翻訳立国トラドキスタン
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トラドキスタン案内23
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留学生村14
ウイルス速報111
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日本内乱25
情報子31
検疫0
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専門病院47
自動翻訳55
ヤポニア5
トラドキスタンの外交35
暴動47
情報量17
トラドキスタンの言語政策20
西ハワイ語→日本語翻訳村1
トラドキスタンの教育21
翻訳川柳12
トラドキスタンの文学1
文相学2
格文1
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トラドキスタンにはイギリス語通訳者の就労年数が決められている。 本国イギリス語、グレブリ語の場合には10年、アメリカイギリス語、ユナステ語の場合には8年である。 ユナステ語の方が期間が短いのは、それだけ苦痛が大きいからである。 いわゆる定年があるのではなく、この期間、通訳として働けば、あとは国家が生活を保障するので、晴れてイギリス語以外の言語を思う存分勉強できるようになっている。 これまでこの期間を過ぎても働きたいと申し出た通訳はいないが、トラドキスタンの法律はそれを認めていない。これだけ才能にあふれた人間に、フランス語をはじめとする言語を勉強する時間を奪い、ユナステ語などの仕事をさせるのは、国家にとって大きな損失であるからだ。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2008.10.03
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トラドキスタン議会では今、英語という呼称をめぐって廃止論が持ち上がっている。 だいたい、日本語のなかにこれだけのばかげたカタカナを放りこんでおきながら、自らは「英語」と漢字のまま。 そもそも英語は世界に無数にある言語のひとつにすぎないのに、何か特別なもののように思われている。日本人なんかは白人が意味のわからない言語をしゃべっていれば、それで「英語や、英語や」となる。 もちろん漢字で書く中国語でさえ、ちゃんと国の名前が前についているのに、英語にはそれがない。 ポルトガル語でもブラジルポルトガル語という言い方があるくらいだから、もともとのやつをイギリス語と呼んで、アメリカでブッシュが話しているような品のないやつをアメリカイギリス語と呼ぶような考え方があってもいい。 イギリス語などと呼べば、フランス語、スペイン語、フィンランド語などと同じ重さで横並びになる。 そうしてこそ、日本人の深層心理に潜む「Englisch(anglais、englantia)は特別」という意識を払拭することができる。
2008.09.26
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トラドキスタン政府は大阪府に対して、先晩知事に意見した職員を罷免するよう要請した。知事に意見することがいけないのではない。内容がいけないわけではない。 ただひとつ、知事を「あなた」と呼ぶような日本語はない。 礼儀の問題を言っているのではない。あくまで言語の問題である。仮に「お前」と呼んだとしても、日本語としては何の問題もない。けんかを売るときには、相手がだれであろうと「お前」になる。 知事に対しては「知事」と呼ぶべきで、ぎりぎり橋本氏でもいいかとも思う(でも、あまりよくない。)。橋本さんはそれまでよほど親交のある人でないと不可。あとはもう、けんかを売るときの「お前」しかない。 礼儀上の問題、場の問題を除いて考えても、日本語としてはこれ以外の選択肢は考えられない。「あなた」は何語でもない。妻が夫に言う「あなた」はあくまで日本語の発想で、言いか悪いかは別にして、夫が妻に「あなた」と言う用法はない。 しかし、話相手に「あなた」を使うのは、英語のyouをそのまま「あなた」に置き換えただけのもので、断じて日本語と言えるものではない。 あの発言は「大阪府では、英語の発想で日本語をしゃべることを容認している」という結論を恣意的に下し、全国に発信したもので、大阪府の一職員にそのような権利はない。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2008.03.30
トラドキスタン政府は、マルコメ株式会社(長野市安茂里883)に感謝状を贈ることを決定した。 トラドキスタン国長が、同社の即席みそ汁「野菜を食べるみそ汁」の謳い文句が、日本国のものとしては珍しく、西ハワイ語ではなく日本語で書かれていることに痛く感激し、涙を流して喜んだため、今回の決定となった。 ◎ ねぎ、キャベツ、ほうれん草が大きくなり、さらに野菜のうまみを楽しめるようになりました。 これが育ちの悪い企業の手にかかると、次のようになる。 ××× ねぎ、キャベツ、ほうれん草がより大きくなり、野菜のうまみをより楽しめるようになりました。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2008.03.29
