マイ・バッハ 不屈のピアニスト
20世紀最高のバッハの演奏家、ジョアン・カルロス・マルティンスの伝記映画を観ました。あまりにもドラマチックなので実在人物とは思えませんでしたが、現在84歳。最後に本人のオーケストラとの共演が映し出されて、ピアノを弾く生き仏のような微笑みに心打たれました。音楽家を目指していた父親の影響で幼い頃からピアノを弾くようになったジョアンは、先生が与える課題を常人の数倍のスピードでこなしていきます。ブラジル・サンパウロ生まれですから、子供たちはみんなサッカーで遊んでいました。ジョアンは学校でいじめられても、サッカーが出来なくても、ピアノを続けて9歳でブラジル・バッハ協会のコンペで優勝。20歳でニューヨークのカーネギーホールで演奏デビューを飾り、天才ピアニストと評されます。ELPのキーボーダー、キース・エマーソンが尊敬するピアニストだったのもこの映画で知りました。『あなたのその指を動かしているのは天使か、悪魔か』って聞くんですよ。結婚して子供も産まれ、世界中で演奏活動を行って順風満帆だったジョアン。大ファンだった地元のサッカーチーム・ポルトゥゲーザがニューヨークに来ていると有頂天になって、練習試合に参加させてもらって右腕に石が刺さる大怪我を負います。神経にダメージを負って右指3本が筋萎縮して使えなくなり、金属のギブスをはめて演奏会を続行するんですが悲惨な光景でした。叩きつけるようにピアノで超絶スピードのバッハのオルガン曲を弾くので、ギブスが指に刺さるんですよ。ピアノで生きていけなくなったジョアンは、実業家になってある程度の成功を収めました。しかし心の奥にある音楽への想いは消えることなく、辛いリハビリを乗り越えて復帰するんです。無音ピアノで練習していると近所から『タイプライターの音がうるさい』と苦情が来ました。どうせ苦情が来るならとピアノを弾き始めると『もっと聞きたいから窓を開けて練習してくれ』と言われます。カーネギー・ホールでの復帰公演は大反響。バッハの鍵盤楽曲全てを録音してリリースする偉業も成し遂げますが、まだ後遺症に苦しんでいました。彼の試練はこれで終わらないんです。ツアー中にブルガリアで暴漢に襲われ再び右腕が使えなくなってしまいます。それでもめげずにラヴェルの『左手のためのピアノ協奏曲』を提げて公演を続けました。このあきらめない男、本当に凄いです。左手を酷使しすぎたのかついにピアノが弾けなくなってしまうんですが、指揮の勉強をして指揮者として再起を図るんですね。『マイ・バッハ 不屈のピアニスト』(原題:João, O Maestro)は2017年のブラジル映画。監督はマウロ・リマで、映画の中で流れる曲は全てジョアン・カルロス・マルティンス本人の音源を使っています。最後に流れた映像では、指3本でピアノを弾いていい笑顔でオーケストラと共演していました。こういう人をレジェンドと呼ぶんだろうと思いましたね。オススメです。