福岡伸一「生物と無生物のあいだ」" コンタミネーション "
オズワルド・エイブリーが肺炎双球菌の一タイプであるS型菌(病原型)から、DNAを抽出し、これをR型菌(非病原型)と混ぜ合わせるとDNAのごく一部はR型菌の内部に取り込まれ、S型菌に変化し、肺炎を引き起こすようになった。これはDNAが遺伝を担うことを強く示唆した。しかし、ロックフェラー医学研究所の同僚はそれを執拗に否定した。なぜなら、DNAを構成するたったよっつの塩基A(アデニン)T(チミン)G(グアニン)C(シトシン)だけで膨大な遺伝情報を伝えられるわけがないと考えたからだ。彼はあくまで遺伝はもっと複雑なタンパク質が担っていると考えた。次にエイブリーはタンパク質だけを壊す酵素を使った。それでもR型菌がS型菌に変化する形質転換作用は残った。一方、DNAだけを壊すと形質転換作用は消えた。それでもなお同僚はほんの僅かに残ったタンパク質によるものではないかと食い下がった。確かに、生命科学において100%の純度は得られない。それをコンタミネーションと呼ぶ。しかし、福岡伸一氏は物質間に存在するふるまいの相関性に目を付けた。例えば、DNAの含有量が70%程度しかな粗製製品では形質転換作用はそれほど高く現れない。一方、DNAの含有量を99%にまで高めた試料を使うと、形質転換作用がそれに応じて高まることを示すのである。これで、もし試料に混入している物質が形質転換作用をもたらすなら、DNAの純度が上昇するにつれ、コンタミネーションの程度は低下するから、形質転換作用も低減するはずである。しかし、残念ながらエイブリーの時代にそれを証明できる精度を持った実験器具は存在しなかった。