中国では結婚できない男性が3400万人。一人っ子政策の深刻なツケ 2017.9.15 石平『石平の中国深層ニュース』
中国では結婚できない男性が3400万人。一人っ子政策の深刻なツケ 2017.9.15 石平『石平の中国深層ニュース』 中国が急激な人口増加を抑制するため1979年から2015年まで施行していた「一人っ子政策」。しかし、それが原因で男女比率のバランスが崩れ、結婚したくてもできない「光棍(こうこん)」と呼ばれる独身男性が急増し、深刻な社会問題となっています。 「余剰男3400万人」とは何か 8月20日、NHK衛星放送のBS1は「ノーナレーション・ドキュメンタリーの世界 『光棍児(こうこんじ)中国の結婚できない男たち』」という番組を放送した。 それは、今の中国で大きな社会問題となっている「光棍 = 独身男」の存在を取り上げたものである。もちろん、「光棍」の存在は大きな社会問題として浮上してきたのは、彼ら自身が結婚したくないから結婚していないのではなく、中国の人口構造に生じた深刻な歪みで、彼らが結婚したくてもできない状況になっているからである。 番組の中でも中国社会科学院の報告を引用して指摘しているように、今の中国では、人口構造における男女比率のバランスが大きく崩れて、男の人口数は女のそれを大きく上回っている。それこそが、「光棍」を大量に生み出した最大の原因である。 国家統計局が発表した最新の人口統計の数字によれば、2015年末の時点で、中国の総人口において男性人口が70,414万人であるのに対し、女性人口が67,048万であった。簡単に計算すれば、総人口において男人口は女人口より3,388万も多くなっており、男女人口のバランスが完全に崩れていることが分かる。 しかもここでいう「男は3,388万人が多い」というのはあくまでもすべての年齢台を含めた総人口レベルの話であるが、年齢台別の人口比率となると、実は1970年代、80年代、90年代の出生人口となると、男人口対女人口の比率にさらに大きな開きがあるはずである。 というのも、今の総人口における男女比率のアンバランスを生み出した最大の原因は、1970年代、80年代、90年代にわたって、中国政府が国策として推し進めた「一人っ子政策」にあったからである。 その約30年間、「一人っ子政策」が強制的に実行されていた中で、中国の総人口の6割、7割(当時)を占める広大な農村地域では一つの異変が起きた。当時の農村では社会保障制度がまったくなく、農民たちにとっての唯一の老後の保障はすなわち自分の子供である。その際、成人すれば余所の家に嫁ぐ女の子は老後の保障にならないのは自明のことだから、農民たちの誰もが女の子よりも男の子が欲しがる。しかし「一人っ子政策」の中では「一太郎二姫」のように産むこともできない。 こうした中で、どうしても男の子が欲しい多くの農民たちが驚くべきほどの「対策」をとったのである。一部の人々は生まれたばかりの女の子を「死産」と称してその場で「処分」してしまい、多くの人々は出産の前に胎児が女の子だと分かると、それを堕してしまうのである。 このようなことは30年間にもわたって全国で行われていると、その間に生まれて成人する男女の比率が大きく狂ってしまうのは当然のことである。先ほど総人口における男女人口の差は3388万人であったことを述べたが、その際の男女人口比率は105対100で、100人の女性に対し男性が105人で、男が5人多いということになる。それに対し、例えば80年代出世の人口となると、男女比率はなんと136対100となり、100人の女性に対し男が136人もいるのである。 そしてそのことの意味するところは要するに、80年代出生の中国人男性は、136人の中の36人が理論的には一生結婚できない、というわけである。 こうした中で、今後一体どれほどの男たちが結婚できないのかについて、さまざまな研究機関や専門家から色々と数字を出されているが、今では、今後数十年間約3,400万人の男たちが一生結婚できないという数字が一般的に認められつつある。一部のマスコミや専門家は残酷にも、こうした男たちのことを「余剰男」と称しているから、「余剰男3400万人」が流行語となっている。それ同時に、そこから生じてくるさまざまな社会問題に対する関心も高まってきているのである。 「天価彩礼」横行の背後、犯罪と騒乱を生む「光棍危機」 それでは「余剰男3400万人」からどういう問題が生じてくるのか。それに対し、中国人民大学社会と人口学院の陸益龍教授はメデイアに対して、「農村地域における売買婚姻の氾濫や性犯罪の多発」などの問題が生じてくることを指摘しているが、その中で彼が例として挙げているのは、中国のマスコミでも時々大問題として取り上げられている「天価彩礼」の話である。 ここでいう「天価彩礼」の「彩礼」とは、中国古来の婚姻儀礼の一つであって、結婚を正式に決める前に、新郎側の家は新婦側の家に一定金額の現金を送る風習である。日本の場合の結納金にあたるが、中国で特に問題となっているのは、その吃驚するほどの相場の高騰である。 