とよあけ 東海道トコトコウォーキング
ぶらりみてある記トコトコ東海道2011~新・やじきた物語~(HP)東海道の宿場町を歩いて江戸文化を満喫するウォーキング今日は桶狭間の古戦場伝説の地に近い『とよあけ』で開催トコトコ約7kmのコース名鉄名古屋本線「前後(ぜんご)」駅からスタートです今日も良いお天気東海道を名鉄『中京競馬場』駅までトコトコ歩いていくと競馬場のシンボル馬の看板がお出迎え途中1か所『戦人塚』という桶狭間の戦いで亡くなった両軍の死者2,500余人を埋葬して供養した塚があったそうなんですが・・・見落としましたそこから暫く行くと織田信長が今川義元を討ち一躍名を挙げた「桶狭間の戦い」があった古戦場伝説地跡に着きます永禄3年(1560年)5月19日午後2時25,000人といわれる大軍を連れ京に上洛する予定でいた駿府の今川義元織田信長はその10分の1程の軍勢で今川義元の本陣を急襲したその歴史的な逆転劇があった地と言われる場所を整備した史跡公園思ったより小さいなという印象でしたが周りの宅地開発が進み緑が少なくなってしまったので今では小さな史跡と感じるようになってしまったとのことでした毎年6月第一土曜日、日曜日には両軍の戦死者の霊を慰める『桶狭間古戦場まつり』が開催されているそうです『今川義元公のお墓(-人-)』所縁のお寺高野山真言宗『高徳院』境内には今川軍本陣跡の石碑があります迎えてくれたのは喜多さん階段を登りきった上には弥次さんがお待ちかね当時の桶狭間界隈の古い絵ハガキなどが大きなパネルになってたくさん展示されておりまして昔からこの地は街道沿いの観光地だったんだなということがわかりました豊明市のマンホールのデザインいろんな地に行くとその地域独自のデザインがされているマンホールの蓋を見るのは楽しみのひとつですやはり描かれているのは織田信長公でしょうかね~桶狭間の合戦の時に亡くなった武士たちを埋葬し塚を設けること奔走した和尚のお寺曹洞宗『曹源寺』に本日の東海道五十三次の絵が飾られていました今回は『鳴海(なるみ)宿』です鳴海って・・・かなりまだ西の方へ1km行った先なんですがねぇ~田んぼの向こうに見えるのは高速道路名鉄の線路を越えて再び東海道を歩きます『阿野の一里塚(あののいちりづか)』日本橋より86番目の一里塚一里塚とは道しるべのひとつで街道の両脇に1里(約4km)ごとに設けられ距離の目安とされました徳川家康の命により慶長9年(1604年)に築かれたものだそうですが明治以降道路拡張などとともに一里塚も姿を消していったそうですここは街道の両側に塚が残っている東海道の中でも貴重な存在で昭和11年に国の指定史跡に指定されましたこの辺りの東海道は中京競馬場駅から豊明駅の手前の間すぐ北を並走する国道一号線の影響なのかたまたまこの日だけだったのかはわかりませんがほとんど自動車が走る様子が無く静かな住宅道路となっておりとても歩きやすい道となっていました豊明小学校の校門近くに残る東海道を開いた徳川家康が植えた松並木の一本で豊明市内では数少ない名残の松だそうです本日の旅の思い出前後駅近くに店を構える『久乃屋』さんの「桶狭間古戦場最中」デス