偉大なる路上生活者
悪友T氏との綱渡り的冒険 エピソード1(悪友T氏のイメージ図)いわゆるコワモテ。くまのプーさんに登場する虎「ティガー」をスキンヘッドにし眉を剃り落とした感じ。異様な程に頭の形、特に後頭部の形状が良い。以外と優しい目をしていて、現在は眉も有り物腰も穏やかだが底知れぬ不気味さを漂わせる味わい深い男。以前、彼がこのワタクシのイメージについて何か語った気がするが個人的に納得がいかないので、ここでは割愛させて戴く(笑)廃墟が好きで、その昔いろんな所に押入った。単なる廃墟好きということもあるが骨董趣味も相俟って、一時期は平日休日を問わず取り憑かれたようにその物件探しに夢中になった。パートナーは15年来の悪友T氏。面倒なので本分中ではトクちゃんとする。実際の本名とは無関係の仮称である。そしてこれは、今から十年以上前の年の暮れそのトクちゃんとの物件探しの中で出会った一人の偉大なる男の話である。窓の奥の闇がそのまま流れ出たかの様に古びて汚れた空きビル不法投棄による瓦礫の山釣り上げられて放置された奇妙な形態をした魚音も無く流れる澱んだドブ川の向こうには期間限定、移動式遊園地の電飾の光が臨まれその対照的な姿がこの場所の荒廃した景趣をより一層際立たせている。自分とトクちゃんがこの吹溜まりの様な場所に辿り着いたのは既に夜も明けかかった時分だった。車を降りて辺りを見渡してみる。以前は恐らく運輸会社の集荷センターだったであろうだだっ広い敷地はコンクリート敷きになっていてゴミが散乱し、その所々がヒビ割れ、雑草が顔を出しそれらも辺りの雰囲気を察したかの様に干乾びている。その土地を取り囲む様に捨てられ骸となった車が幾つも座り込んでいるのだがその殆んどが何者かにガラスを割られ抜け殻の様になっている。しかし、よく見るとその群れの中に、まだガラスがしっかり残っていて一体どこの誰が集めたのか車内にあらゆる物品がごちゃごちゃ詰め込まれているものがある。「なんだこりゃ?」二人が興味を示したのは言うまでもない。ロックされているドアを無理やりこじ開ける。年代物の厚底婦人用ブーツ、やたらに重いタイプライター巨人の星の一徹父ちゃんがひっくり返したかもしれない茶ぶ台魅惑のムード音楽のレコードカントリーウエスタンのカセットテープヒッピーがニッコリ手を振りそうな裾の広がったジーパン等々。まるでリサイクルショップの様な品揃え。思わぬ拾い物である。荒れ果てた景色に寒空の下、この錆びたトラックの持ち主が現れるとは到底思えない。自分とトクちゃんはそれら数々の物品を丹念に物色し時には「ほぉ~」と感心しながら目欲しいものを自分の車に積み込んでいく。一台分の検品を終えると、他にも同様の車がないか見回してみる。「お、あった、あった」見つけたのは白のセダンタイプでガラスの内側に段ボールがあてられていて内部が見えないようにしてある。先程と同じく、運転席側のドアをこじあけようとするが今度はうまくいかない。さんざん梃子摺った揚げ句、ガラスを蹴飛ばしたり叩いたりするのだけど頑丈なものでビクともしない。「あれれ?ここガラス無いじゃん」以外にも気付かなかったが右後部ドア、つまり運転席後ろのガラスが無く木の板で塞がれている。「なぁんだ」とそれをおもむろに取り払ってぎょっとした。人間がいたのだ。後部座席に座った男は窓を暴かれてもじっと運転席側を向いたままで目こそ開いているが微動だにしない。脂ぎって絡まった頭髪に伸び放題の髭。そう、ここは彼の家だったのだ。そして乱暴にも侵入しようとしている見えない暴漢に対しどうする事も出来ず息を潜め弱い動物が天敵に出会った際にそうするように必死の思いで死んだフリ、いわゆる擬死行動を実践していたのだ。全く唐突で思わぬ展開と、他人の領域に文字通り土足で踏み込もうとしたバツの悪さから、自分らは顔を見合わせ苦笑いを浮かべながらその場を立ち去ろうとした。その時、人の気配がある。いつの間にどこから現れたのか、自分らを取り囲む様に歩み寄って来る3人の男。紺色の防寒作業着を着込んだ、割と背の高い長髪、髭。黒いロングコートを着た染めてるとは思えないが茶髪の男。緑の防寒作業着姿で頭の禿げ上がった小太り。いずれも薄汚れていて一見して路上生活者と判断出来る。歳の頃は40代半ばから後半位だろうか。徒ならぬ雰囲気である。「見かけん顔だなぁ」・・・どうやら同業者と思われたらしい。「こんなに荒らして。この辺にはボスがおるんだぞ!」 長髪、髭が言った。「殺されるぞ!お前ら!」ドスの効いた声である。 しかし、自分はこのように強い者を楯にして偉そうにものを言うドラえもんに出てくるスネオの様なタイプが大嫌いである。「ふうん、ボスがいるんだ。で、あんたは何なの?」「俺はそこら辺に寝てるプー太郎だ! でもなぁ、関東や関西の方まで全部仕切っとるんだ!!」長髪髭が胸を張って言い放った。一瞬言葉を失った。「悪かった、ごめんね」決して馬鹿馬鹿しくなってニヤニヤと薄ら笑みを浮かべながらいかにも小馬鹿にした調子でこの言葉を返した訳ではない。自分は常日頃から尊敬に値する者に対しては親しい人を除いて老若男女問わず敬語を使うことにしている。彼らに対する敬意の程は自分が発したその言葉から充分に察して戴けることだろう。「あんたらが改心して、解ってくれればそれでいい」長髪髭は少し得意気だ。家も無く、大地を枕に逞しく生きるこの男自称プー太郎でありながら関東関西まで幅広く顔が利くのだ。しかもそこまでの大人物でありながらこの近辺の仕切りは他人に任せたりなど案外奥ゆかしい部分もある好人物ではないだろうか。いずれにしても俗世間の常識は遥かに超えている。移動手段も彼ら専用の特殊な交通機関が存在するのかもしれない。事なきを得て帰る帰り際自分らが荒らした物品の残りカスを物珍しそうに見入るロングコート茶髪。彼に声をかけた。「悪かったねぇ」「いえ、いえ」当然ではあるが積み込んだ品物は全て持ち帰った。いつの間にか夜は、白々と明けていた。自分は今でも時折、ガード下の集団住宅から発散される臭気或いは駅裏の赤茶けた景色に触れると思いだすのだ。偉大なるあの長髪髭の事を。彼の威厳は今でも健在だろうか。いや、彼のことだもしかしたら今では、全世界を股にかけてるかもしれない。