トラドキスタン議会は、日本国から輸入する書籍の表示をめぐって審議に入った。 これまで、トラドキスタンに書籍を持ち込むには、税関でウイルスチェックを受ける必要があり、問題の多いものは没収されていたが、研究用のものは別扱いとなっていた。 しかし、日本国では年毎にウイルスが悪質になっており、なかでも「さらなる」が脅威を振るうようになっている。これはもともと、further をまともに翻訳できない学者、マスコミ、翻訳者が自らの無力を悟られないために、日本語そのものを改変しようと卑劣きわまりない手段に出たもので、近ごろでは純真な庶民が何か時代の流れに遅れまいというような焦燥から使うような事例も出てきている。 そこで、日本国から書籍を輸入する場合には、あらかじめその書籍で「さらなる」、「より~」、「これら」、「これらの」、「すべての」が使用されている回数を把握して申請し、「この書籍には「さらなる」が17回、(不適切な)「すべての」が25回使用されています。読書の際には、母語に重大な影響を及ぼすおそれがありますので、注意して取り扱いください」などという表示をするのでなければ、販売することができないようにする法案が検討されている。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2008.01.19
日本国では小学生6年生のうち支持という漢字が書ける者が7%しかいなかったという事実が公表された。 朝日新聞をはじめ大手新聞社はこの事実を重く受け止めているが、まるでとんちんかんな説明をしている。 大人が「サポート」のような汚らしいカタカナを使えば、小学生が支持という漢字を書けなくなるのは当たり前。 トラドキスタンでは国民のほとんどが「支持する」、「支援する」、「支える」、「裏付ける」、「後ろ盾になる」などの細かな使い分けができるが、日本国ではそういうことができなくなりつつある。 朝日新聞でも、「このデータは~の説を支持している」などとたわけたことを書いている。 漢字が書けるかどうかよりも、何かを支持するのは人であってデータではないということの方がはるかに重要なはずだ。データというものは何らかの説を裏付けるものであって、支持するものでは断じてない。そういうたわけたことを書いている記者が、小学生の7%しか支持という漢字を書けないことを問題としてとりあげること自体、滑稽以外の何物でもない。 トラドキスタン政府は日本国に宣言する。 日本語はわれわれが守っていくから、日本国は勝手に好きなようにするがいい。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.05.13
トラドキスタンでは、硬直した行政に対抗するため、禁止文を定めることにしました。 今後、次の文はトラドキスタンでは使えません。使った者は法律で罰せられます。 日本国でも、ゲリラの標的になります。 × 適切かつ誠実に対応いたしました。 適切に対応したかどうかは通常、数ヵ月の時間を経て、しかも第三者の評価によって明らかになるものであり、場合によっては数十年後、後世の人たちによってその評価が問われるべきものです。 それを、血税で仕事をしているはずの人間がみずから「誠実に対応いたしました」とはいったいいかなる神経があれば言えることなのか。 役人どもには、人間の誠意を無にするようなことばはいっさい使わせないという態度で臨まないかぎり、道は開けてこない。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.03.21
× より和菓子を身近なものにする これに対して、文法的には「より」は「身近なものにする」の直前が正しいとする書き込みを受けて、シンハラ語自治州が激怒した。 そもそも、「より+形容詞」ですら、「よりよい」が慣用的にかろうじて許される程度であり、「より+動詞」、「より+文」など言語道断である。 シンハラ語には日本語との共通点が多く、「これ よりも いい」はそのままの語順で、 みーた わだー ほんだい と言う。この「わだー」というのが日本語の「より」に相当するもので、これを使えば形容詞はそのままで、比較の意味を出すことができる。 ただし、西ハワイ語のようにいきなり「わだー」で文を始めることができるのは、「わだー ほんだい」(そっちの方がよい)に限られる。 数百年にわたって、ポルトガル、オランダ、イギリスの統治下にあり、現在も英語が公用語として通用しているスリランカですら、その点はしっかりと本来の用法を守っている。 日本語にこの無法とも言える「より」の用法が現われたのは、ここ20年のことで、庶民の間に自然発生的に現われたものではない。パソコンの都合、非常に安易なマニュアル翻訳の都合、日本語の本質を理解していない劣悪な翻訳者の都合によって立ち現われてきたものである。 ウイルス速報というものはもともと、トラドキスタンの日本語を西ハワイ語の侵食からまもるためのものであるのに、日本国からこのような横槍が入ったことに対して、シンハラ語自治州は「きわめて遺憾」との見解を表明した。←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。
