八ヶ岳の岩壁にびびる
久々に冬山に行くことになった。かつてはシーズンともなれば寝袋が乾く暇がないくらいの勢いで山にいっていたものだが久々の冬山ともなれば物置から道具を引っぱり出すのに一苦労だ。ましてやクライミングともなれば持ってく荷物も重くなる。一体クライミングギアってどこにしまったっけ?目的地はあまりに久々すぎるので自分が今どの程度登れるのかわからないのでとりあえず八ヶ岳の西面とする。相棒は最近めきめきとクライミングの腕をあげているTちゃんである。「中山尾根に登ってみたい」と彼女は言った。中山尾根は八ヶ岳では中級者向けのクライミングルートであり、私もかつて全盛期に単独で登ったことがあった。しかし今はセカンドでも登れるかどうかもあやしかった。でもまあなんとかなるだろ。俺がリードできなかったら彼女にリードしてもらおう。といい加減に考えて八ヶ岳に向かったのである。2月27日(月)朝から快晴。春山のようなぽかぽか陽気だ。美農戸からしばらくは夏道も露出していたがしばらく歩くと途端に雪が深くなる。ああ久々の荷物が重い。昨日は下の方が雨で2000mから上あたりで雪だったのだろう。トレースは何とかあるものの、この時期の八つにしては多めの雪にやや時間かかって行者小屋に到着する。目の前には赤岳から横岳~硫黄岳と続く岩壁群が青空をバックに大迫力でそびえて見える!ああ山はいつ来てもいい。気温は5℃程度とこの時期にしては異様に高く、小屋の屋根からぽたぽたと雪解け水がしたたり落ちていた。しかしこの気温は非常に危険であった。土曜日に晴れたため雪の表面がクラストしてさらにその上に日曜に大量の新雪が積もった状況でなおかつ今日の異常な高温。。。これはいつどこで雪崩が起こってもおかしくない状況である。予定では本日足慣らしに赤岳ショルダーリッジを登るはずであったが、取り付きまで雪崩の危険があるので中止とする。かといって他に登る山もない。以前やはりTちゃんと3月の白馬岳主稜に登りに行って、やはり天気はよいのに雪の状態が悪く昼間っから酒盛りして終わった山行を思い出す。あの時のぐーたらはくりかえすまい。昨日の雪でどこもトレースが期待できず明日以降も相当の苦労が予想されたので、本日は明日登攀予定の中山尾根までトレースをつけに行くことにする。誰もいない小屋の屋根の下にテントを張って昼過ぎに出発。行者小屋から中山乗越までは一般道であるのだが、珍しくトレース(足跡)がなく膝までのラッセルにあえぐ。中山尾根にとりつけばなおさらトレースのかけらもなく、膝からところによっては腰までもぐる雪の中を交替交替でラッセルする。こんな天気の良い日に樹林帯の中を雪と格闘するのはむなしいがこれもすべて明日のためにだ。3時間かかって中山尾根下部岩壁に到着し、そこに登攀具やロープをデポ(残置)して下山する。3時間かかった雪道も下りは30分だ。テント帰着はまだ午後4時半でゆっくりと夕食の準備をして大量のお酒を飲む。おそるべきことに2人とも平均以上に酒好きなので持ってきた酒はビール、ウィスキー、焼酎、日本酒、梅酒などなどゆうに2リットルを越えていた。しかも冬山なのに生米を炊き、回鍋肉を作り、つまみにあぶらげにチーズ包み焼きなど作って一体我々は何しにきたのだろう?そうか山に飲みにきたのだとほろ酔い加減の頭で考えつつ、静寂の冬山の夜は更けていく。テントの外に出てみればすさまじいばかりの星が輝いているのであった(※冬山で飲みすぎは危険です)2月28日(火)翌朝も快晴。気温はやや高くぐっすり眠れた。マイナス5℃くらいか。6:40に出発し、昨日つけたトレースをたどる。雪はあいかわらずしまりがなくトレースのない箇所はずぼずぼともぐる。昨日つけておいたトレースが幸いして1時間たらずで中山尾根の下部岩壁に到着する。下部岩壁はけっこうおったていて見た目怖そう。 