神から人へ ◎執着を取る・金銭の使い方◎
(神様の喜ばれるお金の使い方についてお教え下さい) では教えん。金は本来神に捧げる、尊き真心、忠誠心、帰依(きえ)の心を示すためなり。なれど人は誤りて、勝手な欲望、願望募(つの)らせ、ただ己のみ、我欲のために、物を手に入れ、増やすため、使うになくて、逆に使われ。なれば人は道具をあやまち、自ら心を失いぬるを。神へ捧げる真心を、金に奪われ、支配されぬる。なれば神は、心を失い、奴隷となりし哀れな民を、救い、拾いて、気付かせんため、厳しき禊(みそ)ぎを与えられき。なれど気付かず、煩悩(ぼんのう)深め、かえりて増す執着迷妄。 真の富を知りも得せずに、つまらぬ物質財産に、目をくらませし、世紀末。価値の判断、基準は狂いぬ。神の基準を遠ざかり、さらに狂いは進み行くのみ。このまま乱れの正されざらば、この世は永久に救われもせず。神の基準を手に入れよ。さすれば必ず正しく使わん。 神の喜ぶ金の使用は、己の欲望満たすになく、人の幸せ増させるために、見返り報酬求むることなく、人に捧げる思いやり。さなる金銭、使いなば、神は喜び、さらに与えん。なれど己の欲のため、己の所有、財産のため、人に与えることを惜しみ、与えらるるをのみ望むは、神は嫌いて、禊がんとさる。気付けよ、金銭、物質の、儚(はかな)さ、脆(もろ)さ、危(あや)うさを。やがては闘い、奪い合い。目に見ゆ物には、限りあらん。いつか必ず限られし、物質資源の取り合いならん。 人より多く、人より広く、地上を支配し、独占せんと、愚(おろ)かな考え、浅はかならずや。地上の富に価値ありや。死して帰らん世界には、物質金銭、役にも立たず。なれば御霊(みたま)を浄めんことをば、まずは第一、優先させよ。さなる基準に照らしなば、自ずと分からん、正しき利用。神の喜ぶ使い方。金とは本来神に捧げる心を表すためのもの。そが始めのあり方。根本なり。金とはもともと流通のため、人の公益、商業のため。なれど真はさにあらず金とは本来、神へ供える、最も尊き心の表れ。神社の賽銭、その名残なり。金は納めて、神への感謝を、己の誠を捧げる証(あかし)。なれば金銭物質を、人が占有、独占するは、神への反逆、謀反(むほん)と変わらず。神より金銭尊ぶなれば、神への帰依とは、ほど遠し。金銭ならずも、全ての物質、自然の富は、神の恵み。人が平等、公平に、分かち合うこそ、神の本意なれ。 なれば少しの感謝も表し、神に示せよ、誠の献身。お金を神と崇(あが)める逆行。神を信じぬ狂いし信仰。神の喜ぶ金のあり方、そは執着を取るために、自ら禊ぐ者のみ可ならん。執着深め、囚われ強め、ついには金の僕(しもべ)となり果つ。さなる金銭、物質信仰、今の世界の未来を恐れよ。 (執着を取るような金銭の使い方とは。どのような使い方でしょうか) 先ずは他人の喜び願い、人の不幸を救いてやれよ。さなれど戒め、心せよ。いかなるときにも、求むるなかれ。物質金銭、見返りを。なれば心の囚われ外れ、金銭使う真の喜び、金に換え得ぬ満足を得ん。金銭離れて、執着も消え、心の束縛、呪縛も解けん。さなりて心は自由とならん。思い残すもなくなりて、真の価値の基準を手にせん。人の心が立ち直りしとき、価値の基準が正されしとき、人の心は神へと近づき、自ずと行い、思いの全てが、正しき方へと導かれなん。ことばも祈りも高まらん。自ずと感謝も深まらん。さなる金銭、物質なれよ。神の望まるあり方なれば。 (人に与えることが、その人の禊ぎを邪魔することにはなりませんか) そもまたあらん。邪魔ともならん。なれど根本、大本忘れるな。人の禊ぎは自分の禊ぎ。人のみ禊がれ、苦しむになし。自分も共に苦を分かつこと、そもまた己の禊ぎとならん。禊ぎは一人のものならず。全ての人を禊ぐなれば、共に禊がれ、高まらばよし。救われし人も感謝を高め、禊ぎも軽く、清まりゆかん。なれば恐れず、案ずるなかれ。神の許さぬ恵みはなからん。なれど金のみ頼るなよ。 金にて救わる限界知れよ。金が救いの全てにあらず。ことばや祈りも、救いとなるを。最も尊き救いとは、感謝を目覚ませ、神に気付かせ、この世に生きる真の意味を、知らせてやること、教えてやること。なればあやまち、誤るなかれ。いつか陥(おちい)る金銭信仰。金の手軽さ、便利さに、頼りしことの、長年の罪。 よくよく禊げよ。賢く使えよ。反省忘れず、常に正せよ。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「神誥記」より抜粋ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/