外伝:大陸の風を>正倉院夢物語その6
「もう都の近くまで戻ってきておられるようだ」 「帝から、○の刻に宮中に入るように勅使が下されたそうだ」 宮中で、そんな話を聞いた途端、私は持っていた仕事を隣のモノに押し付けて、はやる心を抑えつつ静々と宮中を出ると、都の外に向かって駆け出していた。 『二艘もどられたそうだ。港から帝に速足にて文が届いたそうだ』 そう小耳にはさんだ時、持っていた巻物を落としそうになった。 戻ってきた 戻ってきた! 二艘? あの方はどうなったのだろう? 生きていて欲しい。いや、あれほどのお方だ、生きているに違いない! 柱の陰に隠れ、続きはどうか耳をそばだてる。 『大使どのは無事らしい、いやはや、本当に強運の持ち主よ。』 『これで、帝の誉れも高くなろうよ。まっこと・・・』 ああああああ! 生きていたんだ! 流石あの方だ! 早く会いたい想いに胸が高鳴るも、都を出ることもあたわず、 ただただ、 一日千秋の思いで、一行が戻ってくる日を待ち望んでいた。 都に入り、宮中に入ってしまえば 多くの行事が彼に降りかかってくるだろう。 おどど(大臣)方も、よもやま話に、今後の政策の暗躍を胸に彼の元をひっきりなしに訪れよう。 そうなれば、私などに会う暇など、 ひと月先になるか、ふた月先になるか。 その前に、しっかりとあの方のお顔を拝したい。 できれば、お帰りなさいと一言だけでも告げたい。 嬉しい 嬉しい どんなにこの日を待っていただろうか。 あの方が旅立ってからどれくらいの月日が流れただろう。 ********************* 『私は今度、大陸に行く』 一瞬、お得意の戯言でからかわれているのかと思った。 しかし、貴族の真面目な顔から、それが戯言でない事が分かった。 あのお方はもともと大陸出身で 『途中で死んでも良いっていう人生を投げたところがあったのに無事に着いた上に好待遇で官位を得てしまった』とおっしゃっていた。 せっかく危険な船旅を経て命と富を得たというのに、 また、命をかけるような事をなさる。 この方の心を真に満足させるものは何だろう。 命も富も名誉も・・・宮中では誰もが血眼になり、魑魅魍魎のように欲するものは、貴方の眼中にはないのでしょうか・・・。 『ここの風は、大陸の風に似ている。そうだ、無事帰った暁には、そなたに大陸の風を土産にもってきてやろう』 そして、貴族は再び大陸に戻っていた。 あれから何年たっただろうか。 そう、約4年だ。 私もあれから宮中での地位も上がるとともに、 まつりごとの泥臭さと取引を知るようになった。 そうなればなるほど、 あの方の心意気と行いが、泥池に咲く花のように清々しいものであったと 懐かしくも焦がれる想いがつのった。 もう、会えないのかもしれない。 そう諦めかけたその時の知らせであった。 都の外では、行列を一目みんと民が壁をなして押し寄せていた。 なんとか、押しのけるように列の先頭に出た。 ああ、行列が来る。 あの方は・・・ よく見ようと、背伸びをするために、足元がおろそかになり・・・。 後ろの群衆に押され、あ、っと気がつくと地面に倒れこんでいた。 『あははは、相変わらずよのう』 頭上から、聞きなれた、しかし、もう大分長い間聞くことができなかった声が響いた。 泥のついた、顔をあげる。 逆光に映し出された顔の細部は判らなかったが、 確かにあのお方だった。 『無難でなにより。また飲もうぞ』 無難だったのは貴方だ。 そう言いたかったが、 目は涙で滲み。 口は嗚咽でふさがりそうになっていた。 ************************ 帰国の行事も全て終わり。 さて、次はおとど殿の御訪問だと思っていた矢先に、 『今宵はよき月になるゆえ、そなたの笛で酒を飲もう。約束のモノみせようぞ』という由の文が届き、私は腰を抜かしそうになった。 まったく、常識を覆すお方だ。 屋敷を訪れ、部屋に通されると美しい女性がすでに座しておられた。 文の通り、美しい満月の夜。 求められるまま、鍛錬の成果をお見せ出来ればと笛を奏でた。 ・・・ ・・・ 「やっぱりお前の音は田舎者だなあ」←(爆 笛師「4年研鑽を積みましたが、まだまだでございますか……orz」 貴族「では、大陸の鳳凰の声を聞かせてやろう」 家人に申しつけて、出てきたものは大きな見たこともない楽器であった。 