化け猫映画69年ぶりの対面
長期間の作品制作と画廊への出荷が一段落し、やはり気持にのんびり感がある。そんな気持で昨夜は昔の映画を観た。YouTubeで偶然見つけたのだが、なんと私は69年ぶりの対面である。1953年9月公開の大映京都作品『怪談佐賀屋敷』。いわゆる鍋島猫騒動に材を採った、入江たか子主演「化け猫」映画の第一作。監督は荒井良平。 私がこの映画をよく憶えているのには特別の理由がある。1953年(昭和28年)9月、つまり『怪談佐賀屋敷』が公開されたこの年この月に、私たち一家は父の転勤によって長野県川上村梓山の甲武信鉱山から福島県南会津の八総鉱山に入山した。このとき八総鉱山はまだ探鉱の最中で、本格稼動はしていなかった。父の入山は、鉱脈が存在するか否か、採鉱に適するか否かの調査だった。そんな状況だったので八総鉱山はいまだ少数の人員が就業しているだけで、試掘抗の近くに事務所および労務関係家族住宅が数戸、そこから約1kmほど下った地区に鉱山長宅と職員社宅が2戸1棟の6棟すなわち我家を含めて13家族の集落だった。 さて、『怪談佐賀屋敷』が上映されたのは、事務所前の広場においてだった。夜、野外にスクリーンが張られ、ござが敷きつめられ、観客めいめいは座布団を持参した。わたしたち家族も1kmの道のりを歩いて観に行った。父母も私も弟も。私は小学校2年生だった。夏休み明けの2学期から荒海小学校に転入したのだ。 じつはいま、これを書きながら少し驚いている。というのは映画年表等によれば『怪談佐賀屋敷』が封切り公開されたのが9月3日だという。私たち一家が八総鉱山に入山したのはやはり9月だった。ということは、私が『怪談佐賀屋敷』を観たのは、東京などでの封切り公開から幾ばくも経っていなかったわけだ。鉱山関係者家族および建設事業関係者を含めてわずか2,3百人の娯楽のために、会社の担当者はずいぶんすばやいフィルム買い入れをしたものだ。 ところで、昨夜、69年ぶりの対面をしながら、私の記憶を確認していたのだが、小学2年生ではさすがにストーリーのすべてを記憶してはいなかった。あるいはストーリーを完全には理解していなかったかもしれない。しかしながら、藩主と検校が囲碁の対戦をし、惨敗の藩主が検校を斬殺するシーン。藩主が振るった刃が碁盤をまっぷたつにし、碁盤から血が滴るシーン。さらに女が行灯に頭を突っ込むとその影が猫となって油を舐めるシーン。斬殺された検校の母親が悔しさのあまり自害すると、検校の愛猫がその血を啜り、やがて老母に変身しまた化け猫となって敵方の娘を妖気で操る。女はまるでアクロバットのように空中に反転し、のりうつった猫のように鴨居に逆さまにはり付く。あるいは藩主の側室におさまった敵方の娘豊(入江たか子)の身体が猫に乗っ取られ、豊の美貌が化け猫に変身してゆシーン。・・・69年前の映像を良く記憶していた。 私は子どものころからあまり恐がりではなかった。たぶん『怪談佐賀屋敷』の化け猫も恐いとは思わなかったのだろう。しかし終映後、座布団をかかえて帰宅すると、我家の愛猫チョマコが「ニャー」と鳴きながら玄関に出迎えた。私はそのときだけはちょっと怖かったように思い出す。チョマコは長野県から連れて来た猫である。 昨夜、私は『怪談佐賀屋敷』を観たあとで、弟に知らせた。今日、弟が「観たよ」と言ってきた。彼の記憶と少しずれがあったようだ。化け猫に操られて空中反転する女がもっと凄まじかったと、彼の記憶にはあったようだ。 「まっぷたつに斬られた碁盤が榧(かや)の碁盤だと言っているね」と、弟は藩主と検校が対戦した碁盤のことを言った。たしかにその碁盤は榧の木でつくられたすばらしいもので、対戦をする前に検校が「みごとな榧の碁盤でございます」と、見えない目で盤面を両手でさするのである。 弟が榧の碁盤について言ったのは、じつは我家にも見事な榧の碁盤があったのである。長年懇意にしていたT氏が、山で榧のいいものを見つけたので碁盤を造ったと言って、父に贈ってくれたのだ。厚さが20cm。しかしその碁盤にはまだ脚がついていなかった。脚をどのように細工するか、おそらく考え中だったのだろう。脚がついていないままに厚さが20cmもあったので、父はそのまま使用していた。 1712年刊の寺島良安著『和漢三才図絵』の碁盤についての記述に、厚さ6寸(約20cm弱)「其木以榧為良(その木 榧をもって良とす)」とあり、樹齢300年、盤の四方に木目が通った四方柾目が、石を打ったときの音の響きといい最高のものである。・・・ところが、札幌で、その碁盤は盗まれてしまった。大勢が対戦する碁会に貸してくれとたのまれ、貸した。それきり戻ってこなかった。知らぬ存ぜぬの応えばかりが返ってきたのである。碁盤を贈ってくれたT氏にはまことに申しわけないことであったと、父は内心に思っていただろう。父は何事も詮索せず語らない人であったが。 弟は『怪談佐賀屋敷』を観ながら、どうやらその我家の榧の碁盤を思い出したらしい。 八総鉱山であのとき『怪談佐賀屋敷』を観た同級生や上級生は誰だろう。木村君、星君、大道寺さん、水野さん、三塚さん・・・『怪談佐賀屋敷』