色彩カンビアメント23 終
自転車を漕ぐ速さがいつもとは違う。軽快とは言えない、何かに急かされている感じだ。あの坂を上れば、いつもなら颯秩が友人と一緒に歩いているのが見えるはず。でも今日は僕が早すぎたのか姿は見えない。自転車で疲れ切って教室に入るなり机に突っ伏した。朝御飯に食べたホットサンドでもスタミナ切れか。『ネット通販で見つけたの。いいでしょ、これ、ホットサンドメーカー。今日はこれでベーコンエッグサンドを作るわね』母さん、楽しそうだったな。少しパンが焦げていたけれど、半熟の卵とベーコンの塩気がマッチして美味しかった食欲と性欲が連動しているのが理解できた、いつになく僕は朝御飯を食べつくしたからだ。ただ、ホットサンドにアボカドを混ぜたのは如何なものかとは思った。好みがあるのだ。カロリーは摂取できても、朝からヘビーだ。しかし、あれだけ食べても空腹を覚えるのは走りすぎたからか。性欲を抑えようとがむしゃらにペダルを漕いだ結果だ。ここに来てしまったら颯秩に会う。僕は気持ちを抑えられるのか。「空腹そうな恰好をして。何か作ろうか?」その声にはっとして肩を震わせるとおでこを持ち上げられた。「……なに。どうしたの。今日は朝から疲れているじゃない。目に隈まで作って、眠れなかったとか?」颯秩が中腰になって僕を眺めている。「調理室が空いているから作ってあげようか」「お、お腹空いていないよ」「嘘つけ」「それよりさ、話がしたいんだ」「いいよ。1時限抜けようか。暑くて湿度が高いから教室に居たく無いしね」確かに窓を開けていてもカーテンが微動だにしない。体調の変化は湿度のせいなのか。廊下へ出ると不思議と涼しい。颯秩はすたすたと先を歩き、時折振り返る。ちゃんと僕が付いてきているのか確認したいのだろうか。やがて調理室へ入り込んだ。施錠していないなんて不用心だ。「今日は3組が実習するから材料は揃っているな。さてと」颯秩はトマトを取り出して「熟しきっていない。いいかも」と呟いた。そして包丁を取り出すと手際よくトマトを皮むきして細かく切り、ニンニクやバジルと一緒にオリーブオイルに漬け込んで冷蔵庫へ入れた。「何を作るんだ」「店でも出している賄い」颯秩はそう言いながらフランスパンを2切れトーストした。良い香りがする、オリーブオイルを塗ったのか。実に動きに無駄が無い。「はい」出されたのは見た目も涼し気なトマトの料理。フランスパンに刻んだトマトと和えたバジルが乗せられた逸品だ。「トマトのブルスケッタだよ」これは母さんの作ったホットサンドとは逆の位置だ。なんて涼し気で、自然と食欲が沸く。「で、何の話かな」両手を洗い、タオルでぬぐうと手に腰を当てて颯秩が微笑んだ。僕はブルスケッタを食べながら口元を擦ると「焦るんだ」と呟いた。「何を?」「1歩踏み出したから。このまま颯秩に煽られると僕は吹き飛ばされてしまう」「壬?」「僕を見ているのかな、観察じゃなくて。僕は気持ちの置き場がわからなくなっているんだ」不安と期待の入り混じるこの感情を、果たして颯秩は理解してくれるのか。「ちゃんと受け止めてあげるよ」「えっ」ブルスケッタを持つ手が震えた。「でも僕は颯秩が期待するような男にならないかも知れない」「心配するな。まだ見えない先の事なんて」そうだ。先の事なんて僕は今まで漠然としたものとしか捉えていない。今更、何を言い出したのだろうか。自分でも自信が無い事はわかっている、颯秩のそばにいる自信が。「涙目をして。深刻な事でも無いのに」颯秩がそっと抱きしめてくれた。僕は、強く握り返す。皆がリツと呼ぶ夜の顔をした人はもういなくなる。そして颯秩という名の高校生が僕の気持ちを受け止めてくれるのだ。