ロシアの俳句作家たちとの往復書簡-1
ナタ―リヤ・レヴィさん ドミトリー・クゥドリャさん マダラーノフさん 俳句のバックグラウンドについてのお話しありがとう。あなたは私たちのもっとも関心のあるところをずばり指摘してくれました。 とどのつまり、これまでの俳句には二つの道しかないと言うことです。俳句における季語と十七音(有季定型)を厳格に守るか、あるいは有季定型という制約なしに自由に作品をつくると言うことです。 ここでの私たちの疑問は以下の通りです。1. もし季語と17音を取り除いた場合、これらの制約のない詩作品にあってはどんな規範があるのでしょう。さらに言えば、自由な形式で書かれた現代詩や自由詩といった作品と有季定型を厳格に守って書かれた俳句とはどう区別すべきでしょうか?。2. おそらく現代の日本においては、種田山頭火や尾崎放哉のような自由律俳句の継承は非常に数少ないのでしょうが、大部分の流派や結社で自由律俳句作品は書かれていないのでしょうか?。さもなくば、アヴァンギャルド俳句の作家たちは現在では彼らの仲間だけで交際し、自身の創作のためのいかなる理論も構築されていないのでしょうか?。 私たちにとってこの問題はロシア語における(この俳句という)ジャンルの決定にとても重要かつ微妙な問題なのです。ひとつには私たちには芭蕉や子規といったあなたたちが依拠する手本というべき古典的なロシア語で書かれた作品のモデルがないこと、それゆえ翻訳された日本の俳句作品にも、ロシアの俳句作品にも、(作品からは)ロシアのかっての詩的伝統におけるような何か特別で微妙なものがいささかも感じられなかったからです。 俳句の音数について 私、マダラーノフの考えでは、近い将来あなたたちもロシア語の文章論にそった俳句詩の形式を修正する必要があると思っています。たとえば単語数を制限するとかいった。なんとなれば、「限定」というのもまたわが国の俳句形式の重要な本質だからです。 多くのロシアの俳句愛好家たちは、音節数の実験を果敢に試みています。しかし、私たちロシア語の俳句国際コンクールのオ―ガナイザーとしては、私たちのプログラムのサイトhttp://haiku3.ru/howtowritehaikuでロシア語にふさわしい行の長さの制約をもうけています。以下はその引用です。 <ロシア語や他の言語で書かれた俳句作品の音節数の問題についてはすでにずっと以前に解決済みです。ロシア語の音節と日本語の音数はまったく別のものですが、ロシア語の音節の一般的な形式を守って、しかしながら、簡潔で寸鉄的な文体スを思い起こしながら3行で書いてください。その場合、5,7,5形式を超過することなく、その1.5倍よりは長く、したがって各行は10音節以下で作ってください。そして、1行は、残りの2行よりも心持ち長くするように努めてください。> 以上がその書簡の1/2の内容です。短歌ー連歌ー俳諧(連句)ー連句の発句を独立させ明治期に俳句形式を再発掘した子規といった流れがテキストとしてないままに、これまで東洋の島国で生まれた短詩としての俳句の面白さに注目し、自国語との齟齬を克明に検討し、独自に工夫をこらして形式を創り上げたご苦労のほどが偲ばれる書簡です。彼らにとっては、積年の疑問に実作と理論の両面からロシア語で答えてくれる詩友をもとめていたようで、とても喜んでくれました。 僕は40年以上俳句に即かず離れず取り組んできましたが、ゴリの俳句作家では全くなく、むしろ短詩表現の素晴らしさは伝統詩としての俳句と、家元制度の真似事に終始する結社俳句から距離を置くべきだと考えてきましたので、僕にとっても願ってもないご縁が出来たと喜んでいます。これからはこの場で適宜、日本語ではない言葉で俳句に真剣に取り組もうとする人や、歴史的仮名遣いに無縁で育ってきた若い世代の人たちに自身の心の襞を短い言葉、17音あるいは24音で表現する習慣をつくってもらうためのマニュアルづくりを、ロシアの俳句作家たちとの往復書簡を通して始めたいと考えています。