十六夜月の昼
典型的で目を引く雲ではなく、私たちの関心の外にある雲が、普段頭上を覆っています。 太陽はそんな雲と戯れながらかくれんぼごっこに興じています。 テラスに出ると建物の間から六甲の山並みがかろうじて眺められ、紅葉のまじる小公園の木々が見受けられます。赤いのはさくらにトウカエデ。僕のかけがえのない借景です。 ひときわ背の高い木がメタセコイア。それを囲むようにドングリの木。 こんなひとときを慰めてくれるのが煙草です。週に1,2度のくつろぎの時は、さまざまな煙草を1本だけ楽しむのが常なのです。私に禁煙という観念はありません。この無粋なパッケージもさほど気にはなりません。栄枯盛衰は世の常。煙草が酒より危険だなんて誰にも言えません。常習すれば、砂糖も白米も添加物まみれで流通しているほとんどの食べ物が身体に害を及ぼします。昨日久々にコンビニで町カフェを楽しんでいるときにフィリップ・モリスが目に入り買い求めてきました。 喫煙の習慣に手を染めた20代初めの頃、エンジ色だったパッケージのフィリップモリスの封をあけたとき、干しブドウの香が立ち昇って私をうっとりさせたことから、この煙草には格別の想いが私の記憶に刻まれました。ほどなくはじめたパイプ煙草の葉はもっとアロマの点では強烈な印象を私にもたらしました。エキゾティックとは、こんな匂いがもたらすものだろうとうっとりしたものです。 21世紀はすべての分野でもっと排除の観念が薄まる時代と受け止めていましたが、ブッシュの湾岸戦争あたりから覆され、どんどん時代はギクシャクしはじめています。 「あなただけでなく周りの人が」傷つく…と、シガレットボックスに何の恥じらいもなく大書されたこの言葉が飛びかって、新型ウイルスのコロナも病そのものとは別の意味で深刻化しています。 さて、今夜の十六夜はかって羽束山あたりに出た月の出のように見るものを慰めてくれるでしょうか。 その時には、せめてもう1本フィリップモリスに火をつけてしばし月と対話を楽しみましょう。