「村上海賊の娘 上・下」 和田 竜
2013年10月 新潮社より「ならば海しかない。頼るのさ、天下一の海賊に」「こんな面白いこと、他のやつにやらせてたまるか」動揺する難波と瀬戸内海、景は向かう、波濤の先に何が待ち構えていようとも。(上巻表紙裏紹介文より)「オレならできる」「この木津川を通りたいちゅうんやったら、束になって掛かって来んかい。 死んでも通さへんど!」それぞれに迫られる決断、そして自分はどうありたいか、という問い。(下巻表紙裏紹介文より)戦国時代、織田信長が一向宗の本願寺攻めに絡む話です。信長は本願寺を兵糧攻めにする作戦。本願寺の門主・顕如は雑賀党の鈴木孫市(雑賀孫市)に助力を仰ぐ。孫市は顕如に進言し、毛利家に海からの兵糧入れを依頼させる。毛利家は、上杉謙信が起つのを待ち、共に本願寺に加勢して共に信長を倒すべきか、信長が勝つと見込んで信長味方し、家の安泰を図るべきか迷う。謙信は北陸の一向宗と戦中、信長を倒すためにこれと和解して本願寺に味方するのか、それとも一向宗とは和解せず、従って本願寺の味方もせず、信長と戦わないのか不明。歴史が大きく早くダイナミックに動く中、どこも自家の存続をかけて、どう動きべきかを必死に模索する時代背景です。主人公は村上景(きょう)。瀬戸内の大半を勢力下におさめ、村上海賊を最盛期に導いた村上武吉の娘。顔立ちは目鼻立ちがはっきりして彫りが深い、欧米人的な顔。この時代の美女はおたふくですから、醜女とみなされています。また、父の配下の男達に混じって海に出て船を襲うという海賊働きも行い、部下達の誰よりも強い悍婦。20歳ですが、嫁のもらい手がない。でも、本人は海賊(できれば美男の)に嫁いで、夫と一緒に戦に出ることを夢見ています。憧れの女性は、三島神社の大祝子(おおほうり。神社の神職)の娘・鶴姫。伝承では、鶴姫は夫を助けて数において劣勢の戦に参加し、見事勝利を収めたらしい。そんな男勝りの景が、織田vs本願寺・毛利の戦いを舞台に活躍するスピード感あふれる時代小説です。 以下、粗筋と感想になります。ネタバレに注意。本願寺から兵糧入れの依頼をされた毛利家。水軍は持っていますから、兵糧を入れるだけならできますが、戦となれば兵糧を運ぶ船を狙う織田側の水軍と戦わなければならない。そのため村上海賊に力を貸してくれるよう依頼します。村上武吉への使者に立つのは、小早川隆景の家臣・乃美 宗勝(のみ むねかつ)。毛利水軍の古強者であるハゲの老人。もう1人は、同じく毛利水軍の長である児玉 就英(こだま なりひで)。こちら毛利輝元の家臣なので宗勝よりは立場的には上、でも若く、水軍の経験も浅い姿のいい若武者です。武吉は児玉就英が景を嫁にもらってくれるなら協力しても良いと答えます。就英は怒って断って帰っちゃうんですが、宗勝が後から返答するととりなし、結局、毛利家の会議で、就英は毛利家のために景を妻とすることを承知させられてしまいます。気の毒に。(笑)その頃、瀬戸内海で、本願寺へ船で駆け付けようとしている一向宗の信者達が海賊(村上家ではない)に船を乗っ取られてしまう。景は海賊を倒し、信者の源爺と留吉少年に出会う。そして「異人を見慣れた大阪には、景を美人と思う男達が大勢いる」という源爺の言葉にときめき、信者達の船に上乗りして大阪へ送っていくことに「上乗り」とは、軍船ではない船に海賊が船頭として乗ること。瀬戸内から大阪方面まで、他の海賊が上乗りしている船は襲わない、という海賊達のルールがあるのです。大阪湾で、景は海賊の真鍋七五三兵衛(しめのひょうえ)に出会います。景が期待したとおり、真鍋家を始めとする泉州侍達は景を美女として絶賛、厚遇してくれます。幸せで浮かれる景。景は木津川砦に源爺と留吉を送り届けた後、泉州侍達に同行して、織田軍vs本願寺の戦を観戦します。泉州侍達は木津川砦を、織田軍本体は本願寺を攻め、本願寺からは孫市ら雑賀衆が加勢、崩れかけた織田軍を七五三兵衛が救い、ピンチに陥った七五三兵衛を泉州侍の沼間義清が助け…といった白熱の攻防。戦を華やかなものと捉え、憧れる景にとっては楽しい見物でした。しかし、ここでムカつくことが。木津川砦の責任者である一向宗の下間頼龍が、信者達をもっと戦わせるために「進めば極楽往生、退かば無間地獄」という旗を立てるのです。地獄に怯えて撤退できなくなった信者達。一向宗の教義は、ただひたすら仏を信じさえすれば誰であっても極楽往生できる、そのために何かをなさなければならないということはなく、念仏を唱えてただ信じ切れば死後の極楽往生が約束される、というもの。