昔単独で登ったときは「何だよ楽勝じゃん」といってノーザイルで登った記憶があるがそんな自分が信じられないよ。びびってる私を尻目に「私が行く!」とやるきまんまんのTちゃんがリードする。さすが11クライマーだけあって、手袋にアイゼンでも難なく核心部を通過。20mほど登って1ピッチ終了。この次のピッチはいやらしい草付きのミックス岩壁なので、私がリードする。岩場では技術がものをいうのであるが、こういったいやらし系・いやいや系の草付きとか雪壁とかは経験がものをいうのだ。草の根元にアイスバイルをぶちこみ、岩のでこぼこにピッケルの刃先を1ミリくらいひっかけて全体重かけて登っていく。昔とった杵柄を発揮!下部岩壁を突破すると、きれいな雪稜2ピッチで核心の上部岩壁へ。ここもがぜんやる気のTちゃんがリードするというので「おねげえします」とロープを渡す。下半部はホールドが細かく手袋での岩登りはきつそうだ。アイゼンの爪をひっかけるでっぱりが少なくがりがりと音をたてながら登っていく。 Tちゃんが登っている間に硫黄岳の方からむくむくとガスがわいてきて、さっきまでの快晴がうってかわって深い霧がたちこめてきた。霧にまかれるとさあとばかりに風がごうごうとうねりだし、まっすぐたてないほどの強風が吹き荒れ始めた。上部のオーバーハング気味凹角をぬけるとお互いに姿も見えない上に、風にかき消されてお互いの声も届かない。ただつながったザイルの動きをみてお互い相手の意図を判断する。ロープが50mいっぱいにのびて止まったので「登ってこい」の合図と判断し、支点をはずして自分も登り出す。よくこんなとこリードしたねと思うほどの細かいフェースを強風の中何とか登り、見た目よりか易しい凹角を抜けると核心部は終了、あとは部分的にいやらしい雪壁が続いていく。動いている時はいいがじっと相手を確保しているときは強風が辛い。もういいかげんいやだと思うが自分が動かなければここから脱出できないことを知る。そして歩くのだ。 周囲はすっかりガスに包まれてしまった。最後のトサカ状岩壁を右から巻いて稜線に到着。12:40。ああこれで無事帰れるよ。一般道にでてしまえばほっと一息。しかし、一般道とはいえ、ここは八ヶ岳の主稜線上でしかもトレースはなくガスで視界もきかず、さらにはまっすぐ歩けないほどの強風である。まいあがる雪片が裸の顔にあたると目を開けられないほど痛い。立ちこめるガスで足下も定かではない。今まで何十回と通ってきた道にさんざん迷う。そしてさんざん迷って何とか地蔵尾根の下降口の標識を見つけたときは今度こそほっとした。地蔵尾根もトレースが消えかかっていたが、もはや危険なところはない。ここまでくればもはや下山後のビールに思考の中心はうつっていて気抜けしたまま下山していく。そんな気抜けした我々パーティーの後から猛スピードで単独の登山者が追いすがってきた。こんな悪コンディションの雪山に単独行とは大したものようのう。と思って挨拶すると、何とかわいらしい女の子である。夏山単独行の女の子なら見たことも多いが、冬山単独行の女の子は初めてみたよ。いずれ名のあるお方なのかもしれん。行者小屋のテントに戻っても風は強く、ガスに包まれたままだった。黙々とテントを撤収し早々と下山する。しばらくすると大粒の雪が降ったり止んだりの天気。我々はちょうど良い時間に登ったのかもしれない。夕刻前には美農戸の駐車場にたどり着いて今回の山行はすべて終了である。久しぶりの冬山、久しぶりのクライミングで、ブランクを感じた次第であったがそれでもやっぱり山はいい!今回はTちゃんに引っ張られてしまったが、いずれまた山に本格的に復帰した時は、また単独でノーザイルで登れるくらい気合いの入った登りがしたいなあと密かに闘志にちろちろと小さい火がついてきた。さあて今度は奥多摩の岩登りゲレンデでも行ってみるかな・・・