『そこにあるのは現実…』 その29
その29 ~ 姉2 ~(すごい…。右腕の中で魔力が湧き上がる感じだわ。)右腕からの震えがスイドリームの体全体に伝わる。それはあらかじめ予期していたことだが想像以上の歓喜の様な感覚だった。通常、魔力の移動はエネルギーの移動とよく似た現象となる。例えるならば熱を奪われるような感覚が術者にもたらされる。経験上、スイドリームはそのことを良く理解していたし、そのために無意識ながらに身構えていた。恐るべき膨大な量の魔力が『忘却の光』として放出されることにも例外でない。そのために厳重に制御結界を張らなければ術者自身が虚無に帰る恐れがある。今回は自分自身の体ではないにせよ右腕を失う覚悟が必要であった。(良くて肘から先が破裂、最悪なら肩から消滅する。でも…気持ちいい!?)放出後の状態でいうなら虚無になるべきはずのものが絶えることなく魔力があふれていく。そして膨大な魔力の放出のため一部が逆流したのだが、魔腕はそれすらも制御した。つまり術者であるスイドリームには何の影響もなく、ただ『放った』という感覚しかなかった。しかも魔腕の中で生産される魔力は衰える気配さえない。反動があまりにもあっけないせいかスイドリームの意識は翠星石に向けられる。本当に大切なのは右腕のことよりも翠星石のほうである。果たして書き加えられた3つの魔法陣が思い通りに発動するか、それが気がかりだった。スイドリームは注意深く翠星石を見つめた。(よーし、そこで『絶対優先召喚発令-庭師の富瑠衣-』、 そして『中和変換-土壌レベル7<豊意富志>-』、 最後に『非接触型耐性緩衝衣着脱-展開時間穀刻-』、 間にあってーっ!)『忘却の光』が翠星石に向かって突き進む中、新たに加えられた3つの魔法陣が発動する。それは翠星石に対するスイドリームの万一の備えだった。庭師の富瑠衣(ふるい)は魔力やエネルギー等を問わずに土に変換できる道具である。こういった戦闘時に使われるのは道具として本来ありえない。しかしそこはスイドリームの機転とも言えるだろう。いかに魔法が通じないドールとはいえ物理的な被害は避けられない。燃えるという可能性をなくすためにはどうすればいいか。それは魔力その物を無効化またはそれに準じたものに変換すればいい。いかにピーチェの魔腕とは言え同時に無効化魔術を展開するのは不可能である。だったら自分の持つ道具で変換すればいいとスイドリームは思った。幸いにもスイドリームの本体は翠星石の真上にある。『忘却の光』が翠星石に当たる瞬間に庭師の富瑠衣を召喚させ魔力を土に変換する。ただの土ではなく、黒い肥えた土にすれば柔らかい上に土には見えにくい。『豊意富志』とは長い年月をかけて丹念に耕された肥えた土のことである。また魔力を土に変換の際の衝撃を減らすために防御結界を翠星石の周りに張った。それらをレンピカに悟られないよう穀刻、つまりほんのわずかな時間だけ発動する。ただそれだけのことだが見ているものには翠星石が消滅したかのように見えた。実際はふかふかの土に埋められただけなのだ。もっとも魔力量が多いため、当然大量の土に埋められるわけだが。(よしっ! 大成功! あ…、でも…。 やりすぎちゃったかしら…。 ううん、そんなことない、そんなことないよね。)スイドリームはレンピカを驚かす為だけに、翠星石に向けて『忘却の光』を放った。それが一番ありえないことだからだ。おそらく主人に対する悪意はない。スイドリームにとって大切なのはいかにレンピカを驚かすかという点のみだった。庭師の富瑠衣(ふるい)の力により翠星石に向けられた光は土へと変わって翠星石を覆った。大量の土が一瞬で翠星石の前からせまり来るのである。翠星石の選択の余地はない。なす術もなく、されるがまま翠星石は埋もれていった。その時に翠星石は気を失ってしまったらしい。あまりの破壊力をもつ光はその膨大なエネルギーのために大量の土になる。スイドリームは全て承知の上で『忘却の光』を放ち、富瑠衣を展開させた。そうこれらは自作自演の計算された結果なのだ。もっとも、レンピカがピーチェを実体化させなければなかったことなのだが…。 …つづく。