの派閥争いといえば、上は将軍の跡目争いから、下は足軽の勢力争いまで、現在の政界などより多かったかもしれない。お家騒動というのも、物語などには必ずと言っていいほど出てくる。例えば仙台藩の伊達騒動、薩摩藩のお由羅騒動などがお馴染みだ。いずれも跡目争いや、やれ正室だの側室だのが主で、毒を盛ったとか盛らないとか、傍からみれば面白可笑しく興味津々だが、それも結局のところ、家臣の勢力争いが原因だった。その中に、越後騒動というのがあった。１６６５年、越後に大地震があり、高田藩は壊滅的被害を受けた。主席家老もこの時死亡し、小栗美作は父の跡を継いで主席家老になった。父の葬儀も済まない内から、いち早く復興に着手し、藩内の意見には耳を貸さず、矢継ぎ早に経済改革も断行した。それは成功したものの、その性急さと強引さが政敵を増やす結果になった。　反小栗勢力は、副家老の荻田主馬を担ぎ出し、派閥争いを勃発させた。かといって、副家老派にはこれといった構想も政策も無かった。ただ小栗の権力が拡大することが面白くないだけだった。そこに、高田藩の世継ぎ問題が浮上してきた。現藩主には世継ぎが居なかったので、小栗は藩主の甥である万徳丸を後継者にするという正論を考えていたが、副家老派は、何が何でも小栗に反対することばかり考えて、対抗馬を立てようとしていた。万徳丸はまだ幼かったので、小栗がそれを利用して藩を乗っ取ろうとしていると吹聴し、ついには武装して小栗の屋敷を取り囲んだ。騒動の責任をとった小栗は隠居し、一見副家老派の勝利のように見えたが、騒動のことは幕府にまで聞えてしまい、酒井大老の裁定で、小栗派に軍配が翻った。しかしそれだけで終わったわけではなく、将軍家綱が死去して、綱吉が五代将軍に就任すると、綱吉が酒井大老を恨んでいるという情報を、副家老派は入手し、幕府から送り込まれている横目付などを抱きこんで機を窺っていた。横目付けの二重スパイなどの暗躍合戦の末、その機が到来すると、大老が不公正な裁定を下したと訴え出た。軍配は再び翻って、副家老派に挙がったものの、間もなくそれは浅知恵であったと、副家老派は思い知らされることになった。小栗とその息子は騒動の責任を取らされて切腹し、副家老は勝ったと喜んだのもつかの間、八丈島へ流されてしまい、藩主も、家内取締り不行き届きがあったとして、他家へお預けの身となってしまい、高田藩は領地召し上げとなり、元も子もなくなってしまった。将軍綱吉としては、高田藩のお家騒動など、どちらが勝っても関係なく、越前松平家をうっとうしいと思っていたので、酒井大老もろとも整理してしまいたかったのだ。酒井も大老を罷免され、屋敷を没収されてしった。派閥争いを引き起こせば、必ずそれを利用して漁夫の利を得る大きな力が絡んでくるものなのだ。

  2010.02.16

• 

  江戸の修行者

  　　「一日作さざれば一日食わず」昔の禅の修行者達は、仏教の経典から教えを学ぶだけではなく、日常の生活態度や規律から学ぶことを大切にし、座禅ばかりではなく、作務（畑作や里山の下草刈り、御堂の掃除）などの労働も重要とされていた。ある僧侶は年老いても作務をやめず、若い僧と一緒になって励んでいた。周囲は老僧の身体を心配し、見かねた院主が鎌を隠してしまった。しかし老僧は、「徳のない者は他人の世話にはなれない」と、必死で鎌を探し回った。やがて食事も喉を通らなくなり、「一日作さざれば一日食わず」と言って、僧侶にとっては作務が座禅と同じくらい重要であると、身を持って示した。昔、ある仏教系新興宗教の信者の知人が居て、綺麗に掃き清められたお寺の庭を見た私が、「お掃除も修行の一つなのね」と言うと、なんと「掃除なんかしたって糞の役にも立たない」と、驚くべき返事をした。道理でその人の家は汚くて、子供は鼻たれで、縁側から落ちて泣いていても、知らん顔でお題目を唱えていた。

  2010.02.15

• 

  メガロポリス　江戸

  　　　江戸が上水道完備の、パリやロンドンにも優った文化都市であった。日本人自身、黒船襲来の時から、日本は欧米より劣っている、遅れているという意識が、日本人の深層心理に色濃く焼き付けられてしまった。しかし日本文化は、ほんの数十年前までは世界一優れていた。現在の日本人は、犯罪者集団の一歩手前まで来てしまったような気がして非常に残念なことだ。江戸が大都市として充実するにしたがって、火災による被害も拡大した。火災が発生すると、町から町へと類焼してしまった。１６２７年、現在の中央区横山町から出火した火事は、４０の町々を焼き尽くしてしまった。１６３９年の中央区京橋から出火した火事では、江戸城まで焼失する事態となり、翌日まで燃え続け、新橋から内幸町、麻布まで燃え広がり、江戸南部全域97町に被害を及ぼし、数百人の死者を出した。この火事では、材木置き場の材木まで焼失し、材木の価格は高騰し、また、山積みになっていた材木が類焼の原因になったことが認識され、幕府は防災と材木の確保のため、隅田川以東の深川に木場を移転することを決定した。材木商たちは、材木置き場を深川へ移し、初代の木場が誕生した。その折、隅田川から東へ流れていた堀が拡張され、材木の運搬、保存に活用されるようになった。この辺りは海に近いため、運河に海水が流れ込み、塩分があるため材木に虫がつくのも防げた。

  2010.02.14

全55件 (55件中 1-50件目)

1 2 >