源爺と留吉も、仏を信じている自分達は既に極楽往生が約束された身であるが、そのお礼にと、神の敵・織田信長を打ち払うために本能寺に駆け付けてきたのです。それなのに、今更の「退かば無間地獄」。信者達を騙していると、烈火のごとく怒る景。私もムカついた!泉州侍の攻撃に押されて退却する信者達の中、源爺は退いてはならぬと一人向かっていきます。威しで足下に弓を射ても止まらない。泉州侍達は本気で源爺を倒そうとし、必死で景はそれを止めようとしますが、押さえ付けられ、源爺は七五三兵衛の槍によって射殺されてしまいます。源爺に恨みはないし、ジジイだし殺す必要もないが、敵として迫ってくるなら捨ててはおけないというわけです。そして景は七五三兵衛から、もののわからない面白くない女、と断定されてしまいます。男達は皆、家の存続のため非情となって戦っているのに、ただ戦に憧れているだけの感情で源爺を助けたがっている甘っちょろい女だ、と。それでも景は留吉を救おうと木津砦に向かう。しかし、「頼龍に騙されている」と訴える景に、留吉は怒り「自分達は脅されて戦っているのではない。既に成仏を約束され、そのお礼に御仏の敵と 戦うために来たのだ。源爺は成仏したのに違うとでも言うのか。帰れ」と罵るのです。傷心を抱えて、能島に戻る景。すると辺りは戦支度。毛利の兵糧入れに手を貸すことになっていたのです。しかし「もう戦はいやだ。見たくない」と景は、小袖を取っ替え引っ替えして、奥で女中達と遊び暮らす生活を送ります。児玉就英への輿入れも決まっていますしね。しかし、村上武吉は船は出しますが、戦をする気はない。上杉謙信が参戦しない限り、戦端を開かないつもり。そして謙信は参戦しないと見ている。これは毛利家を支える小早川隆景の意向でもあり、なので村上水軍は大阪まで行くのですが、待機するのみ。そのことを知った景は、留吉を救いたいという強い意志に突き動かされ、小袖を脱ぎ捨てて戦場に向かう。結局、兄・元吉が率いる村上海賊達が引き返すことを決めた夜、景は一人で抜け出し雑賀孫市の助けを借りて、七五三兵衛が率いる真鍋海賊に戦いを挑むのです。この時、村上海賊の必勝の秘術「鬼手」が発動します。そうとは知らず、発動させたのは景の弟・景親(かげちか)。体は大きいが臆病な景親は、幼い頃から姉の剣術の稽古台にされ、遊んでは置き去りにされ、横暴な姉に酷い目に会わされ続けて育ちました。しかし、姉が一人真鍋海賊に向かう時、「自分は臆病だから行けない、すまない」と謝る景親に景は「いいんだ」と笑って無理に連れて行こうとはしなかった。良い姉だった、この姉を見捨てるのかと悩んだ末、引き返す途上の船の上で大声で呼ばわる。「村上海賊でただ一人、真鍋海賊に戦を仕掛けた者がいる。わが姉、景姫である!」それを聞いた村上海賊達は、一人残らず咆哮をあげ、主人の下知もないまま船の向きを変えて戦場へと向かうのです。ここのシーン、迫力あってカッコ良くて鳥肌たつくらいゾクゾクした。「鬼手」とは女を兵船に乗せること。姫と呼ばれる存在を守るために、男達は正気を忘れ、バーサーカーのごとく戦うために起こる現象でした。景が憧れる鶴姫の伝承も、鬼手を発動させていたのです。その後は、村上海賊と真鍋海賊の死闘が繰り広げられます。死闘なんだけど、真鍋海賊が陽気で楽しそうで、あんまり悲壮感はなかった。村上海賊側も、昔の戦なので名乗りを上げたり、会話したり、なんとなく牧歌的。とはいえ殺し合いなので、犠牲者は双方共にすごかったけど。景は、かつて憧れた戦の中でぞくぞくするような昂揚感の中で敵を切り伏せつつも、「今すぐにでもやめたい気がする」と、戦を悲惨なものとして感じる心を抱えて戦っている。でも何のために戦っているのか、勝って目的を果たすために何が必要なのかを知り、勝つために必要な非情さも持って戦っている。大人になったんだなあと思いました。可愛いと思ったのは、景と景親。景は敵を斬り倒しながら、敵が避けきれないのを見て「景親のやつ、案外すばやかったんだな」と笑い、景親は敵の刃をかわしながら「姉に比べるとゆっくりだ」と感じている。姉弟、仲いいなあ。そして臆病な景親が男になる瞬間が訪れます。体が大きく、姉に鍛えられて敏捷性もある景親、足りないのは勇気だけ。その一歩を前に踏み出し、勇者となった瞬間は拍手したい程でした。戦況は何度もひっくり返り、ドキドキハラハラ。最後まで楽しく読みました。唯一、よく解らなかったのは、真鍋側の瓜兄弟。兄が道夢斎を助けたのを弟が見ていて、「何で助けたのか?」と尋ねるんですよね。すると兄が弟を殴り、弟は何で殴られたのかがわからないのです。でも、私も解らなかった。瓜弟と一緒か~。(^^;