ドゥマゲテ(ドマゲッティ)の海を潜る、自然を堪能する、楽しく暮らす
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現在フィリピンのドゥマゲッティーで展開している私のジャーニーhttp://journey-dumaguete.com/の公式ホームページにてアクセス制限が2度もかけられてしまい長期にわたり復旧作業を進めているのですがなかなか治りません。現在全力で進めていますので、ブログの更新やページのアップデートなどもうしばらお待ちくださいこの間にもジャーニーは歩み続けていますこの充電期間を得ての復活楽しみにしていてください!!今後さらに、さらに!パワーアップしていきます!!これからもジャーニーを宜しくお願いします
2014.11.29
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今まで住んでいて、かなーりお世話になった3カ国の料理。 左奥から高校卒業後移住し、青春時代を謳歌したフィリピンの料理 トルタンタロン 簡単に言ってしまえばナスのオムレツ風 シンプルだが意外とおいしく、見た目はあまりよくなく箸は進まないが、 一度食べれば予想外に病みつきになる。 現地ではバナナケチャップをつけて食べます! フィリピンにもある魚醤(パティス)をナスにしばらく浸してから焼いたオリジナル風にしたらかなりいけました!! フィリピン料理っていろいろあるし、辛くもないしスパイスもあまり使わないので 日本人にはすごく馴染みやすく、実はすごくおいしいんですよー 左手前はタイ料理の中でも一番最初に衝撃をうけこんなうまいものがあったのかー と思った。イエローカレー 日本ではグリーンカレーが有名ですが、イエローカレー、うまいんです!! 富山県さんのヤリイカがお得だったので富山とタイのコラボです。 ちなみにタイで超有名な大型チェーン店になっている8番らーめん お隣の石川県発祥です。 最後に右にありますグロテスクなものは やはり富山県さんのヤリイカの残りにマレーシアのチリソースを使い、フィリピン産のオクラでおちゃらけました、見た目はまずそうですが、これがかなり美味です。 ご飯とビールが進む進む、やがてご飯とビールが同量になり 辛さと苦さと、後から来るビールの酔いとで脳が沸騰点をむかえ まさに脳内南国パラダイス状態が真夏になる前に味わえる一品です。 まあ、こういうものを味わいながら僕は青春を謳歌していました。海とビールと共に
2013.05.24
母がパン職人で、何故か避けてきた。 ふと今思うと、自分はそのパンのおかげで育ってきた 形はふぞろいで、不器用だけど、挑戦してみた。 職人の血筋があるとしたら、 自分は何の職人だろう? ダイビングでも、マッサージでも、料理でも あえていうなら癒しをテーマに今まで歩んできた 癒し職人!? 癒しのトータルコーディネートができるように リゾートを建てたいと計画している。 楽園創造計画はこういう思いつきから始まり 現在も進行している。 いろいろな人を巻き込みたいと日々アイディアが浮かび ワクワクする毎日を過ごしている。 癒しの形にもいろいろあり、人それぞれの形がある 母は薬膳パンをある起業とコラボし始めようとしている。 彼女の得意技を最大限に活かし、思う形にプロドゥ―スすることが 自分にとっての最大の親孝行なのではないかと、最近思う。 自分が作る楽園に、人を癒すパンが登場することをワクワクしながら 作戦を練っている。 常夏の楽園で、自分の好きなパン作りを 自分の好きな形で、きれいな海を目の前にし、自分のペースでやり続けられる そのような幸せが、やはり私の母によっての最大の親孝行ではないかと思う。 日本人や、フィリピン人だけでなく、ヨーロッパやアジアの人々 本当にいろいろな国の人達が訪れる土地で 母の作ったパンでみんながハッピーになれる そんな幸せを私は作っていきたい。 様々な形で
2013.05.13
