葬儀の日のこと
今日は祖母の葬式の日でした。朝、施設に行って母の世話を済ませてから主人と一緒に葬儀場へ行きました。私と主人以外の家族は昨晩はここに泊まったので、身支度も済ませゆっくりした様子でした。10時・・・僧侶が来られ葬式が始まりました。誰にも知らせない近しい親族だけの家族葬のはずでしたが、近所の方や知人・遠い親戚の方たちが参列してくださって、棺の中の祖母にお別れをしてくださいました。葬儀場の方が祖母のために昨晩手作りの造花をこしらえて下さっていました。遺影写真の祖母が手にしている花と同じ花を係りの方達が作ってくださったようで、細やかで温かい気持ちがとても嬉しかったです。その造花は、生花と一緒に祖母の棺を綺麗に飾っていました。葬式の後、家族・親戚は火葬場に行き、お骨になった祖母と一緒に葬儀場に戻り、初七日の法要を済ませて自宅に帰りました。14時半・・・私は母の施設に行き、導尿や足浴などの世話をして、両親に祖母の葬儀が無事に終わったことを報告しました。16時・・・東京へ帰る義姉と甥っ子を新幹線駅まで送っていきました。義兄はもう2日残ってくれることになりました。葬式が済んでもいろいろな事務処理があります。高齢な義父母には理解し難いこともあるでしょうから、手伝ってもらえたら助かるな・・・良かった・・・と思いました。祖母の遺影と骨壷は仏壇の横に置かれ、花やお供え物で綺麗に整えられました。最期の時があまり苦しむことなく眠るようだったことと、祖母の写真がとても優しく穏やかな表情なので、亡くなって哀しいはずなのにどこか安堵したような気持ちになりました。人は人生で3回主役になる時があるそうです。1回目は誕生の時。2回目は結婚の時。そして3回目は臨終の時。2回目の主役は人によって0回~数回の場合もあるでしょうが、誰もに訪れる3回目の主役を、祖母は見事に演じてくれたな・・・・と思いました。これからお墓への納骨までは、家で一緒に過ごせます。おかえりなさい・・・しばらくはゆっくりしてね・・・と祖母の写真に言いました。 覚書・・・葬儀を行って、私が知らなかったことを書いておこうと思います。今日は「友引」でした。本来の意味とは違いますが、一般に「友を引く」という意味にとられるようになり、親しい人が冥界に引き寄せられるとされ葬式を避けるようになりました。どうしても「友引」で葬式をしなければならない時には「供人形」と呼ぶ人形を棺の中に入れるしきたりがあるようです。私はそのしきたりは知りませんでしたが、祖母の棺には愛犬ランちゃんの写真を入れてあげたので、それでも良かったのかな・・・と思いました。 祖母の遺影の前に「法名」と書いた封書が置いてありました。 「仏名」・・・仏教では亡くなると人は仏の弟子になるとされ、仏名をつけられます。仏名は宗派によって違い、天台宗・真言宗・曹洞宗などでは「戒名」、浄土真宗では「法名」、日蓮宗では「法号」と呼ぶそうです。我が家は浄土真宗だから「法名」なのですね。きっと封書の中には祖母に付けられた仏名が書かれていて、いずれ位牌に書かれるのだろうと思いました。