名を「箜篌(くご)」というそうだった。 大使が奏でる。 両の手の指が、不思議なまるで別の生き物のように動き,聞いたことがない音階が生み出される。 そして、 その曲に合わせて先ほどの美女が踊るありさまと言ったら・・・。 誠、この世のものとは思えないとはこの事ではないかと私は思った。 庭を照らす白い月の光。 奏でる貴族と舞う姫の姿も淡く白く輝き・・・その透明感に、二人とも実は月の光が姿を変えたものではないかという錯覚すら覚えた。 曲が終わり、 舞いが終わった。 『僧は経を持って帰り、私は文物・制度を持ち帰る。それだけではつまらぬではないか。 あのシルクロードの風・・・、活気のある空気。 生きた文化とは音楽や舞い、命の躍動そのものを伝えられるものを持ってきたかったのだよ。これが約束した大陸の生きた風よ』 大使の言葉に我に返った。 月の光。 大陸の風。 ああ、私の奏でたものはなんであったのだろう。 頑張ったというエゴだけではなかったのだろうか? 衝撃に打ちひしがれ、言葉も出なかった。 それを見ていた姫が、なにやら貴族に耳打ちをした。 聞いていた貴族の顔に楽しそうな笑みが浮かんだ。 「もう一度、同じ曲を奏でてくれと言っておるぞ」 「はぁ?」 思わず、問い直してしまった。 「鳳凰の声でも竜の声でも、風は同じく舞いまする。と申しておる。 これは一興な。大陸の風と大和の龍。共に奏してみよ」 先ほど一回聞いたとはいえ、 初めての音階に、リズム。 今思っても大変難しかったと思うが、姫は見事に舞って下さいました。 このとき、私(笛師)の胸に大陸と大和の融合を夢見る心が芽生えたのでございました。 そしてこの記事を書いたように、 クゴとの演奏に向かう日が来るのでした(や、惨敗でしたが:爆) http://plaza.rakuten.co.jp/ugetunitobou/diary/201004200000/このクゴの日記を書いた頃は、あまり深く読み込んでいなかったので 大使をこんなに慕っていたとは思いませんでした。 けど、正倉院展で色々な物を見聞きしているうちに、 「感情」が湧きあがってきたのです。 なお、この日記に対して、時を越え、『貴族様』のお言葉を頂きました。 **************** 『途中で死んでも良いっていう人生を投げたところがあったのに無事に着いた上に好待遇で官位を得てしまった』とおっしゃっていた。 ↓ あなたの国へどなたか是非と請われたとき、誰もが尻込みしたのだよ。 とても危険な旅だと知れ渡っていたから。 私はこの繁栄し安定した都の宮中で徒に齢を重ねることに飽きていた。 妻子も親も失って久しい。 だから応じたのだよ。 辿り着けなくても全く構わないと思ってね。 あなたのように待ち焦がれていてくれた人を知って、無礼に軽んじたと 一応反省したのだよ。 笑 ************************ めっそうもないお言葉に、私の過去生の笛師は泣きました。 あの時代、男性も女性も涙を流して、いつも心の浄化をしてたんでしょうね~。← いえいえ、心の琴線が今より、ずっと敏感だったのでしょう。 今振り返ると、彼(貴族様)はいい意味で、外を知って内も見れる目利きな方でした。 だからこそ、彼にお墨付きを頂けるような奏者になりたい(=内外関係なくいい音、っていうお墨付き)って頑張ったんでしょうねぇ、あの生真面目さんは(笑。 で、そんな貴族様だから、本当に好きだったんでしょうねって、 現在になって告る機会もできましたw。 あの頃は身分が上の方に、そんな感情を伝える事が恐ろしくてできなかったですね。 現代と言う時代もまた「いい意味で」自由になったのですね。 このシリーズを書く上で、お二人には監修を入れて頂いたのですが、 そんな私の告りに、 さつきのひかりさんも『好きでした』と告っておられました。 好きだという思いを、胸に秘めて見守るのも、時に大事。 けど、言わなきゃ伝わらない。 言った方がいいのか、 言わない方がいいのか、 それは、その時の状況で判断するしかないけど。 1300年記念に、数百年の時を越え、 今なら言えるかな~と あのお方に、伝え合えた私とさつきさん。 それはそれで、すっきりといい機会だったのですね。 もちろん、貴族様のリアル本体も大好きでございます え?状況を見て、言わなくちゃいけない事は言わなくちゃねw。