『タッチ・オブ・スパイス』
≪故郷への思いは捨て去りがたく≫私は本当にお年寄りと子供の関係を描いた作品が好きだな、とこの映画を観て改めて思いました。ファニスは大学で教える天文学者。イスタンブールに住む祖父がファニスの住むアテネへ来ると言う知らせを受け、一族は祖父を迎える準備で大忙し。ところが祖父はイスタンブールの空港で倒れてしまった。1960年代キプロスをめぐってのギリシャとトルコの争いで、ギリシャ人はコンスタンティノーブル(イスタンブール)強制退去の命が下り、ギリシャ人の父を持つファニスの一家もアテネへ移住する事になった。祖父も後を追うことになっていたが、40年たってもまだそれは実現していなかった。祖父の病気の知らせを聞きファニスが昔の思い出を辿りながら話は進みます。スパイス店を営む祖父の店の屋根裏部屋で祖父から聞くいろんな話。それはスパイスを通して料理はもちろん、天文学や人生にまで及ぶのでした。『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』でも出てきますが、ギリシャ人の一族の絆、団結はやはり相当なものであるのがこの映画でも分かります。ちょっとうっとおしい感じもありますが、裏を返せばとても温かで何かがあれば怖いものなしの感もあります。親戚から愛情を一杯もらって育った街コンスタンティノーブル。淡い初恋もあり思い出ははかり知れない生まれ故郷。そこを強制退去と言う形で去らなければならなかったという辛い思い出は、その後ファニスを40年間もその故郷から遠ざけたのです。おじいちゃんもいるのに何故?と思っていたのですが、ファニスの言葉に、なるほど、と納得しました。以前テレビで観たのですが、キプロスは今でもギリシャ系とトルコ系住民の居住地が別で、お互いの家へ逢いに行くのも容易でないようです。隣国と言うのは上手くいかない事が多いのかもしれません。おじいちゃんとのシーンは思ったほど多くはなくそこは意外でしたが、おじいちゃんがスパイスを通して教えてくれた事をファニスの少年期、青年期、中年期の中でそれぞれ前菜、メインディッシュ、デザートと言う風に分けてあります。少年期のストーリーが特に印象深く、初恋や愛する人たちとの別れ、そしてアテネに移ってからのファニスの心の動きに感情移入しながら観ていけました。この少年期を演じる少年がとてもキュートでいいです。青年期まではユーモアたっぷりで笑わせてくれますが、中年期現在のファニスになってからは悲しい出来事が続きます。初恋の彼女との少年期の別れともう一つ…ネタバレになるので言えませんが、ジワ~っと来てしまいました。それでもおじいちゃんの話を思い出して、又次の生活を楽しもう、という風に思えるラスト。『ニューシネマ・パラダイス』を思わせる感動の物語。この監督もコンスタンティノーブルからギリシャに移住した人らしく、幼い頃の自分の思い出、そしてコンスタンティノーブルへの郷愁がこの映画を作らせたのでしょう。トルコではギリシャ人だと言われ、ギリシャではトルコ訛りをしゃべると言われ、どこへ行っても自分はよそ者の感がある。よく在日コリアンの人たちが言われる事と似ている気がしました。人種、宗教問題も少し知っておくとこの映画をより深く楽しめるのではないでしょうか。楽しくて、おかしくて、でもちょっと切ないほのぼとのとした心温まる作品でした。A TOUCH OF SPICE2003年ギリシャ監督/脚本:タソス・ブルメティス出演:ジョージ・コラフェイス、タソス・バンディス、マルコス・オッセ、バサク・コクルカヤ、レニア・ルイジドゥ