久しぶりに面白い映画を観ました。 笑い、祈り、他者を思いやる心は、人間も変え世界も変えられる。 遺伝子のON、OFFを促し、体の機能全体を活性化し 病気が治り、植物すらもよく育つ この宗教やオカルトのような話が科学で証明される時代に 今なっています。 世界の大きな流れの一つだと僕は確信しています。 世界の人口の1%の人が、共に祈れば、世界は変わる それは宇宙から衛生を通して観ても明らかで、地球の磁場がそこだけ 変化するのをデータで証明しています。 逆に恐れは遺伝子の悪いものをONにし、良い遺伝子の働きをOFFに して体が防御体制になってしまう。 東日本大震災の経験も踏まえ これからは西洋の文化を取り入れ、自分たちのオリジナルなものにし より発展させている、それでいて東洋的な思想がまだ深く残り 他者を思いやる気持ち、個人ではなく全体の調和を意識できる 共に歩んでいける人々 素晴らしい日本の文化、これからの国境も人種も肌の色も 言葉も宗教も個人すらも、みんなすべてつながっている 一つの地球に住む、この宇宙に住む、生物、自然の一部として共に歩んでいく時代に日本はリーダーシップを発揮して、誇れる文化を世界に発信していく立場だと思います。 僕は一旦フィリピンに行きますが、最終的にやることはこういうことだと 今日この映画を観て感じました。 http://www.inori-2012.sakura.ne.jp/
2013.04.25
会社の同僚と海に行くことになった。同僚の一人が、茅ヶ崎にリゾートマンションを持っていて、まさに海の目の前の好立地。すぐにその話に飛びつき、お邪魔することに 朝、暑い中鎧のようなスーツに身をつつむ、サラリーマン達の冷ややかな視線を浴びながら僕は、ど平日の都会のど真ん中の通勤電車の中、一人夏まっしぐらな格好で茅ヶ崎へ向かう。短パンなんて誰も履いていない、ランニングにアロハシャツなんて誰も見かけない、、かなり肩身の狭い思いをしたが、さすがに茅ヶ崎の駅に着くと夏っぽい恰好をした人達を大勢見かけた。やっと風景になじめた。駅で同僚達と合流し、まずは買い出しに、ビールをケースごと大量に、チューハイ、氷も大量に買い込み、マンションへ視界の先は海、潮風香る、日向ぼっこにも良い、絶好のバルコニーでクーラーボックスに大量の酒と氷をこれでもか!と流し込み、手を入れるとそこは一気に北極の世界へ!飲む前に手が凍ってしまう。まずはチンコチンコのヒャッコイルビーで乾杯!!これぞ醍醐味。リゾートマンションが何故リゾートなのかといえる由縁これがないとリゾートってつけちゃダメでしょ!と強引に言っちゃいます今日は(飲めない人すみません)さて、そろそろ海に行きますか!当然のごとく、一周り小さいクーラーボックスが出てきて、酒達は海に向けて移動する。それにつられて僕らも移動する。どこからともなく、パラソル、組立て式の椅子達、今日は波がほとんどないので、サーフボードの変わりにボディーボードが二枚出て来る。(サーフボードだけでも5、6本ある!)沖縄以外で日本の海で泳いだ記憶はほぼなく、平日なので、中高生が多いのか、やたら若年層が目立ち、ビーチというより浜は独特のカオスに満たされていた。町内会のアナウンスのようにスピーカーからは地元だからなのか、サザン、特にハラユウコの甘い歌声がリピートでしつこいくらいに流れ、少子化ってどこの国のことだっけ?というくらい、大人ぶって酒やたばこを飲んでいるガキ達が気だるそうにトドのように何をするわけではなく横たわっている。お世辞にもきれいとは言えない海だが、やはり海に入ると都会で憑いた嫌な物たちや時間やしがらみ、世間体、税金、将来への変な不安などの特になくても良い物たちがきれいに流されていき、スーと体が軽くなる。全身の筋肉の強張りや肩の荷が下り、みんな少年のような笑顔になれる。表情が変わる。この一見するとまったく無関係にも思える、ガキとサザンと浜と海の家の呼び込みなどが、海をかいして一つになれる。なんだみんな仲間なんだというように。泳いでは浜に戻り、ビールを飲み、また海に戻りボディーボードをする。海→酒→海→酒、酒、酒、ぐらいになってくると疲れがみえてくる。ただ久しぶりに海に浸かり、体を動かし遊んだなーという満足感の心地良い疲れ。リゾートマンションに戻るとここもリゾートといわれる由縁(しつこいでしょ?)