枕草子
アジサイ 匂い春、山里などへ出かけるのは実に楽しい。草木も水も青く、草原を歩いていると湿地などがあって、従者が歩くたびに水滴がはね上がるのも面白い。道の両側に続く生垣の枝が、牛車の屋根に差し掛かるのを、急いで取ろうとしたけど、すっと手から離れてしまって残念だ。ヨモギが車に押しつぶされて、良い匂いが漂ってくる。 夏、夕涼みの頃、人の顔がはっきり見えないくらいの薄暗闇の中を、身分の高い人の車が、後ろの簾を上げて走らせて行く様子は涼しげだ。まして、その車の中で、琵琶を?き鳴らし、笛の音など聞こえてくると、すれ違って行ってしまうのが残念に思われる。そんなすれ違いの時、牛の皮紐の匂いが、奇妙で嗅ぎ慣れないものなのに、良い匂いに感じられるのも、我ながら正気の沙汰とも思えない。 真っ暗な夜、車の前の松明の煙の匂いが、車の内にこもっているのも、夏の夜らしい趣がある。