呼吸器系疾患 肺炎
症例 20歳 男性4日前より咳嗽が出現し、2日前から咳嗽がひどくなり、38.5~39.5度の発熱も発現してきた。このため、近医を受診し、胸部聴診上、両下肺に湿性ラ音を聴取した。また、胸部X線像ではラ音聴取部位に一致した浸潤影(肺炎像)が認められた。血液検査を施行したところ、以下のごとくであった。「検査所見」白血球数14,300/μL(基準値:3,900~9,800/μL)「白血球分画:好中球67%、(骨髄球2%、後骨髄球5%、桿状球25%、分葉球35%)、リンパ球35%、単球1%」、CRP5.5mg/dL(基準値:0.5mg/dL以下)「この時点で検査会社に提出したマイコプラズマ抗体価(補体結合反応)が4倍(基準値:4倍未満)、寒冷凝集反応(赤血球凝集反応)32倍(基準値:256倍未満)であることが後日判明した。」この医院で以下の処方がされた。アモキシシリン・クラブラン酸カリウム配合(2:1)(オーグメンチン250mg)1回1錠 1日4回(朝昼夕食後、睡眠前)内服4日後、咳嗽、発熱とも軽快しないため、総合病院内科を受診した。ここでも胸部X線検査を施行したところ、肺炎像は中下肺野に及んでいて、悪化していた。また、血液検査では、白血球数16,300/μL、CRP9.5mg/dLで、マイコプラズマ特異IgM抗体検査(キット)は陽性であった「この時点で、検査会社に提出したマイクプラズマ抗体価(補体結合反応)は32倍、寒冷凝集反応(赤血球凝集反応)は512倍であることが後日判明した。」そこで、マイコプラズマ肺炎と診断し、次の処方に変更された。クラリスロマイシン(クラリス200mg)1回1錠 1日2回(朝夕食後)ポイント1、咳嗽と発熱が続き、胸部聴診にて湿性ラ音(バリバリする音)を聴取し、胸部X線にて肺炎像があることから、何らかの肺炎がある。2、胸部聴診上、両下肺に湿性ラ音を聴取した。また、胸部X線像では湿性ラ音聴取部位に一致した浸潤影(肺炎像)が認められた。マイコプラズマ肺炎だけに特徴的なことではないが、マイコプラズマ肺炎は両側(中)下肺に好発するといわれている。3、血液検査では、白血球増多「左方移動(+):幼弱な好中(顆粒)球が末梢血に出現する現象」、CRP上昇を示し、これらは何らかの市中肺炎(ウイルス感染の可能性は低い:リンパ球優位の白血球増多ではなく、CRPもそれほど上昇しないことが多い)が起こっている。4、最初に受診した医師は、細菌性の肺炎(肺炎球菌など)を考えて処方している。5、しかし、処方された薬を内服しても症状が改善しないため、患者は総合病院内科を受診した。ここでの胸部X線検査でも中下肺野に肺炎像を認め、マイコプラズマ特異IgM抗体検査(キット)でも陽性となったため、マイコプラズマ肺炎と診断した。初診時、熱、咳があり、胸部聴診にてラ音を聴取し、胸部X線で肺炎像があることから、何らかの原因で肺炎になっている。このような初診時に起因菌がはっきりしない場合が多い、そのため、治療は経験的にならざる得ないが、市中肺炎の原因を考えてみると、肺炎球菌が最も多く、次いでインフルエンザ桿菌、マイコプラズマ、クラミジアとなる。このため、日本の市中肺炎のガイドラインでは、基礎疾患がない場合には、β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリンが推奨される。そこで、初診の医師はβ-ラクタマーゼ阻害薬配合抗菌薬のアモキシシリン・クラブラン酸カリウム配合(2:1)(オーグメンチン)を処方している。したがって、市中肺炎のなかのβ-ラクタマーゼを産生するインフルエンザ桿菌やブドウ球菌に対しても有効であるため、この処方自体は誤りとはいえない。上記の処方にても症状が改善しないため、患者は総合病院を受診して、マイコプラズマ特異IgM抗体検査で陽性となったため、マイコプラズマ肺炎と診断された。そしてマイコプラズマに有効なマクロライド系抗菌薬のクラリスロマイシン(クラリス)に変更されている。このように、実際にマイコプラズマ感染症と確定診断するまでには時間を要することがある。事実、マイクプラズマ特異IgM抗体検査が陽性を示さなければ、マイコプラズマ抗体価の4倍以上の上昇をもって確定診断となるが、そのようになるのに2週間以上を必要とする場合が少なくない。