永遠ではない
悲しいことを想定しておくと、悲しいことに耐えられるような気がして、昔から、いつこの世からいなくなるかわからないと思っている。車に乗れば生きて帰ってこられるかとか、家族を急に失うとか、そういう縁起でもないことをよく考えていた。そうすると生きて帰ってきたり、また家族に会えることがうれしいと思うのだ。バカバカしいと言えばバカバカしい。しかし、それだけでは済まない何かがあるような気がする。昔、実家で犬を飼っていた。先代と二代目がいて、時代的に一緒にはいなかったが。彼らが歳をとってきた時、いついなくなるのかと、心配で仕方なかった。が、そういう縁起でもないことを考えるクセがあったからか、死んでしまった時も少し準備ができたような気がする。いや、やはりできなかったかな。人生は、命は永遠ではない。だから、命を奪い合う戦争はもちろんだが、ケンカをしている時間ももったいないと思うが、しかしケンカをしてしまうのはなぜなのか。やれるだけのことをしたら、人生が終わってもしょうがないと思うが、まあそんな達成感があるわけはないだろう。日付けが変わったので、今日というか昨日も無事に過ごしたわけだ。今日は、今日が人生最後の日だとするとなかなか忙しいが、まあそんな気持ちでがんばろう。久々に、ムチャクチャくだらないことを書いたような気もするが、たとえばこれが最後のブログになったとしたら、だいぶ意味は変わるだろう。がんばろう。だけどその前に寝なくちゃならん。体は多分少しずつ復活。今日は縄跳び600回に増やした。おやすみ。ちゃんと起きろよ・・・