午睡。
「おまえが美術部に来るなんて思いもしなかったよ」初夏を告げる眩しい日差しが、宇佐美くんの茶色い髪を輝かせていました。「そう?俺はときどき、自分でも予想がつかないことをしでかすみたいでね」日差しが眩しいのか、窓に背を向けてスケッチブックを閉じました。「絵心があったなんて知らなかったし」宇佐美くんの仕草が気になるのか、目を離せないでいるのは同じクラスの優等生。ベリーショートの黒い髪に、絵を描くときだけかけるクリアのフレームの眼鏡の似合う木下くんです。「絵心なんて、無いよ。描きたいから描くだけで。誰かに見せようとか思わないし、完全に趣味の世界」「でも、こうして美術部に来たんだから。何か描いて見せてくれるんだろう?」「う~~ん。どうなのかな?」悪戯を隠したような笑顔に、木下くんは興味を惹かれました。同じクラスでも、なかなか話したことの無い相手です。茶色くてエアーのパーマをかけた髪のせいか見た目が派手だし、お兄系のモデルでもやりそうな背丈に、大きな瞳。雰囲気からして自分とは別世界の人間だと思いこんでいましたが、そんな宇佐美くんが突然、美術部に入部したのです。1つ上、3年生の部長でさえその名を知っていた宇佐美くん。学校内でも目立っていることがうかがい知れます。「うちで、いいの?」部活は強制ではありません、なので宇佐美くんは今まで部活に入らず学校が終わるとさっさと帰宅していました。そんな彼がいきなり美術部に。部長が途惑うのも無理はありません。「こりゃまた、かっこいい奴が来たもんだな~!」造型の雑誌を見ていた部員も驚いていました。「宇佐美くん、美術部で描きたいものがあるのかい」部長が聞くと、「内緒」そんな答えがありますか。傍で聞いていた木下くんがドキンとしたのは、これが最初でした。「水彩?油絵?」木下くんは聞きたくて仕方ないようです。「クレヨン」宇佐美くんが笑い出しました。「え?ふざけているのか」「ふざけていないよ。俺の描きたいのは光なんだ」「光?」「手に届かないから焦がれるんだ。こうして実際に手に入るものに興味がない。別に、自分が書く必要も無いと思っている。でも、あの光は違うんだ。今まで、手に届いていたと思ったのに実際は違ってた。だからね。欲しくなる」「なんのことだ?」木下くんが首を傾げていたら「星の光」そう言いながら、嘘でもついているような笑顔です。「やっぱりふざけているのか」木下くんは呆れて鉛筆をくるくると指で回します。「う~ん。本気なんだけどな」木下くんは何かを思いついたようです。スケッチブックを開きました。「今日は一年生は来ないのかな?」「郊外学習があるらしいからね。部活は来ないだろう」「へえ。それは残念」木下くんがざくざくと白い紙に何かを描きました。「宇佐美の手」「早! すごいな」素直に驚いた宇佐美くんの表情に、息をのみました。「木下って、すごいな」あ、自分の名前を知っていたんだ。それだけで、木下くんは嬉しくなりました。眩しい日差しが差し込む部室で、急に距離が近くなったのを感じました。そして宇佐美くんがどんな人なのか、…知りたくなりました。初夏の昼下がり。「こんな時間、いつもなら家に帰って寝ているのにな」机の上で丸めた指がにさえ見とれそうで。「寝ていたらいい。別に、起こさないから」「変な奴。絵を描けって言わないのか」「俺は別に。…部長じゃないし」「あ、そう」頬杖をついて、本当に寝そうな横顔。そのまま寝てくれたら、…描けるのに。寝顔を描かせてほしい、そう思った自分に驚きつつ木下くんは行き場の無い鉛筆をぶらぶらさせるだけ。「暇な部だねえ」「そうでもないさ。俺は描きたいことがあって困っているよ」 おわり。こう、気持が伝えきれなくてどきどきするような感じが好きで。たまには…いいかなあ。