何と、マンションの一回にシャワー室がある、それも一つや二つではなく5つくらいある。ついでに言うとそれぞれの部屋の専用サーフボード置場なんかもある。いや、VIVAリゾート!部屋に戻ると、即2次会のスタート。唐揚げを作ってくれるというので、ここは即席どこでも神出鬼没料理人の私の名においてキッチンを拝借し、冷蔵庫の残り物だけでおいしい料理を作りましょうということで、ゴーヤがあったので、オリジナル南国風(沖縄も南国だけど)ゴーヤチャンプルーとカシューナッツとゴーヤの即席ピリ辛お浸し南国風をあっという間に作りました。二次会からはなんとワインなんぞも出てきて雰囲気アップだんだん暗くなっていく海の景色を目の前にさらにガンガン飲んでしまいます。どれだけ飲んだのか?海に入っている以外は朝からずっと飲み続けていたのにも関わらずほぼ酔っていなく(僕だけでしょうか?)、性懲りもなく帰りの電車の中でも飲みながら帰った私。家に帰り、ちょっとだけと思い布団に飛び込んだが最後、その後の記憶はすっかりなく、久しぶりに海の底に沈んでいくように安らかで深い眠りにつけました。そして、朝起きたら布団の上が砂や石だらけだったのは言うまでもありません(海パンのまま寝てしまったので)都会のど真ん中から、1時間も行けばこんな世界が待っている。最高の休日でした。ありがとう海、ありがとうリゾートマンションとそれを持っている同僚、ありがとう一緒に飲んで遊んだ同僚達、そしてありがとう酒
2012.08.10
夏がやってきた突然じめっとした雨の時代が終わりを告げ、猛烈な暑さと共に夏がやってきた。この暑さは僕にある記憶を鮮烈に思い出させる。ある記憶と大げさな言い方をするのは、それが僕にとっていつも大切な記憶と共にあるもので、空気のように当たり前のようだけど、こうして都会に身を潜めているとふと忘れがちになってしまう。僕にとって海はある時は特別なもの、ある時は当たり前のものしかし一つ言えることはやはり切っては切れないものだとつくづく気がつく。世界中のどこにいても、自分の目線の先に海がいつもすぐそこにある場所で過ごしていた僕には、目をこらしてもその先にはビルしかなく、人工物の塊の世界は知らず知らずのうちに自分の心をも硬くしてしまっていた。その硬くなった心を少しでも解きほぐせれば、僕は今までそれをテーマに海と共にいろいろな人々と交流してきた。今年の夏はその海の記憶と共に我慢の時を過ごそうと思う。来年からの始動に向けて。思えば、僕の海は祖父の家があった小田原の早川の海の記憶からはじまる。日本の海独特の磯の香りは今でも僕の鼻腔の奥底に強烈な残り香を漂わしている。初めて行った海外の海、ハワイは磯の香りがまったくせず、海=磯の香りと思っていてその強烈な匂いが当時嫌いだった僕には一気に身近なものになった。小学3年生の僕は現地の人に間違われるくらい、真っ黒になり、気が付いたら5時間以上もぶっつづけでボディーボードで荒波と戯れていた。小学生の僕にとって海に魅かれたもう一つの大きな原因は海につかって毎日遊んでいたら知らず知らずのうちに当時、夜寝れないくらいひどく体中を蝕んでいたアトピーが嘘のように治ってしまったこと。その後雑踏の東京に戻るとまた復活するのだが、海の偉大さ、海外の自由で開放的な空気に体も心も癒されていたその当時は自分が海外に出ることなど微塵も思っていなかったが、高校2年生の時に一人で行ったセブで再び海に出会い、その中の世界を初めて見た僕は、運命の糸にどんどんとたぐり寄せられて行く。様々な記憶の断片に海は必ず存在し、必ず重要な意味を持っている。高校生の時に訪れた地中海のあの甘美な解放感、宝石のエメラルドのような艶めかしく、底が見えない海アドリア海のどこまでも碧い絵のような風景、空は碧く、雲は白く、焦げ付くような日差しの太陽。こんな遠くまで来たのかと、ただ立ち尽くして眺めた冬の灰色のバルト海。その荒波にさらわれたらもう二度とこの世には戻れないのではと錯覚するくらい、そこは異質の世界だった。いつしか海は生活の場であり、仕事場であり、青春の場であり、遊び場であり、癒しの場であった。