「日曜日。」第二話(ニ)(三)
あの娘の住む「アパート」が見えて来た。人間の言葉は長老グレーから習う。あの二階建ての外にドアがたくさん付いて、それぞれのドアに別の人が住んでいるらしい家は「アパート」と呼ぶんだ。でも、ここは変わっていて、同じような人間の女たちが住んでいる。女たちが、まとめて暮らしている「アパート」らしい。あの娘の部屋は、二階の奥の隅っこだ。僕は、初めてこの「アパート」へ来た時、興味本位に一軒一軒たずねてみたんだ。どの家でも、何か僕に食べ物をくれたけど、かつおぶしの家が、多かったな。でも、のどに、かつおぶしが貼りついて、僕が、カーーーッなんて言ってむせようものなら、皆、笑うんだ。ひどい話さ。かわいい、かわいいなんて言っておいて、苦しみ出したら笑うんだから。あれっ、僕はまた、愚痴ったか。そんなはずない。。。こんなこと、野良にとっては日常茶飯事なんだ。今更、誰かに聞いてもらう程のことでも無いしさ。聞いてくれる奴なんてどうせいないだろうし。何だか今日の僕はおかしい。雲一つない、昼間の照りつける太陽のせいで、頭がボーッとなっているんだ。「にゃーー、にゃーー。」ガリガリガリ...。あの娘のドアに、前足を立ててみる。部屋の中から、かすかに物音がする。きっと、いる。前に来た時は、買い物帰りの彼女の足元から、するりと部屋の中に入ったんだ。彼女は、「キャー、何?」と驚いていたけれど、「黒猫って、そんなに嫌いじゃないのよね。」なんて言いながら、生肉をくれた。買い物袋から、そのまま、バリバリ出してくれたんだ。その時、僕はラッキーだった。調度いい具合に、肉にありつけたのさ。 (三)「あれっ、猫ちゃん、目の色違うね。さっきと。猫ってやっぱり、生肉好きなのか。。。動物園で見た、山猫みたいな顔になったよ。」なんだ。うるさいな。山猫って。また長老グレーに聞く言葉が増えたなんて、あの時は思っていた。グレーによると、えらく大きい猫らしい。でも、グレーも会ったことはないと言っていた。それからは、時々その娘の家に遊びに行くようになった。そうしたら、港で、親父から餌を貰っている僕に、自転車に乗って港を走っていた彼女が遭遇して、彼女のほうから親父に話しかけて来たのさ。なんだ。僕は、もうすでに、キューピッドだ。あの娘が部屋のドアを開けた。「アレッ、クロちゃんだ。どうしたの。」彼女は嬉しそうな声を出したが、すぐに僕の首のリボンに気づいてしゃがみ込んで来た。ああ、ようやく、この首の違和感から解放される。彼女は封筒を開いて、読んで、少し顔を赤らめたが、すぐに顔を曇らせて長い溜息をついた。「クロちゃん。わたしね。就職するんだ。もうじき卒業なの。もっと大きな町でね。ここよりも、もっと都会に働きに行くの。ここも、お引越しして。会えなくなっちゃうよ。無理だよ。」言葉に詰まっていた。僕は待っていた。「クロちゃんとも、お別れだ。だから、今日は奮発するね。牛肉あるよ。和牛だよ。すごいでしょう。」知らないよ。でも、美味しいなら、早くくれ。えっ、青いリボン。嫌だよ。何でまた、巻きつけんの。「この青いリボンの裏に、新しいアパートの住所、書いといたから。斎藤さんなら、このリボン取って、いつか見てくれるよね。すごく遠いから、会えるとは思えないけど。」斎藤さん。ナンだ、それ。親父の名前か。じゃあ、あんたは。君の名前は、何ていうの。「にゃあ、にゃあ...。」「何?もう外に出たいの。つれないなあ。もう会えないかもしれないのに。はい。バイバイ。元気でね。クロちゃん。」パタン。ドアが閉まった。お腹がいっぱいだ。でも、なんか胸がもやもやする。ちょっと、あの公園に寄って、子供たちと遊んでみるか。命がけだが。それにしても、人間から話を聞くばかりなのも悔しい。何とか、こっちの気持ちも知らせてみたいもんだ。あれっ。またおかしな事を、今日は良く考える。太陽が更に傾いて、僕の目がどんどん冴えてきた。あのガキ共との命がけのゲームも、簡単にクリア出来そうだ。あいつら、いるかな。