寝ない夜のクレヨン。14
一瞬・言葉を失いましたが、予想でもしていたようで。「宇佐美さん。入部されますか?」余裕のある態度に、宇佐美くんは微笑しました。「ああ。ここで絵を描くことにしたよ。」夏は身長が伸びやすい季節です。章の背が、すこし高くなったと気がつきました。「・・目線が合いますね。」章も苦笑しました。「かっこよくなって。どこに行くんだ?」「職員室です。パレットを乾かすから古新聞をもらおうと思って。」「部長が行ってるんだろう?持ってきてもらおう。」木下くんが携帯でメールを打ちました。「ありがとうございます。」「いいよ、これくらい。」宇佐美くんは部室に入ると、机の上の絵の具を眺めたり。書きかけの絵を見つけたり。うろうろし始めました。「宇佐美さんは木下先輩と組むんですよね。」章が聞きます。「そうだね。絵本を作りたいらしいから。それも興味があるんだけど。」宇佐美くんは、ゆっくり章に近寄ります。章は木下先輩がいるから、たいしたことはしないだろうと高をくくって、悠然としていました。「俺はきみに興味があるんだよ。」「は?」まさか。そんなはっきり言えるものなの?「そんなに驚くことか?俺は前から章が気にいってるんだよ。」木下くんも驚きました。「宇佐美くん、章くんには・・。」「誰がいようが関係ない。」木下くんの忠告は、切って捨てられました。キツネの狙いは揺るぎません。「絵を一緒に描くのは諦めてやる。でもそれ以外は譲らないよ。」「それ以外って。宇佐美さん、俺は。」「俺を好きになればいいんだよ。俺に興味があるでしょう?」勝ち誇ったキツネ。章は、こころが揺らぐのを感じてしまいました。「出会った時に感じたんだ。俺とウマがあうって。相手がいようがいまいが、俺のものになればいい。」「そんな不純な動機では困るよ。宇佐美くん。」木下くんが間に入りました。「絵を描くのに、余計な欲望は控えてもらおう。」「高尚だね。木下、欲望があるからこそ想像力が豊かになるんだぞ。」宇佐美くんは、どいて、と手を振ります。「欲しいと思う欲望。精神。それが芸術の源だ。」「すごい後輩を迎えるんだね。」声がしました。どこかで聞いた甘い声・・。「黒木・さん?」宇佐美くんも知っている様子。どうやらかなり顔が広い先輩ですね。「木下くん。部長から預かったんだよ、ほら。新聞紙。」夏の日差しを受けても爽やかさを失わない、柑橘系の香りを漂わせて笑顔で近寄ってきます。「宇佐美。後輩をいじめるなよ?おまえ、生徒会はどうした。」「強制じゃないでしょう。」「強制。無責任甚だしいな。なのにそのご身分で、後輩を追い詰めて?」綺麗な顔をして、黒木先輩はかなりのつわもの。「解放しな。」宇佐美くんが体をずらしてふてくされます。「あ。章くんか。」憧れの黒木先輩に名前を呼ばれてびくっとしました。「宇佐美。この子は美術部の期待の後輩なんだから。いじめんな。」「いじめてないですよ。」「こ憎たらしい顔だなあ。こら。」黒木先輩は宇佐美くんの鼻をきゅっとつまんで。笑いました。「仲良くやれよ。由貴ちゃん。」「黒木さん。ここの人間じゃないでしょう?」「俺はよくここに遊びに来るんだよ。ここのひとたちは、面白くて好きだからね。由貴ちゃん、いつまでも反骨精神じゃつまらないよ?楽しく生きたもん勝ちだ。」黒木先輩と宇佐美くんが顔なじみのようで。章は木下くんに聞きました。「あのふたりは・?」「黒木さんは生徒会の副会長だよ。俺と宇佐美くんは役員。よくしてもらってるんだけど、まさか・・ここでも助けられるとはね。」木下くんは苦笑していました。