長崎・軍艦島(2)軍艦島の外観
遊覧船から軍艦島の周りを見ることが出来ました。1974年(昭和49年)に炭鉱を閉山し、住んでいた人たちが島を離れることになりました。軍艦島は東西160m、南北480m、周囲約1,200mの小さな島ですが、約5,000人の人たちが生活していました。島には炭鉱施設はもとより、日本最古の鉄筋コンクリート造りの高層アパート、小中学校、病院、商店、映画館、パチンコホール、スナック、遊郭、屋上菜園、郵便局、共同浴場、海底ケーブル、海底水道などの施設があったことに驚きます。↑ 軍艦島全景。↑ 島の南側。先端部分には1958年にできたプールがあった。25mプールと幼児用プール。画面左の建物は30号棟で、1916年(大正5年)に建てられた日本最古の鉄筋コンクリート造りの高層アパート。↑ 右側30号棟の横は、31号棟アパート。↑ 許可を得て釣をする人たち。↑ 30号棟、31号棟、端島燈台。↑ 31号棟。↑ 上にある建物は3号棟の職員社宅(幹部用、風呂付)↑ 51号棟。↑ 48号棟。↑ 59号棟。↑ 60号棟、61号棟。↑ 島の北側。↑ 端島小中学校。↑ 65号棟。↑ 端島病院。