筑波山〈百人一首ゆかりの地〉
つくばねの 峰より落つる みなの川 こひぞつもりて 淵となりぬる 陽成院茨城県の筑波山。〈百人一首ゆかりの地〉というより、♪筑波山麓男声合唱団〜 のほうがピンとくる。作者の陽成院(869−949)は平安時代の天皇。清和源氏で有名な清和天皇の皇子で、9歳で即位、15歳で譲位して上皇となっている。80歳と長命で、上皇期間65年は最長記録だ。平安時代の80歳って、今でいうとどれくらい?100歳以上かもね。歌の意味は、「初めは淡い恋心だったが、今では深く愛するようになったよ」というラブな歌。陽成院が筑波山に行ったとは考えにくいので、想像しながら詠んだ歌なのだろう。筑波山は男体山と女体山の2つの峰からなる山で、歌垣の山として有名だった。「歌垣」とは、男女が集まって歌舞飲食して豊作を願い祈り、求愛の歌を掛け合い、カップルが成立すると恋愛に発展するというもの。今でいう合コンに、“祭りの夜”的要素をプラスして、思いっきり開放的にしたものかな。集団お見合い、即フォールインラブ的な。陽成院が「つくばね」と詠んだのは、筑波山が「愛の山」だったからだろう。私はカエルのイメージしかなかったんだけど関東平野を代表する山で、江戸のいたるところから眺めることができたのだろう。歌川広重 名所江戸百景〈千住の大はし〉歌川広重の名所江戸百景でも多く描かれている。