海は自分にとっての大きなテーマになり、大きすぎてそれに気がつかないほどになり、気がつけば世界中の海を周っていた。懐かしの海、12年前、3年間毎日、午前と午後通いトレーニングを続けた海。大きなチャレンジへの海、当時住む場所もなく、給料もなく、知る人もいなく、名も知られていなく、ゼロから開発し、ただただチャレンジし続けた海。ほっと海、少しづつ軌道に乗ってきて、忙しくなってきた合間のほっと海。あこがれの海。 世界には様々な海があり、不思議があり、物語がある。感動の海、人間は海から学べることが無限にあり、子供達はそれをよく知っている。大人達はむしろ子供達からそれを教わり、海と向き合える。世界には様々な海が存在していて、人はその時その場所で思い出と共に海と出会う、人もまた海から生まれ、海に帰って行く。体内のほぼ80パーセントは海と同じ成分であり、生まれてきた時もまた母親の海から出てきた。海を汚すことは自分たちをも汚し、発展のために海を埋め立てていくことは自分達の存在さえも埋め立て、狭めていく自然から離れ、海から離れ、海から遠のいて行くことは、自分達の真の存在からも、原点からも遠のき、離れていくことになる。日焼けするのが嫌、海につかってベトベトするのが嫌、匂いが嫌、虫が嫌、行くのがめんどくさい、などなど思うかもしれないが、海は人間すべての人に言える特に島国に生まれ、海と深い関わりがある日本人は海をただ見ただけでも心から癒され、原点に戻れると思う。何でもいいから海に行こうよ、キャンペーンをやりたいと思う。見るだけでいいから、その場で感じるだけでいいから、音を聞くだけでいいから、一瞬触れるだけでいいから。とにかく海に行ってみようキャンペーン。心の中の海を思い描いて、それに触れるだけで、音を聞くだけで少しだけ心が癒されませんか?海とは身近な存在過ぎて、普段気がつかないけど、離れてしまうと心寂しく、もっと離れて時間がたってしまうとなくてはならなくなり恋焦がれてしまう。単身赴任の夫婦のような関係。あいつ、どうしてるかな? ちゃんと御飯食べてるかな?まとまった休みが取れたし、会いに行こう。ラフな格好だけど、心はウキウキ、何だか休みなのに普段よりも早起きしている自分に気づく、いつもよりも念入りに鏡に向かい髭を剃っている自分もいる、足取り軽く足早に向かう、ギラギラ太陽に真っ青な青空、セミが短い夏を思い精一杯泣きじゃくるビーサンつっかけ、短パン、ランニングシャツの人々を横目に暑い中何故だか足早に向かう自分そうだ海に行こう。 そう思った時から物語ははじまっている。
2012.08.02
ご無沙汰しております。長い30歳を過ぎてからの就職活動は終わりをつげ、6月1日から30にして初の日本での社会人を経験しています。正直な話何が良いかのか、いわゆるフリーターとフリーランスと、個人事業主との差はよくわからなく、日本のたいがいの人がいわゆる社会人と呼ばれている人種に属している意味やメリットもよくわかりません。安定?なんてものはそのどれも経験している私からしてもどちらにしても同じことだと思います。ただ一つ言えること、今のところわかったことは私にはこの会社といわれる特殊な世界の中で、社会人という特殊な人種として存在し続けることは苦痛で、それを選択しないという選択肢も今の日本では十分可能だということです。(家族がいようといまいと、守るべきものがいようといまいと)では何故私はこのようなことをしているか、それは30歳という一つの節目に今後二度と経験できないのではないかという苦行にもっと辛くなる前に挑もうと思ったことと、これは運命の巡り合わせでたまたまこうなってしまったことです。特に私は社会や社会人というものを否定するわけではなく、むしろ尊敬します。つくづく私には向いていないと思いますし、これを続けることは並大抵の精神力ではできないなと思ってしまい、今はただその正反対にあるこの状況から逃げないように、できるだけ存在して何か得るものはないかともがいています。私にとってそれは海の中で息ができないのと同じように不自由で何とか息ができるように水面にはいあがって口をパクパクとあけ鰓ではなく肺呼吸しかできない自分自身と闘っています。