実際の場面では、初診時に処方した抗菌薬が無効の場合、3~4日後、経験的にマクロライド系(クラリスロマイシン、エリスロマイシンなど)やテトラサイクリン系抗菌薬(ミノサイクリン塩酸塩(ミノマイシン)など)に変更している。処方の解説と服薬指導1、市中肺炎で基礎疾患がない場合には、β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリンが推奨されるために上記が処方されている。小児の場合、アモキシシリン・クラブラン酸カリウム配合(14:1)(クラバモックス)が処方される場合もある。またこの時に、もし患者にペニシリンアレルギーがある場合には、ニューキノロン系薬が使われる。*この患者が全身状態が悪く入院となった場合には、β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系注射薬のセフォペラゾンナトリウム・スルバクタムナトリウム配合(1:1)(スルペラゾン)やアンピシリンナトリウム・スルバクタムナトリウム配合(2:1)(ユナシン-S)まどが使われる。2、マイコプラズマ肺炎と診断されたので、マイコプラズマに効果のあるマクロライド系、またはテトラサイクリン系抗菌薬が処方された知っておくべきこと1、マイコプラズマという病原微生物マイコプラズマとは細胞壁を欠くため、細胞壁合成阻害作用でその抗菌作用を発揮するペニシリン系やセフェム系抗菌薬は無効である。細胞のタンパク質合成阻害作用「タンパク質合成に働くリボソーム(50S、30S:細菌のタンパク質合成に働くリボソームはヒトのそれとは構造的に異なる)に結合してその合成を抑制」のあるマクロライド系抗菌薬(50Sリボソームに結合)やテトラサイクリン系抗菌薬(30Sリボソームに結合)が用いられる。2、各病原微生物に有効な抗菌薬は?1)市中肺炎に対する治療薬(1)細菌性肺炎:初期は抗菌スペクトルの広いペニシリン系・セフェム系抗菌薬(基礎疾患がない場合は、β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリンが推奨される)、菌確定後は有効な抗菌薬に変える。*レジオネラ(水や土壌中に生息し、空調の冷却水や循環型風呂の水を汚染)肺炎治療には、エリスロマイシン、リファンピシン(レジオネラはβ-ラクタマーゼを産生するので、ペニシリン系、セフェム系は適当でない)を用いる。(2)マイコプラズマ肺炎:マクロライド系(エリスロマイシン、クラリスロマイシンなど)テトラサイクリン系(ミノマイシン)などを用いる。(3)クラミジア(性感染症であり、母親の産道を経由して新生児に肺炎を起こす)肺炎:マクロライド系(エリスロマイシン、クラリスロマイシン)、テトラサイクリン系(ミノマイシン)などを用いる2)その他肺炎に対する治療(1)真菌性肺炎:抗真菌薬のミコナゾール(フロリードF)、フルコナゾール(ジフルカン)などを用いる。(2)インフルエンザウイルスによる肺炎:オセルタミビルリン酸塩(タミフル)経口薬、ザナミビル水和物(リレンザ)吸入薬、ラニナミビルオクタン酸エステル水和物(イナビル)吸入薬、ペラミビル水和物(ラピアクタ)点滴静注などを用いる(3)寄生虫肺炎:(ウエステウマン肺吸虫症:サワガニ、ザリガニを生で食べることにより発症):ビチオノール3)Immunocompromised hostとして出現してくる肺炎の治療薬(臓器移植時、HIV感染者、副腎皮質ステロイド性薬長期服用者など)1)サイトメガロウイルス肺炎:ガンシクロビル(デノシン)を用いる2)ニューモシスチス・カリニ肺炎:ST(スルファメトキサノール・トリメトプリム)合剤(バクタ、バクトラミン)を用いる。*内服薬はニューモシスチス・カリニ肺炎の予防に用いられるが、発症したら注射薬を用いる。参照:症例で身につける臨床薬学ハンドブック改訂第2版【送料無料選択可!】症例で身につける臨床薬学ハンドブック 124症例から学べる薬物治療の考え方と服薬指導のポイント[本/雑誌] (単行本・ムック) / 越前宏俊/編集 鈴木孝/編集