良寛「幼少の像」
良寛(1758~1831) 江戸時代後期の曹洞宗の僧。諸国行脚の後、ふるさと越後に帰り、一衣一鉢、空庵に住み、詩歌と書を残す。 生き方、自然を愛する心は現代にも通じる。 出雲崎橘屋山本家に生まれる。名は栄蔵。 13歳 燕市分水の中村家に寄宿、大森子陽の「狭川塾」に通う。 18歳 出雲崎・光照寺に入り出家。 22歳 国仙和尚により得度を受け、備中玉島円通寺へ。 26歳 母・おのぶ 49歳で死去。 38歳 父・以南(いなん)は京都桂川で投身自殺(60歳)。 39歳 越後に帰郷。 長岡市寺泊・郷本の草庵、燕市国上の国上寺の五合庵、西生寺、本覚院、等に住む。 59歳 乙子神社草庵に住む。 69歳 長岡市島崎・木村家に移る。 70歳 貞心尼と交流する。 74歳 病疫。隆泉寺において葬儀。 与板・徳昌寺の活眼大機和尚を導師に五宗派、16か寺の僧が読経。良寛が遺した歌 いにしえにかわらぬものは荒磯海と 向かいに見ゆる佐渡の島なり たらちねの母がかたみと朝夕に 佐渡の島べをうち見つるかも撮影 2009年07月16日16時04分 1/200 F4.0 ISO100 出雲崎町・天領の里 良寛「幼少の像」