自分のアイデンティティーいわゆる個性のようなものが、ほとんど無視され、重要視させれていない世界で、それでも自分を飾らなく、素の自分を出す人が実は生き残っている世の中本当の自分でいられることの素晴らしさ真の自分に出会った時の、それがぴったり自分にはまった時の強さ。そんなようなことが私はこの姿なき巨人、正体の見えないストレスという名の栄養剤で大きく膨らんだこの社会の中で何らかの自分を発揮できたらと思っています。どんな世界にいようが、私は何らかの表現者として存在していたいと思います。自分を偽らずあるがままの自分でいること現在留学、ワーキングホリデイなどの海外生活をサポートする会社でスーツにネクタイ姿で働いています。もちろんフィリピンでの楽園創造計画は続行中で今はちょっとした寄り道というか、こういうことも長い人生の中で経験しておくべきことだなと思っています。表現者として、いろいろな人生を経験したり、いろいろな人の立場にたってこそ、はじめて本当の表現者になれていくのかなと思うわけです。すべての現在生きとし生けるものは修行中の身であって、長い旅の途上だと思います。30になって新たな挑戦のはじまりです。ただ、来年には自分として一つの形を作ろうかなと動きだそうと思っています。
2012.07.04
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11月23日の大坂オフ会の詳細が決定しました!場所は大阪梅田のここhttp://r.gnavi.co.jp/k737801/時間 18時半開始 開始に間に合わなくても後から来ていただいてもかまいません。 大坂、関西方面の方は是非是非おこしください。 ダイビング、海、旅などの話題で盛り上がりましょう!!
2011.11.20
来年30を迎えるし、それ以上にいろいろな人生の転機が次から次へと訪れてくるので、ここを自分の人生の大転機の時と思い来年フィリピン移住、楽園創造計画の本格的な実施をしようと思っています。それにあたり、先月金沢、今月名古屋と周り11月は大坂に行きます!オフ会という名の飲み会(あまり変わりはないと思いますが)今までに出会った人、ダイビングや、フィリピンや海や、旅に興味がある人、ただただ飲みたい人誰でも参加自由です。日時 11月23日祝日時間場所 梅田、大阪駅希望、詳しい場所や時間はみんなで相談。参加できる方、できそうな方はyuicebu@yahoo.co.jp まで直接メッセージください。
2011.10.31
第一回マンタナニオフ会の詳細が決まりましたのでお知らせします。場所 新宿 日比谷バーの食卓新宿店 http://r.gnavi.co.jp/g099309/時間 18時~ (途中参加もOKです)参加条件 マンタナニに行かれたことがある方、行ってみたい方、 ダイビングをやる方、やってみたい方来られそうな方は僕に直接メッセージをお願いします。
2011.06.06
マンタナニのオフ会をやろうかと思います。 マンタナニに今まで行ったことがある人、行きたいと思った人 話しが聞いてみたい人 はたまたダイビング,海が好きな人。 ダイビングやってみたい人。 集まりましょう!! 日時 6月12日(日曜日) 場所 東京都内のどこか(参加者で決めていきましょう) 時間 夜(参加者で決めましょう) 参加者は僕、yuimantanani@gmail.comまでよろしくお願いします。
2011.05.28
おじいちゃんは連日の悲惨なニュースに胸を痛め、またメディアの一方的な見方ではなく、現実的にこの世界がどうなっているのか自分の目で確かめたく散歩に出かけた。まあカッコよく言うとそういうことなのだが、最近の運動不足とまだまだわしは役に立つ、動けるのだという男的なプライドがそうさせたのだろう、まだ冬の寒さが残りわりと強い風の中をおじいさんは散歩に出かけた。歩きはじめて、風が強く、砂埃が勢いよく立つ中おじいさんは、こんな時に散歩に出かけた自分に少し後悔した。しかし歩き出してみると世界は意外に穏やかで強い風以外は、太陽がすがすがしく輝き、時間はゆったりと流れていた。