第3章 3全くの無権利者に払ってしまったら?
手形の支払を受けるためには、手形を振出人に見せることが必要です。これを「呈示」と言います。この呈示により、時効は中断され、振出人は呈示された日以降の利息を支払わねばならないので、事実上支払を強制されたことになります。(その他に手形を呈示した人には、「遡求権保全効」が得られますが、難しいので無視して結構です)このように支払を強制されるので振出人は一刻も早く支払おうとします。ということは、仮に手形を提示した人が無権利者であっても払ってしまうかもしれません。例えば、蒲原が清水君の振出した手形を三島さんから盗んできた場合、蒲原は無権利者ですから清水君は蒲原に支払う必要はありません。しかし、蒲原が「清水→三島→蒲原」となるように裏書を偽造した場合、清水君から見れば蒲原はちゃんとした権利者に見えてしまいます。しかも清水君は支払を強制される側ですから、蒲原が何となく怪しいと思ったとしても「じっくり調査させてくれ」とは言いにくいのです。なので、このような場合に支払ってしまった人を保護してあげる必要があります。そこでこのような条文があります。第四十条 ○3 満期ニ於テ支払ヲ為ス者ハ悪意又ハ重大ナル過失ナキ限リ其ノ責ヲ免ル此ノ者ハ裏書ノ連続ノ整否ヲ調査スル義務アルモ裏書人ノ署名ヲ調査スル義務ナシ 早い話、「悪意又ハ重大ナル過失ナキ限リ」裏書がちゃんと連続してるか調べさえすれば払ってしまった人を保護してあげるよってことです。具体的には、正しい人に支払ったとみなしてもらえるのです。では、「悪意又ハ重大ナル過失ナキ限リ」とは何でしょう。今までこのような表現が出てきたら「知らなかったし、知らないことについてやむを得ない事情がない場合」であると説明してきました。しかし、例えば「蒲原が盗人であることは新聞には載っていないが、テレビには出ていた」なんて場合もあります。そのような時に「テレビを見ていれば蒲原が盗人であることはわかったはずだ。清水君、君には重過失があるぞ」と支払を強制されるのは辛いものです。そこで、清水君を保護する要件をもう少しゆるくしてあげる必要があります。具体的には、相手が無権利者であることを容易に証明しうるのにあえて支払ったこと、あるいは容易に証明をして支払を拒みうるのに拒まず支払ったことについてやむを得ないとはいえないことを言います。このように最悪裁判になった場合のことまで想定して保護してあげるのです。この場合、清水君は蒲原が盗人であることを容易に証明しうるのにあえて支払ったか、容易に証明をしい支払を拒みうるのに拒まず支払ったことについてやむを得ないとはいえない場合にはその支払は正しい人に支払ったとはいえず、清水君は三島さんから請求されたらもう一度支払わねばなりません。そうでなければ、蒲原への支払を一回すればもう誰からも請求されることは無いのです。手形は怖いものですが、支払いについては怖がることはありません。