米国から大豆途絶え、中国の豚が死んだ。 貿易紛争の果て 2018-11-28 朝日新聞
米国から大豆途絶え、中国の豚が死んだ。 貿易紛争の果て 2018-11-28 朝日新聞 米国との貿易紛争が、中国の生産者らに深刻な痛手を与え始めた。暮らしへの影響が広がれば、怒りの矛先は米国だけでなく共産党政権にも向きかねない。難局に立つ習近平(シーチンピン)国家主席は30日からの主要20カ国・地域(G20)首脳会議に臨み、トランプ大統領との会談で解決の糸口を探るが、着地点は見いだせていない。 黄河に沿って農村が広がる中国河南省新郷。10月、年数万頭の豚を出荷する大規模な養豚場はひっそりしていた。経営者の知人の農民(52)は記者に「豚に与える飼料を買えなくなり、殺処分などで頭数を減らしている」と明かした。 引き金は、米国から輸入される大豆価格の高騰だ。豚の飼料には、大豆から油分を搾り取った後に残るカスが配合される。 中国は7月、米国の高関税措置への報復として、大豆など米国からの輸入品に25%の関税を加えた。米中間選挙を見すえ、農家を支持基盤とするトランプ大統領を揺さぶる狙いがあったが、「我々はトランプ氏の票田に攻め込むための犠牲となった」(中国の大豆加工業者)と不満が漏れる。 報復関税の影響は中国自身に跳ね返ってきた。9月、米国からの大豆輸入(金額ベース)は前年同月より約98%減ってほぼ「蒸発」。大豆価格は夏以降、約10%上がった。加えて8月以降、中国各地の養豚場で豚コレラの感染が拡大。ダブルパンチを受けた養豚業界からは「今後、廃業が相次ぐ」と悲鳴があがる。 中国でいま、ささやかれているのが、大豆の「2月危機」だ。 大豆の収穫は南半球は3月、北半球は9月に本格化する。中国は春からは主に南半球、秋からは北半球の国々から買って安定調達を図ってきた。 輸入量の約3分の1を占める米国からの輸入が激減する中、秋以降も頼りにするのが世界有数の生産国ブラジルだ。中国メディアによると、今年1~8月、ブラジルからの輸入は前年同期より約15%増えた。 しかし、その反動でブラジルの大豆在庫が例年より少ないとの指摘がある。来年3月にブラジルで収穫が始まる前に大豆の供給が底をつけば、輸入価格が跳ね上がりかねない。 新たな頭痛の種もある。10月のブラジル大統領選でジャイル・ボルソナーロ氏が当選。「ブラジルのトランプ」とも呼ばれる同氏は中国の影響力拡大に警戒感をあらわにしており、貿易戦略を見直す懸念もぬぐえない。 貿易紛争の影響は、ほかの業界の人々の心理にも及んでいる。 「仕事を続けさせろ」。今月、米アップルのスマホの部品をつくる広東省恵州の工場で数千人規模の従業員が解雇され、警察が出動する労働争議が発生した。 アップルのスマホは米国による対中制裁関税の対象外で、解雇の理由は9月に発表された新製品の販売不振の影響とみられる。 しかし、従業員らは「貿易紛争の影響で受注が減った」との不満を口にした。受注減の背景について工場から説明はなく、報道も当局に統制されているため、真偽のはっきりしないネット上の書き込みを信じる労働者が少なくない。(新郷=益満雄一郎) 報道規制、不満封じに躍起 米国との対立を解きほぐす糸口が見えないなか、習指導部は国内の動揺を鎮めるのに必死だ。 当局は貿易紛争や中国経済の停滞を伝える報道を厳しく規制し、独自報道を禁じている。メディアの論調は米国批判より、「貿易戦も中国の歩みは止められない」などと、国力の高まりを強調し、民衆を鼓舞するような内容が目立つ。 共産党関係者は「大国路線を進めてきた指導部は今さら後戻りもできない。庶民の不安を鎮めつつ、長期戦への覚悟を持ってもらうしかない」と話す。 神経質な対応の背後にあるのは、世論の動きへの警戒だ。貿易紛争の影響が広がり、民衆の反米感情に火がつけば、「弱腰」批判が政権に向かいかねない。国内向けには毅然(きぜん)とした対応を示しつつも、米国の圧力を弱めるための落としどころを探る必要がある。 今月開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で首脳宣言が出せなくなると、中国は「一部の国が保護主義を弁護しようと自らの文案にこだわり、押しつけようとした」(王毅(ワンイー)国務委員兼外相)と強い口調で米国を非難した。 一方、トランプ氏を名指しで批判するのは避け、貿易問題を巡る140項目余りの行動計画リストを示しトランプ氏との「ディール」に臨む構えも見せる。 中国でも、G20に併せて開く首脳会談で対立が根本的に解決できるとの楽観論はほとんどない。それでも、習指導部としてはトップ会談で「全面対決」を避ける道筋を何とか見いだしたい考えだ。(北京=延与光貞)