大阪・梅田の車暴走事故因
大阪・梅田の車暴走事故で、運転の男性が事故直前に大動脈解離を突然発症し、大動脈が破れたことにより意識不明になり事故につながったと、大阪府警が司法解剖の結果として発表した。 実は、私の亡母が大動脈解離を発症した。ある日、胸部大動脈瘤の人工血管置換術 血管内治療(ステントグラフト内挿術)後の自宅療養中のベッドで、胸部に激痛が起り、猛烈な苦しみのなか、救急車で、通院していた大学病院に搬送した。私は救急車に同乗して付き添ったのだが、救急救命センターで医師から告げられたのが大動脈解離だった。 ただし、母は、ほとんど奇跡的に血管を構成する三層の膜のうち一番外側の膜が、文字通り薄皮一枚でつながっていた。しかし90歳を過ぎてい、先の大手術後ということもあり、手術不可能。絶対安静状態で服薬による自力回復を期待するしかないと言われた。 それから50日間の闘病が始まったのだが、母の生命力は驚異的だった。骨と皮ばかりのようにゲッソリ痩せてしまったが、血管は自力回復したのである。 その後、3年半の在宅医療になり、だが、次第次第に進む老衰との追いかけっこには勝てなかった。或る夜、午前0時過ぎ、私が一日の看護を終わって母のベッドの横の床にゴロ寝しようとして、母に「おやすみ」の挨拶をしようと顔を見やると、母の呼吸は止まった。就寝中の主治医を電話で起こし、駆けつけてくれるまでの間、私は心臓マッサージをしつづけたが、蘇生することはなかった。静かに眠ったまま逝った。 やってきた医師は死亡診断書を書くために帰り、交替するようにやってきた看護士に手伝ってもらいながら、私は母の衣装箪笥から絹の黒に近い濃緑色の地に金糸で細竹を織出した着物を選んで着せた。 看護士も帰り、私一人だけになり、私はスケッチブックをとって亡母の死に顔を描いた。 梅田の事件の報道を見聞きして、死因が大動脈解離だというので、亡母のことを思い出したのである。事件の車の運転者は、おそらく、ほぼ即死に近い状態だったであろう。