もう不安も心配もしなくていいのだ。「壬、さあ。当たっているんだよね」「はっ」「硬いね」颯秩は口角を上げると僕のジッパーを下して左手で扱き始めた。「あ、ねえ、ちょっと」焦る僕に「誰かが来たら困る? 今更何も困らないでしょ」ぐいぐいと扱かれ、先端を親指でぐんと押し込むように刺激されて果ててしまった。「性欲解消の為にいる訳じゃないけど、たまっているみたいだから」「左利き……だった?」僕の液体で汚れた手を洗う颯秩に、背中越しに問いかけてみた。「右利きだよ。一応、右は自分用だから壬を穢したくないなと思っただけ」「気を使ってくれているんだ」「大事だから。それくらい、普通はする。相手を気遣うのは当たり前。人との付き合いで我を通してばかりいると孤立する。それは社会との断絶を意味する。俺は、人と触れ合っていたいと思う性質だから。好きな人なら猶更」振り返るその眼差しの穏やかさに屈した感がする。生き方を変えるなら今なのだ。颯秩が歩み寄り、僕の顎をひょいと指で上げるとキスをした。前のように舌が絡むかと思いきや、唇に痛みが走った。噛まれた、でも血の味はしない。「気持ちのぶつかり合いだよね。生きているから怪我もするだろうけど、笑うこともあるよ。人それぞれだから同じと思わない事だなあ」颯秩の人間観察が趣味というのが少しだけ理解出来た。彼もまた、寂しい感情を抱えているのかもしれない。孤立を避けるために人の群れに飛び込んで、上手く立ち回る術を身に着けたのかもしれない。僕もこうなりたいと思う。せめて、大事な人に思いをきちんと話せるように。「壬、向上心だけ忘れるな。俺の事は二の次でもいい。俺は壬が大事だから成長を見ていたいんだよね」耳たぶのピアスに指が触れた。直接触られるよりも、ぞくりとした。颯秩のバイトを辞める件はオーナーに引き留められて半年延びた。このままずるずると沼にはまるように社員扱いになるのではないかと危惧したが、彼は「看板娘もいるし。後釜が見つかれば済む話」と流している。まあ、日曜日に朝からこうして会えるのは嬉しい事だが。「お弁当? お母さん、作ってくれたんだ?」どうしてこうなってしまったのか。土曜日の夜に出かける旨を伝えたのに朝から張り切っていたな。「アップルクリスプじゃん。本当に手間をかける人だな。凄い」「知っているの?」「耐熱皿にオートミールやくるみ、ブラウンシュガーを合わせたものをスライスしたりんごの上に敷き詰めて、オーブンで25分くらい焼くんだよ。アメリカの料理というか軽食じゃなかったかな」「詳しいなあ」「仕事柄」「そうか、だから甘いものなんだ」「何が?」「出かけるって言ったら『誰と? もしかして恋人が出来たの?今度、家につれていらっしゃいよ』だって」「もう、家に来た事があるって言ってあげな」ありがとうございました古いSSしかありませんが、もしも何かありましたら●ありがとうございました●長くなってすみませんでも自分は書いていて楽しかったです、途中から何かを思い出したような感覚があって「あ、これだ」とえろいところが少なくてすみません次かな、頑張ろうと……許される範囲でまたのろのろしますお時間がありましたら、よろしくお願いします作中にパスタをあえて出しませんでしたポピュラーだからでもパスタは好きです今度、全粒粉のを試そうと思うのです全粒粉より低GI! 低GIパスタお試しセット!お一人様1回限りオーストラリア産スパゲッティ・フィットチーネ【Vetta】500g×3袋セット送料無料【通常納品書なし】価格:1380円(税込、送料無料) (2016/7/20時点)イタリアじゃなくてすみません