家々は前にもそこにあったように今もその場所に存在していて、人々はいつものように歩いたり、自転車に乗っていたり、車に乗っていたりしていた。人がいるということ、人とすれ違うだけでおじいさんは何だか妙にほっとした街が生きていること、いつものようにいつものものが動いていることに安堵感を覚えた。物はいつもと変わりなくそこにあり、自然もいつもと変わりなくそこに存在していた。梅がきれいに咲き、もうすでに終わりをとげようとしているものもいた。はじまりと終わりが交互に存在している世界自然は今までの長い長い年月と同じようにまさに今現在もその歩みを以前と変わりなく続けている、そのことにおじいさんは一種の尊敬に似た感情が湧き、またたくましさも感じた。 おじいさんの胸に熱いものが込み上げてきて、足取りが軽くなった気さえした。ふとおじいさんは若い頃の記憶が蘇ってきた。腰痛や膝痛に悩まされることなく、自由に動き周れる時代。あの時は世界が自分の行動一つでどうともなり、何でもできるように思っていた。「自分で選び、それを信じ行動し続ければ何でもできるか、、、、、」民家からカレーのおいしそうな匂いが風に乗って漂ってきた。そういった生活臭を嗅ぐことでおじいさんは嬉しくなり、そこに今誰かが生きていて御飯を待っている家族がいる、おじいさんは自分は今一人ではないのだという気がして自然と笑みがこぼれた。当たり前の日常が今ここに当たり前に存在している、花々は色づき春の訪れを待っている。小鳥達も春に向けていつものようにせわしなく動いたり、さえずり合ったりしている。カレーの匂いにつられて立ち止ったじいさんではあったが、今この時ここに存在している当たり前の幸せを感じることができた。家があることのありがたさ、家族がいることのありがたさ、御飯がしっかり食べれることのありがたさ、寒さに震えずにいられるありがたさ、まだまだたくさんあるこの世は幸せに満ち満ちているではないかとおじいさんは思った。見る風景見る風景が、美しく、身近に感じられ、おじいさんの体内にも息づいているのだという感じがした。時々冷たく強い風がおじいさんに襲いかかるが、今はもう寒くない、冷たい風と共に運ばれてくる寂しさも、今のおじいさんには温かくそれに向かい合うことができ、寂しさはいつの間にか向こうから去っていく。誰もいない公園にブランコがゆれている。おじいさんは何十年かぶりにブランコに乗ってみようと思いつき、ブランコにゆっくりと腰かける、懐かしいその乗り物はおじいさんを揺らし、行ったり来たりを繰り返す。ただ今のおじいさんは過去を振り返り懐かしさに浸るわけではなく、今現在を見つめていた。そして、この先にあるものをどこかでうぐいすが鳴き、冷たい風に交じって温かい風が吹いてきた春はもうすぐそこまで来ている。
2011.03.17
マンタナニに遊びに来てくれた人も、今回残念ながら来れなかった人も、機会があれば行ってみたいなと思っていた人も、ありがとうございました!!無事夏休みマンタナニツアー終了いたしました。今回のツアーについてや写真は追々アップしていきます。なお、今後は僕自身東京で働くので例えると、レギュラー番組としてはマンタナニ島は終了で人数が集まった時に夏や冬などの特番としてマンタナニツアーを復活させることがあると思います。 (例えがわかりずらかったかな?たまたま昨日みたテレビ番組でそう言っていたので)夏休み、冬休みなど行きたいと思ったら声をおかけくださいその時の全体の人数によりツアーを開催するかもしれません。また、マンタナニ島に関する問い合わせや僕はご同行できませんが、マンタナニの予約などについては引き続き受け付けております。お気軽にご相談ください。今後の僕の予定としましては、約2年間東京のバーで働きその後沖縄へ移住 ダイビング、マッサージ、食事ができるバーを持とうと計画中です。現在新宿のバーで働いていますので、よろしかったら立ち寄って海や旅の話しなどしましょう。来年の夏はセブ島か再びマンタナニ島でのツアーを計画中です。では、今回のマンタナニツアーについてもアップしていきますので今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2010.08.28