2007.02.09
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新しいウインドウズビスタでは、地名など本来の漢字が変換できないという不都合が生じる。葛城市など、「ヒ」の部分が「人」になってしまう。また、鯖の月の部分が円になってしまう。 日本国のテレビではこれを「困ったこと」としている。困ったことなのであれば、回収させ手、作り直させるべし。人間が生活がコンピュータの都合で変えられてはたまったものではない。 トラドキスタン政府は回収を命じた。←ランキングに登録しています。クリック,よろしくお願いいたします。
2007.01.29
日本語標準 非文 日本語標準Oが日本語の免疫機構を問題にするものでしたが、それ以前に明らかに言語としての約束事をあからさまに無視するようなものがあり、同じO標準欠格としてすませることはできません。 一般人がたまたま不注意や無知によって、文として成立していない「文」を書いてしまったようなものとは、明らかに異質のものです。 日本国では、医学翻訳を扱っている翻訳会社(現在、トラドキスタンがいじめとの戦いを支援している事件が起きたのと同じ県)の社長自らが「食べるおよび眠ることは」などという文を平気で書くような蛮行がはびこっており、トラドキスタンでは、こういうものをいったい何に分類していいものかと考えていました。 のちに詳しく説明しますが、O標準欠格やM標準欠格のものをごく大雑把にウイルスと呼んでいますが、この「食べるおよび眠ること」にみる「および」も広い意味でもウイルスに含めることにします。
2007.01.05
日本語標準 O標準 これまで、S、A、B、Mの各標準についてはお話してきました。 ここでもう一度おさらいしておきます。 S標準 一線級の力があるかどうか。A標準 日本語の「競技能力」があるかどうか。B標準 日本語の「体力」があるかどうか。M標準 日本語として健康であるかどうか。O標準は、日本語の免疫機能があるかどうか、免疫機構が冒されていないかどうかをみるものです。たとえば、「AはBであると定義される」というのが本来の日本語ですが、英語ではA is defined as B.とasを使うため、平気で「AはBとして定義される」と書く人がいます。「分類される」も同じことで、「AはBに分類される」とすべきところを「AはBとして分類される」とする人がいます。本来、異物であるものを異物であると認識できないわけです。「マレーシアの気候はインドのそれより温暖である」の「それ」もそうです。もともと、論理的に考えて、「マレーシアの気候」と「インド」とを比較することなどできるはずもなく、言語というものはわかりきったものはあえて言わないという最小エネルギーの法則の上になり立っているものです。形の上だけの論理性を求め、本来異物であるはずのものに気がつかなくなったのであれば、日本語の免疫機構が冒されていると言わざるをえません。 もちろん、そういうことをわかったうえで、日本語のなかに新しい表現なり、言い回しなりを取り入れることもないではありません。また、そういうものが一概に悪いことだとも言えません。ただ、その場合でも、臓器移植と同じで、一時的に免疫機能を抑制しておかないと、移植した臓器が生着するのがむずかしくなります。「これらの」はもう日本語のなかで使われているとか、定着しているとか言う人がいますが、仮にそうだとしても非常に危険な「移植」であることに変わりはないのです。 免疫抑制剤だけをじゃんじゃん使って、とにかく異物と認識させないようにはしていますが、それで日本語という宿主に果たして今後何の問題も起きないという保証はどこにもありません。少なくとも、「移植」にかかわっている人たちがあまりに脳天気すぎます。本当に将来、日本語の重要な骨組みとするつもりがあるのであれば、今のようないい加減なやり方では絶対に困ります。私が「これらの」などの使用に反対する理由です。 新しいことばの使い方を話題にする、すぐに「もう使われている」という言い方をする人が多いのですが、ここではまず本来異物であるかどうかを問題にしていきましょう。 異物がいけないというのではなく、異物は異物であるという認識がまず必要なのです。
英語を学べばバカになる 薬師寺仁志 光文社新書
2007.01.03
昼のテレビで、外国製ふきんの説明文を取り上げ、おかしな日本語を笑いものにしていた。 メモしようと思ったが、書き取れたのは次のふたつだけだった。 × 洗剤が免除されます。 × 身体について害されるケイスがあるない。 スタジオは大笑い。だれかチェックするやつおらんかったんかという調子だった。 古都大学の教授が監修した翻訳書を(粗悪な西ハワイ語研究のために)読みなれているトラドキスタンの研究者には、とりたてていうほどのものではなく、下には下があることがわかっているが、日本人には面白いらしい。 その(笑える)日本語を目当てにふきんを求める人がいるらしい。もしそれが本当なら、その古都大学の教授が監修した翻訳書をもっと宣伝すれば、爆発的に売れるようになるかもしれない。 それはそうと、この日本語、いったいだれが書いたものなのか。それによって、判断がちがってくる。 □ 外国人が書いていたとすれば、 隣のサルの尻が赤いと言って笑うでない。自分の尻の方がもっと赤い。 □ 日本人の翻訳者が訳したとすれば、 ふきんの説明書だけでなく、ありとあらゆるものをテレビで取り上げ、白日の下に晒すべき。 □ 機械翻訳でやったとしたら、 もっとまともなソフトを開発しろ。
