万葉漫歩と岡寺
奈良盆地の南東の端、農道をのぼり山につきあたった所、山の傾斜がきつくなり始める所に第七番の札所岡寺はあった。門前には地元産の苺あすかルビーが1パック\250で無人販売の棚に並んでいた。八朔も置かれ苺ともに粒揃いで色ツヤが好く、無人販売とはいえ手抜きの作物でない点に地元農家の人たちの農作物に対する気持ちが窺えた。 岡寺は正式には竜蓋寺という。かつて豪雨暴風が幾日も続いたとき、苦しむ村人を救うため岡寺の開基にあたる義淵僧正が竜を池に閉じ込め石で蓋をした。八大竜王雨やめたまえを聞き入れなかった竜を封じたのが岡寺の始まりであり、当の池は本堂前にある。岩風呂ほどの大きさの小さな池(写真手前)で石が立っていた。日照り続きのときは、その石をずらしてやると雨が降るとか降らないとか。雨に栓をつけたという話は面白い。池の中に竜がいるかは別として、伝説が沈められていることだけは確かである。 やっかいなものを封じる力は崇められ、岡寺は厄除けの寺としても知られている。 こぢんまりした寺にはもう一つおおきい話がある。粘土で作る仏像を塑像と呼ぶ。塑像は奈良時代によく作られ平安時代以降は木像に移っていった。岡寺の本尊如意輪観音像は高さ約4.6mの塑像で、わが国現存最大の像になるという。 飛鳥王国のパスポートを購入すると300円の参観料が少し安くなる。岡寺の属する明日香村には観光スポットが多数あり、それらを巡るガイドブック兼クーポン集が「飛鳥王国パスポート」である。岡寺、飛鳥寺、橘寺、石舞台古墳、高松塚古墳壁画館、飛鳥資料館、万葉文化館、犬養万葉記念館の料金が団体適用され少しお安くなる。 参観の後はいつも山に足を向ける私であるが、このときは古代ロマンの里明日香を巡ることにした。 まずは犬養万葉記念館へ。万葉集研究に生涯を捧げた犬養孝(明治40年生)を多角的に知る資料が展示されていた。ビデオで犬養節が流れていた。タバコの空き箱で作った万葉集カルタがあった。著書『万葉の旅(上・中・下)』の取材のために各地をまわったときのメモ書きが2階の片隅にあった。本人だけがかろうじて読める走り書きの紙切れは、私が西国三十三所をまわりながら時々メモをとる紙切れと雰囲気が似ていたので、励みになった気がした。 そのあと万葉文化館へ。万葉学者中西進館長のこの施設は、日本の文化の根底にある万葉の大きさをまずはその施設のスケールでもって伝えんとしたのか、広い敷地に巨大な館が悠々と配され、また建物内部も広々としてむしろ落ち着かないほどである。凝った演出が楽しい万葉劇場の3本の作品を観る合間に展示資料を見て回った。等身大の模型やマルチメディアを駆使した展示物が見尽くせないほど並んでいた。 採算に囚われない県立の強みを存分に活かした妥協のないこだわりと丁寧で細かい説明に長時間ひたったのちに館を出ると、現代の空気がくすんで映った。万葉の世界にインスパイアされて想いここにあらずの心地であった。 万葉づくしの2箇所をまわっただけで夕方になった。岡寺と万葉を観て、自然と歴史と信仰のなかに調和のとれた素朴さを感じた明日香の漫ろ歩きであった。西国三十三所第七番観音霊場東光山岡寺御詠歌~ けさ見れば露岡寺の庭の苔さながら瑠璃の光なりけり ~