中国のネット上で流布されている「2016年全国各省彩礼相場一覧表」によると、湖南省、山東省、浙江省などでは彩礼平均相場は10万元(約160万円)であるが、旧満州の東北地方や江西省、青海省となると、どういうわけかそれは一気に50万元台に跳ね上がっている。極め付きは上海と天津で、両大都市の彩礼相場はなんと100万(約1600万円)元台に上っている。 経済大国の日本の都会部でも、「結納金1600万円」となったら、たいていの親が度肝を抜かれてしまうが、中国の農村部となると、それはなおさらの法外な高額である。だからこそ、「天価彩礼」=「天に届くほどの高い彩礼相場」という言葉が生まれてくるのである。 中国中央テレビ局が去年2月に陝西省農村部で行った「天価彩礼」の実態調査によると、たとえば本省楡林地区の彩礼相場は、新郎側の家の裕福度によって10万元から20万元不等となっており、宝鶏、壟県などの地域でも相場がほぼ同じである。そして全省の農村部を平均すると、彩礼相場は10万元程度となっているが、それは、陝西省農村家庭の平均年収の10倍以上にもなる金額である。 年収の10倍以上、日本の感覚でいえば要するに数千万円以上か億円単位のお金を出して嫁をもらうこととなっているが、それはもはや「人身売買」同然の世界である。実際、上述の陝西省農村地域では、「嫁を買う」というのは日常的慣用語となっている有様である。 沿岸に近い安徽省の場合、彩礼のことで今流行っているのは「万紫千紅」である。中国の人民元は、5元札は紫を色の基調とし、100元札は紅色となっているから、「万紫千紅」とは要するに、5元札1万枚、100元札千枚、総計15万元、それはすなわち彩礼の相場である。しかも、銀行の振込では駄目なので、新郎の家は実際、「万紫千紅」の札束を新婦の家に運んでいかなければならない。 もちろん農村では、この「万紫千紅」を婚約相手の家へ運んでいく財力のある人は少数である。そうなると、大半の適齢の男たちは結婚しなくても結婚できない状況であるが、農村部の女性がさらに都市部に「流失」していくことも多くあるから、深刻な嫁不足にさらに拍車をかけることなっている。 こうした中で、全国では今、一つの村の適齢男の大半はできないという「光棍村」があちこちで出現している。そして、絶望的な状況に陥っている「光棍」の男たちは働く意欲も失い、毎日のように群がって賭博に興じたり集団的喧嘩を起こしたり、挙げ句の果てには窃盗、婦女暴行、殺人などの凶悪犯罪に走っていくのである。 それは、農村の地域社会にとっては深刻な問題であると同時に、中国共産党政権にとっても隠れされている政治的危機の一つとなりつつある。もともと、経済成長から取り残されて貧困に喘いでいる多くの農村地域は人々の不平不満が高まっていて騒乱や暴動の多発する地域でもあるが、絶望的状況に置かれている「光棍」たちの存在はより一層、こうした騒乱や暴動の多発を誘発する要因となっている。というよりも、「光棍」たち自身はまさに社会に対する不平不満の塊であり、騒乱や暴動を起こす主力軍となりやすい存在であろう。 「光棍海外移民論」や「戦争による光棍危機解消論」の恐ろしさ このような状況に対し、今の中国では、マスコミや政府関係においては「光棍危機」という言葉が生まれてきて流行っている。つまり、「光棍問題」をそのまま放棄しておけば、それが農村社会の乱れや犯罪多発を招くだけでなく、場合によってそれが誘因の人となって反政府の大騒乱や大暴動を引き起こし、中国共産党政権を窮地に追い込んでしまう危険性もあるからである。 問題は、この危機をどう解消するかであるが、中国政府にしてもなかなか妙手がないのは実情である。というのも、男女人口比率のバランスがすでに崩れた中で、3400万人と言われる「光棍」たちの結婚相手は国内ではそもそもいないから、どんな政策手段を講じていても、彼らに結婚させることは物理的に不可能なのである。 その中で、例えば浙江財経学院の謝作詩教授は、「光棍危機」解消のためには、「貧困層の人々は数人で一人の嫁を共有すれば良い」という吃驚仰天の「解決策」を提言して全国からの批判を浴びることとなったが、このような荒唐無稽な「解決策」が大学の教授によって堂々と提言されたこと自体はむしろ、中国が「光棍危機」への対策に行き詰まっていることの証拠であろう。 そうすると今度、一部の学者やネット民からは、移民政策を進めることによってこの3400万人の男たちの結婚問題の解決を海外で活路を見いだすべきとの意見が数多く上がってきている。端的にいえば要するに、中国国内で結婚できない男たちの大軍を海外へ行かせて嫁を探させよう、という発想であるが、それでは周辺の国々の若い女性たちはまるで、中国人自身の引き起こした「光棍危機」を解決するための道具となっているかのようなものである。 しかも、中国国内で「光棍」となっているのは農村部の貧困層が多いことは前述のとおりであるが、貧困層の彼らは外国に移民したとしても、一体どうやって現地の女性たちを引き寄せて自分の嫁にすることができるのか。「光棍」の海外移民が実現でもされていれば、それが結局、犯罪の蔓延や暴動の多発などの中国の国内問題をそのまま外国に「輸出」してしまうこととなろう。 もちろん中国周辺の各国政府もそれを知っているから、そう簡単に中国からの「光棍移民」を許すような愚を犯さないであろう。