2006.12.30
トラドキスタン政府はケチュア語を準公用語に追加した。 これで準公用語は16言語となった。
2006.12.29
ポルトガル語がトラドキスタンの準公用語に採用されました。
2006.12.27
トラドキスタンの議会では現在、新たな議案が持ち上がっている。 わが国の議会では、学術書を中心に、日本語の母語話者の思考に悪影響を及ぼす可能性のある文が氾濫している現状を鑑み、これを法律によって裁くことができないかという思いが支配的である。 ただ、いったいどのようなかたちで、取り組めばよいか、現在だれひとりとして決定的な答えを出せる者はいない。 たとえば、「多種のスキャンは診断に広く用いられ、しばしば示唆に富むが、小さな転移巣の発見には信頼がおけないし、肝硬変や異常所見を示す他の良性疾患から腫瘍を鑑別することは常にできるわけではない」という程度のものでは、その有害性を立証するのはむずかしい。 ただ単に「あまりいい文ではない」、「要するに下手なだけ」で片づけられてしまうおそれがある。「おけないし、」は確かにしまりがないが、「おけず、」にすればすむことで、ただそれだけのことである。 転移巣の発見に「信頼がおける」を使うのは日本語としてはおかしいが、おかしいだけで人を裁くことはできない。 このような文を放置しておくと、「信頼」と「信用」との使い方の違いがなし崩しにされていく。もちろん、ここでたまたまこのふたつを出してきただけのことで、せっかく微妙な違いのあることばがいくつもあって、日本語を豊かにしているのに、そういうものを意識的に区別して思考しようとする姿勢が、研究者や大学生から根こそぎ奪われていく。 ただ、問題は「で、それがどうなんだ」という切り返しである。 学問上の論争なら受けて立てばすむが、法律を作るとなるとそうはいかない。
日本語標準は、日本語の力をヒトの健康や体力に喩えて段階を設定したものです。 M標準は日本語として健康であるかどうか、B標準は日本語としての体力があるかどうかを問題にします。 A標準は競技能力があるかどうかを問うものです。ですから、文章を書いて仕事をしようとする人は当然、このA標準を満たしていなければなりません。しかしながら、翻訳者でもいわゆる文筆業の人でも、このA標準を満たしている人にはなかなかお目にかかることができません。せめて、日本語としての体力を問題にするB標準でも満たしてくれていればいいのですが、それもおぼつかない人の方がむしろ多いと言っても過言ではないでしょう。 こんな調子ですから、一線級の力を問題にするS標準は、基準として設定はしてあるものの、ほとんど飾りといってもいいようなものです。
2006.12.24
トラドキスタンでは、日本語の問題を考えるにあたって、5段階の日本語標準を設定しています。 日本国では何冊もの日本語関連本や文章読本が出版されています。日本語関連本のほとんどは、まちがいかどうか、正しい日本語かどうかに終始し、文章読本はひたすら、いかに「上手な」文章、感動させる文章を書くかを伝授しようとしています。 要するに、ここにはまず「正しいかどうか」があって、その次はいきなり、「上手かどうか」です。「ら抜き」ことばが問題にされた時期がありましたが、なぜ「ら抜き」ことばはいけなくて、「ゲットする」はお咎めなしなのか、「これらの」や「より~」がなぜ問題にならないのか、そのわけがわかりません。 日本語関連本が「的を得る」、「怒り心頭に達す」などがまちがいであると指摘している傍らで、翻訳者を名乗る者たちが「私は小さいときから、身体が弱かった。したがって、医者になった」のような「したがって」の使い方を平然と「敢行」し、大学の教授が「訳語を決めるときは徹底的に調査して」(「調べて」でしょうが)というような「調査する」の使い方をして何とも思っていない。 テレビをつければ、アナウンサーが「9人中5人すべてが」とのたまう。警察は警察で「痴漢やゆすりは犯罪です。これらの行為を見かけられた方は」などというポスターを作る。「このような行為」でないと、感覚的に理解できない。 もちろん、医学書をはじめ、翻訳書のなかには、それどころではすまない「怖ろしげな」(何語ともつかない)言語がうようよ蠢いています。 日本語の問題を考えようとしても、さまざまなレベルの問題をいっしょにしたままでは、なかなかうまくいきません。そこで出てきたのが、日本語標準の5つの段階です。 O標準 M標準 B標準 A標準 S標準
2006.12.23
R ル S サ T タ U ウ V ヴァ W ワ X ペケ Y ヤ Z ザ
2006.12.21
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