龍水御朱印帳・掲載寺社・聖地索引
昨年はまるまる1年、更新をさぼっていました。そのためしばらくご紹介していなかったのですが、ここに掲載している寺社、聖地の記事の索引を作っています。ここの画像フォルダが満杯になったことがあり、短期間ではありますが別のブログサイトに移ったこともあります。それらの記事も合わせると300程度の記事があります。このブログ記事は、データベース的な資料よりも私の妄想的歴史観や御祭神に関連する古事記・日本書記の神話などをご紹介しています。書いた当時のレベルではありますが、自分で納得出来る写真が撮れないと記事にしていません。そういった意味でも、私のこのブログをご覧になった方が「ここに行ってみたい」と、思っていただけることを願って書いているつもりです。 龍水御朱印帳掲載寺社・聖地索引 神社記事以外のことを書いたついでに、珍しく近況をば。先月から記事をUPしていますが、今年は「伊勢神宮125社」にチャレンジします。もちろん他の神社へも行くつもりですが、時間がとれたときは伊勢がメインになる予定です。そしてもうひとつ新しい動きも加わりました。お仲間に協力して、御神事のお手伝いをさせていただくようになりました。私の祈りが、その土地、神社、神様のお役に立つのなら微力ながら参拝者として、地味にささやかに協力させていただこうと思います。 今までは「1社でも多く参拝したい」とか「少しでもいい写真を撮りたい」とか、ブログネタのことばかり考えてまいりました。しかしせっかく長年、聖地などに関わっているのですからもっと地に足をつけてゆっくりと神様と触れ合うことも大切です。 昨日は厩戸皇子(聖徳太子)ゆかりの地、2箇所に行ってまいりました。今年は梅も桜も愛でる機会がなかったので、「あわよくば」という気持ちもありました。厩戸皇子の両親、用明天皇と穴穂部間人皇后を祀る神社鵲森宮(かささぎもりのみや・森之宮神社)にご挨拶したあと、四天王寺に参詣しました。 日曜日ということもあってか、大勢の参詣者で賑わっていました。 初めてここに来たとき、私は回廊の屋根を見てがっかりしたのを覚えています。それはコンクリートにペンキを塗った「疑木」だったからです。 金堂や五重塔も鉄筋コンクリート製で、鮮やかな色もアダっぽく見えたのです。しかしやはり日本の仏教の始まりに関わったお寺だけあって、 今ではコンクリート製とは思えない風格が感じられます。 よく見れば、法隆寺のようなエンタシスの柱もコンクリートですし釣り灯篭には電気のコードがつながれています。私は長年、左脳で分析をすることばかりに気をとられていましたがこうやって全体を見渡せば、四天王寺はやっぱり素晴らしいお寺だと思います。 またまた味気ない話ではありますが 、創建当時の四天王寺は宗教施設と言うよりは、国威を示すシンボルの性格がつよかったかも知れません。長年に渡る多くの人々の祈りを経て、コンクリート製の四天王寺は新たな役割を持ち巨大な「装置」として動き初めているのではないか・・・。そんな妄想を抱きつつ、厩戸皇子を感じながら境内や伽藍を堪能しました。 上の写真は五重塔と日本一の高層ビル「あべのハルカス」 難波の最も古いシンボルと、最も新しいランドマークの競演です。祈りのためにやって来たのですが、重たいカメラを持参したわけはこの場面を撮るためだったのかなぁと、ふと思った龍水でした。 .