平成点心鬱屈添え
真っ赤に広がる草原を、ちょん髷の少年が走っている。歳の頃は十二、三位だろうか。ちょん髷だけでも充分奇矯であるけれど彼の服装がまた更にその極みで上は背中に「猫イラズ」と黒筆文字で書かれた水色の鯉口シャーツ下はいかにも祖父の御下がりといった趣、見るからに寸法の大きな所々汚れ染みの付いた駱駝股引をY字型サスペンダーで吊り上げているのだけどその股引、尻の部分が直径二十糎ほどの円形に切り抜かれており尻丸出し状態である。わたしはその後ろ姿を草の上にひとつ設置した座椅子に胡座をかき皿に盛り付けた蛙の腿肉練乳がけを箸でつつきこりこり食しつつ眺めている。あの~おっ、子っは~っ、何処お~っ、の子~おっ、こんな夕暮れ~なんて流行歌の一節、しゃくり上げるような歌い回しが妙に強調されて頭をよぎるも、今は夕暮れ時ではなくちゅんちゅら雀のさえずる朝焼けの時分である。よって、わたしは蛙の腿肉練乳がけこれを朝食として食しつつ目前の奇妙な景色を眺めているといった状況である。少年の行く手には、鮮やかな黄色い水をたたえた湖が広がっており風は無く水面穏やか。いや、一見水に見えるが、その質感は液体ではなくゼリーのような半透明半固形物質であるらしく凝らして見ると、ぷるぷる小刻みに揺れている。全力疾走する少年は更に勢いを増し、湖に飛び込むべくその踏み込み地点となるであろう水際に到達する直前何かに躓いたらしく、期待に反し呆気なくべたん、と草の上うつ伏せに倒れ込んでしまった。わたしは食事の箸を止め、身を乗り出してさて、どうするのか、と成り行きに見入っていたのだけれど倒れたまま動こうとしない彼は、そのままの姿勢で口元にある赤い草を、むしゃむしゃおもむろにはみ始めやがては唐突にぶりぶりと脱糞し始めたのでただでさえ不快な光景、まして食事中であるわたしさすがに、げっとなり目を逸らし座椅子ごと彼に背を向け座り直す。と、そこにいつの間に現れたのか左頬に絆創膏を貼り付けた初老の男が立っている。身に纏っているのは、極めて身幅の狭い江戸むらさきのタンクトップ一枚ぎり。その両脇からは乳頭がはみ出していて、その上にも絆創膏が貼り付けてある。更には陰部丸出し。といった一見してあほと判る風体で定まらぬ視線を不安定に泳がせつつ、にしゃにしゃ頬を緩め「僕、赤城君。赤ちゃんでーす。ひひん、ひひん。」と云う。わたしは怪訝に思い「なにか用ですか?」見上げつつ問うと少々驚いた様子で彼、「倒木。 倒木。 倒木。」と四方を指示する。しかし、当然ながら彼が指し示した先には何も在りはしない。しかして当方の困惑にお構い無しの彼、今度はけたけたと笑いながら自分の頭髪をむしり始める。わたしは食事の皿に、むしり取られた毛が混入すると厭なので立ち上がり、そろそろと後ずさり。ところが自身の可視圏域外である頭の上きれいにむしりきれない箇所の存在に気付いた彼それに気付くと、もう気になって仕方が無い、居ても立ってもおられん様子で無言のうちに「むしってくれ」と云わんばかりこちらに頭を突き出し更には駄々っ子のごとくに地団太踏み踏みにじり寄ってくる。むしられて、はらりはらりと舞う毛毛毛。おい、皿に入るじゃねえか、この野郎!って、絵にも俳句にも成りゃしない。ましてやたとえ百歩に余る歩数、譲りに譲って見た目が類似してると仮定したとしても料理に振りかける、刻み海苔の代替品になど成り得る筈もない。さすがに頭にきたわたしは、足元に落ちていた金槌を拾い上げると祭り太鼓でも打つかのごとく、柄の部分で力一杯、カン、カン、カン!まだらの頭に食らわしてやった。かかかっ、やってやったよ。どうだ、思い知ったか、あほめ!一方、食らった本人、少しは怯むかと思いきや、懲りた様子は微塵も無く突如真顔になったかと思うと、くるりとわたしに背を向け自身の陰嚢を指で引き伸ばし、もてあそび「民族博物館ー、民族博物館ー。」と意味不明な名称を幾度となく連呼しつつ走り去っていった。まったく、なんなのだろう。“結構、毛だらけ、猫、灰だらけ”って、“皿、毛だらけ”だよ。気味が悪いなぁ。いや、この場合、機微が悪い、かな? そう、君が悪い。はははは、滑稽、滑稽、ウコッケイ。宝くじでも当たらねえかなぁ。ヲシテネ。