引田部赤猪子 日下江の入江の蓮花蓮
引田部赤猪子(ひきたべのあかいこ)日下江くさかえの入江の蓮はちす花蓮はなばちす 身の盛さかり人羨ともしきろかも古事記下巻 95日下江の入江の蓮 花盛りの蓮その花のように美しい盛りの女たちがうらやましいなあ。註かつて若き日、雄略天皇に見初められながら、長らく忘れ去られてしまっていた引田部赤猪子(あかゐこ)という女性が、老いて天皇に奏上した「志津歌(しづうた)」という。志津歌とは「魂鎮(たましづ)め」の歌と解されるが、今日いう「鎮魂歌」(追悼歌)より意味が広い。この歌ではどちらも存命であり、一種の相聞(恋歌)のようでさえある。日下江(くさかえ):現・大阪府東大阪市日下町付近。→ ブログ「長生きも芸のうち日記」蓮(はちす):蓮(はす)。語源は「蜂巣」。花托が蜂の巣のような形をしている。→ 原始ハス羨(とも)し:現代語「乏しい」(不足している)の語源だが、上代語としては「うらやましい」「珍しくて心惹かれる」などの意味も優勢だった。ろかも:深い詠嘆・感動や親愛の情を表す上代語の語尾。接尾辞の間投助詞「ろ」に、詠嘆の終助詞「かも」が付いたもの。