非・劇的序曲
ジャズを聴きはじめた頃、リズムは2ビ―ト、あるいは4ビ―トが主流だった。今考えれば面白いことだが、50年代の後半にマックス・ロ―チがワルツのドラミング奏法を確立したと言うことが事件として取り上げられていた位だから、3拍子の曲は皆目なかったということだ。クリフォード・ブラウンがブロウした映画「慕情」のテーマ曲など、3拍子ジャズのはじまりでまだ未完成の感がいなめなかったし、ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デヴィー」などとても新鮮に聞こえたものだ。しかし、ロリンズが2度目の沈黙に入った間にコルトレーンが台頭してアヴァンギャルド・ジャズの時代が幕を切って落とされてからというもの、毎日がスリルの連続でジャズメンたちの新譜をかたずを呑んで見守る日々だった。今ふりかえっても、そんな青春時代を送れたことは僕はつくづく幸せ者だと思う。世界がメリ―・ゴ―・ラウンドさながらにめぐっていたのだから。 コルトレーンの死とともに、ジャズは終わったと思った。 70年代の半ばにチック・コリアと出会って、フュージョン、クロスオーヴァーといったジャズを聴きながら、時代は2ビ―ト,4ビ―トを通り越して8ビ―ト、16ビ―トが主流になり、32ビ―トまで出現する始末。それに従い、従来の感情の起伏をメリハリの顕著な強弱で劇的に表現することから、そんな野暮なことはできまへんという風に移り変わっていった。この傾向を決定的なものとしたのがボサ・ノヴァであった。ブラジルのブラックミュージックとジャズの出会いである。ここでは感情の起伏をコ―ドの変化で表現する方法がとられ、それがとってもお洒落だったから、一世を風靡して今日に至っている。 これを当時俳句に夢中だった僕は、詩文学状況における韻文世界の散文化への移行現象とみてクライマックスをもたない表現ということでブラームスの悲劇的序曲をもじって非・劇的序曲(Non climactic overture)の時代が始まったとさかんに息まいていた。 それから40年、「人間卒業まじかにしてまた病気が始まった」と僕をよくご存知の人たちは言うだろう。しかし、アホは死んでも直らないのだ。人間なんてもうとっくの昔に卒業してま。すべてはキノコに注がれる阿呆の人生、自然と人のハイブリッド集団の誕生を招来することこそが僕の生涯かけた夢なのだから、きのこのいざなうままに行き倒れになるところまで歩いて果てたい。 これから夜の顔俳句会で取り組もうとしているのは、短詩の脱俳句の可能性追求の作業である。俳句の会であることは全く従来通りだが、しかし・・・の世界である。 庶民の詩であり束の間の印象をワン・ショットの言葉で捉える短詩、しかも俳諧の発句という伝統詩とは無縁のものを目指す意味で、僕はこの詩形を「きのこポエム」と名付けようと考えている。きのこの聖数8を三つ並べた24音詩。日本語の相性から言えば俳句の5・7・5より7音多く、短歌の5・7・5・7・7より7音短い詩形を想定している。現在の列島の言語状況からは50年早いかもしれないが、これもきのこの文化に必須の事業と考え、着手する。 写真は、ボサ・ノヴァを歌うダイアナ・クラ―ルの11枚目くらいのCD。アヴァンギャルド・ジャズでさえビ―トを無化することはできなかった。それは当然である。文化は捨てることはできても、野性動物としての身体は捨てることはできない。阿呆とはいっても人間やめることはできないのと同じだ。ならば、「きのこポエム」とて不可能ではない。野性を取り戻すための詩形と考えて、「発車オーライ」。いや無謀だがら「発射オーライ」にしておこう。