ガンの備忘録
お医者に書いてもらった診断書兼入院証明書が出てきたので忘れないようにここに書いておく。ホジキンリンパ腫(結節硬化型)2012年12月中旬より頸部・腋窩・縦隔・腹部大動脈周囲リンパ節腫大が出現。2013年1月16日SK病院受診全身のリンパ節腫脹を認め、2013年3月頸部リンパ節生検でホジキンリンパ腫の診断。精査加療目的に5月24日HG病院紹介入院にて抗がん剤治療2014年10月2日〜11月5日胸腔内リンパ節に対し放射線治療施行2015年11月4日〜2月16日 胸膜へ対し放射線治療施行2015年5月18日〜6月17日 左腋窩〜左胸膜結節に対する放射線外照射施行化学療法に抵抗性で再燃増悪を繰り返し、自家末梢血幹細胞移植、放射線照射などで治療するも、コントロール困難な状態となったため、2015年9月29日にH病院紹介受診。2015年10月19日にH病院入院。2015年10月21日心嚢液穿刺施行。入院後にCVポートを増設し 10月27日治療薬 投与 11月5日退院HG病院にいた時の詳しい入院記録が見つからないなぁ。正直この最初の入院が一番辛かった。投薬きつかった。副作用も酷くて一週間身動きできないとか、言葉にするとあり得なくて笑うけどいやもうホントに寝返りするだけで吐き気がすごくて大変だったんだよ。そんでそんな辛い治療してても全く効果がなくてね。いろんな薬を試してもらったけど、どれも効かないの。お医者も業を煮やして、ついに大量抗がん剤治療ってやつをやられた。無菌室でやったんだけど、ある意味個室で嬉しいような寂しいような。ちょうどGWで、旦那と娘が見舞いに来てくれたのを覚えてる。15分くらいしか会えなかったけど。それでも治らなくって。効果でなくて。どの薬も、最初はちょっと効くのよ。でもすぐ盛り返してくるのw悪性リンパ腫の治療において、大量抗がん剤投与ってのはなかなかの賭けで。そもそも効いて生きてる確率が4割、残りは治療がキツすぎて死んじゃうという何がなんだかわからない、果たして治療と呼んで大丈夫なのかそれは?!みたいな治療でwだからある程度若くないと(体力ないと)施せないってやつで。私は幸い生き延びることは出来たけど、それでも腫瘍は消えなかった。「この治療をしても腫瘍が消えない人で2年以上生きた方はいないんです」と旦那もいる前で言われた。旦那には、覚えてないって言われた。そんな折、「大学病院の治験枠にエントリーできそうだから、申し込んでみるか?」とお医者に提案される。「治験を受けたからと言って、治る保証はありませんが、これ以上ここにいても出来ることはありませんから」と。大学病院の初診はさんざ待たされて、「さてさてこの君はこの素晴らしい薬を投与される資格はあるのかなー?」的な事を言われる。なんかもう笑えたwなんだかんだで、そのお薬のおかげで治ったわけだが。入院中は、とにかく娘に会いたかったなぁ。サツキとメイのお母さんモードになってた。「娘のお世話をさせてください」って神様にお願いした。神様が願いを叶えてくれた。